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clannad渚线剧本注音完成(rc版发布)
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watashia
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watashia
2009-04-17 14:50
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只看该用户
31
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回复:clannad渚线剧本注音计划
那个……
可以看一下这个:
http://www.hiragana.jp/index.html
像喜剧一样。
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seagull
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seagull
2009-04-17 15:30
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回复 31F watashia 的帖子
谢谢关心。
重新测试了一下,那个网站的注音还算是比较准的。不过还没有达到直接能够用的地步。
可以用来做最后一次校对的模板,算做一个参考。用来保证质量。
ps:我所做的其实并不是纯粹的注音工作,还有文本校对。原母版似乎是直接提取的,有很多地方出现了重复(就是在不同情况下出现的稍有差别的一样意思的话)。原母版是基于clannad原版,而fv版修正了一些错别字。
seagull 最后编辑于 2009-04-18 11:14:13
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
clannad渚线剧本注音完成(rc版发布)
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seagull
2009-04-20 23:00
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只看楼主
33
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回复: clannad渚线剧本注音计划
4月21日
(
月
)
朝(あさ)。
目(め)が覚(さ)めてからも、俺(おれ)はベッドの上(うえ)でうだうだとしていた。
古河(ふるかわ)の熱(ねつ)は下(さ)がっただろうか。
また、俺(おれ)を通学路(つうがくろ)で待(ま)っているだろうか。
でも土日(どうにち)で起(お)きた出来事(できごと)は、ふたりの間(ま)に深(ふか)い溝(みぞ)を作(つく)ってしまっていた。
俺(おれ)がそれを感(かん)じているのだから、俺(おれ)以上(いじょう)に人間関係(にんげんかんけい)に敏感(びんかん)なあいつが、同(おな)じことを思(おも)わないはずがなかった。
あいつはその二日(ふつか)で、他人(たにん)を傷(きず)つけるだけの努力(どりょく)をしてしまった。
そして、自分(じぶん)を馬鹿(ばか)呼(よ)ばわりした。
それに対(たい)して俺(おれ)はなんて言(い)った。
朋也(ともや)(ほんと、馬鹿(ばか)だよ、おまえは…)
無神経(むしんけい)な奴(やつ)ならいざ知(し)らず…。
滅法(めっぽう)打(う)たれ弱(よわ)い奴(やつ)だからな、あいつは。
結局(けっきょく)俺(おれ)は、あいつを傷(きず)つけるクラスメイトの連中(れんちゅう)と変(か)わらなかった。
それをあいつも悟(さと)っただろう。
…午後(ごご)から授業(じゅぎょう)に出(で)よう。
そう決(き)めて、布団(ふとん)に顔(かお)を埋(う)め直(なお)した。
昼休(ひるやす)みの間(あいだ)に着(つ)けるよう、俺(おれ)は家(いえ)を出(で)た。
声(こえ)「岡崎(おかざき)っ」
坂(さか)を登(のぼ)ろうとしたところで、呼(よ)び止(と)められる。
…聞(き)き覚(おぼ)えのある声(こえ)。
春原(すのはら)「よう、奇遇(きぐう)じゃん」
春原(すのはら)だった。
こいつも、今(いま)から登校(とうこう)なのだ。
春原(すのはら)「一緒(いっしょ)にいこうぜ」
そもそも…
事(こと)の発端(ほったん)はこいつの一言(いちげん)だった。
こいつに悪気(わるぎ)はなかったのだろうけど…あの乱暴(らんぼう)な一言(いちげん)が。
朋也(ともや)(いや、そもそも…俺(おれ)だってそうだ…)
そういうことを簡単(かんたん)に言(い)ってしまう人間(にんげん)だ。
そんな奴(やつ)らの中(なか)に割(わ)って入(はい)って…
それでひとり勝手(かって)に傷(きず)ついていれば、世話(せわ)ない。
最初(さいしょ)から、俺(おれ)は忠告(ちゅうこく)していたはずだ。
ロクでもない、不良(ふりょう)生徒(せいと)だって。
春原(すのはら)「桜(さくら)、全部(ぜんぶ)、散(ち)っちゃったねぇ」
ああ…それでも…
それを知(し)っていて、中(なか)に入(はい)ってきたのが、あいつだったんだ。
そんな奴(やつ)、あいつしかいなかったんだ。
春原(すのはら)「メシは?」
朋也(ともや)「食(く)ってねぇよ」
春原(すのはら)「なら、鞄(かばん)置(お)いたら、学食(がくしょく)行(い)こうぜ」
朋也(ともや)「ああ、そうだな」
春原(すのはら)「じゃ、急(いそ)がないとね。食(く)う時間(じかん)なくなっちまうよ」
窓の外を見る
ふと、窓(まど)の外(そと)を見(み)た。
青(あお)と緑(みどり)のコンストラスト。そのまま視界(しかい)を下(さ)げた。
そこに居(い)た。
朋也(ともや)(古河(ふるかわ)…)
朋也(ともや)(来(き)てたのか…)
一生懸命(いっしょうけんめい)に、パンを食(た)べていた。
初(はじ)めて見(み)た時(とき)のように。
朋也(ともや)(………)
先週(せんしゅう)は、その隣(となり)に居(い)たのだ、俺(おれ)は。
今(いま)はもう、見下(みお)ろす側(がわ)に居(い)た。
春原(すのはら)「おい、岡崎(おかざき)、急(いそ)げよ。昼休(ひるやす)み終(お)わっちまうぞ」
春原(すのはら)の声(こえ)が聞(き)こえた。
朋也(ともや)「あ、ああ」
その時(とき)、古河(ふるかわ)がこっちに気(き)づいた。
俺(おれ)だとわかっているだろうか。
パンを口(ぐち)から離(はな)し、膝(ひざ)の上(うえ)に置(お)いた。
古河(ふるかわ)は今(いま)にも泣(な)き出(だ)しそうな顔(かお)で、こっちを見(み)ていた。
土曜(どよう)の出来事(できごと)を思(おも)い出(だ)してるのだろうか…。
顔(かお)を伏(ふ)せた。
朋也(ともや)(古河(ふるかわ)…)
立(た)ち去(さ)るべきだった。これ以上(いじょう)、見(み)ていたくなかった。
けど、俺(おれ)は動(うご)けないでいた。
春原(すのはら)の呼(よ)ぶ声(こえ)が何度(なんど)もした。
でも…じっとしていた。
………。
古河(ふるかわ)がもう一度(いちど)顔(かお)を上(あ)げる。
そして…
片手(かたて)をあげ…
俺(おれ)へ向(む)けてそれを振(ふ)った。
頑張(がんば)って、笑顔(えがお)を作(つく)っていた。
………。
…報(むく)いてやりたい。
あいつの精一杯(せいいっぱい)の努力(どりょく)を。
まだ俺(おれ)を必要(ひつよう)としてくれるなら。
朋也(ともや)「春原(すのはら)、これ、頼(たの)むっ」
春原(すのはら)に鞄(かばん)を投(な)げ渡(わた)すと、廊下(ろうか)を走(はし)っていた。
俺(おれ)も懸命(けんめい)だった。
古河(ふるかわ)は食事(しょくじ)を再開(さいかい)していた。
その隣(となり)に俺(おれ)は腰(こし)を下(お)ろした。
朋也(ともや)「ふぅ…」
食(く)う物(もの)がなかったから、待(ま)つしかなかった。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「良(よ)かったです…」
古河(ふるかわ)「勇気(ゆうき)出(だ)して…」
いつの間(ま)にか、古河(ふるかわ)がパンから口(くち)を離(はな)していた。
古河(ふるかわ)「がんばって手(て)、振(ふ)って、良(よ)かったです」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、降(お)りてきてくれました」
朋也(ともや)「ああ、安心(あんしん)しろ。俺(おれ)は呼(よ)んだら来(く)るって、そう言(い)っただろ」
古河(ふるかわ)「でも、あんなことがあった後(あと)だから…」
古河(ふるかわ)「わたし、岡崎(おかざき)さん、傷(きず)つけてしまいましたから…」
朋也(ともや)「おまえ、泣(な)きそうだったからな」
朋也(ともや)「さっき、泣(な)きそうだったろ?」
古河(ふるかわ)「はい、泣(な)きそうでした」
朋也(ともや)「なら良(よ)かったよ。これで泣(な)かないで済(す)むだろ」
古河(ふるかわ)「はい、良(よ)かったです。不安(ふあん)だったですけど、すごく安心(あんしん)できました」
ぐす、と鼻(はな)をすする音(おと)がした。
見(み)ると、古河(ふるかわ)は泣(な)いていた。
涙(なみだ)がぼろぼろと頬(ほお)を伝(つた)って、顎(あご)から落(お)ちて、それが手(て)に持(も)ったパンの食(く)い口(くち)に吸(す)い込(こ)まれていく。
ずっと、気(き)を張(は)っていたのだろう。
寝込(ねこ)んでいる間(あいだ)も、ずっと思(おも)い悩(なや)んでいたのだろう。
無粋(ぶすい)な自分(じぶん)を俺(おれ)は呪(のろ)った。
古河(ふるかわ)の手(て)から、パンを奪(うば)うと、涙(なみだ)が染(し)みた部分(ぶぶん)を千切(ちぎ)った。
そして、それを口(くち)に放(ほう)り込(こ)んだ。
古河(ふるかわ)「あ」
古河(ふるかわ)はそれをどう見(み)ていただろうか。
俺(おれ)はただ、古河(ふるかわ)の涙(なみだ)を飲(の)み干(ほ)したくなっただけだ。
それは、俺(おれ)が流(なが)させたものだったろうから。
朋也(ともや)「おまえは馬鹿(ばか)だろうけどさ…でもそれでいいと思(おも)う」
古河(ふるかわ)「そうでしょうか…」
朋也(ともや)「俺(おれ)もそうだからな」
朋也(ともや)「同(おな)じ場所(ばしょ)に居(い)る」
朋也(ともや)「世渡(よわた)りがうまかったり、巧妙(こうみょう)に駆(か)け引(ひ)きする奴(やつ)らから遠(とお)い場所(ばしょ)だ」
口(くち)の中(なか)のパンを噛(か)みしめる。
古河(ふるかわ)の涙(なみだ)は、なぜか懐(なつ)かしい味(あじ)がした。
それは、俺(おれ)が小(ちい)さい頃(ころ)に流(なが)した涙(なみだ)と、同(おな)じ味(あじ)だった。
………。
………。
そういえば…、と気(ぎ)づく。
隣(となり)がいない。
寮(りょう)に戻(もど)ったのか、それとも遊(あそ)びに出(で)ていったのか。
結局(けっきょく)、サボるつもりなのだろうか。
朋也(ともや)(退屈(たいくつ)すぎる…)
春原(すのはら)がいないと、ストレスの発散(はっさん)もできない。
気分転換(きぶんてんかん)のために、教室(きょうしつ)を出(で)る。
朋也(ともや)(ジュースでも、買(か)ってこよう…)
閑散(かんさん)としきった学食(がくしょく)。
自販機(じはんき)で80円(えん)の紙(かみ)パックのジュースを買(か)い求(もと)め、それを飲(の)みながら教室(きょうしつ)に戻(もど)る。
もちろん、廊下(ろうか)での飲食(いんしょく)は禁止(きんし)だから、教師(きょうし)に見(み)つかれば咎(とが)められるのだが。
教室(きょうしつ)についたところで、ちょうど飲(の)みきり、そのままパックをゴミ箱(はこ)に捨(す)て、自分(じぶん)の席(せき)へと戻(もど)った。
春原(すのはら)「ふわぁ」
春原(すのはら)も戻(もど)ってきていた。呑気(のんき)にあくびなんてしている。
朋也(ともや)「どっかで寝(ね)てたのか」
春原(すのはら)「まぁね」
春原(すのはら)「で…」
春原(すのはら)「…六時間目(ろくじかんめ)って、なんだっけ?」
朋也(ともや)「見(み)ればわかるだろ」
春原(すのはら)「あん?」
教室(きょうしつ)は女子(じょし)の姿(すがた)が消(き)え、男子(だんし)の更衣室(こういしつ)と化(か)していた。
春原(すのはら)「体育(たいいく)ぅ?
移動(いどう)だるぅ…」
生徒(せいと)A「今日(きょう)、なにやるって?」
生徒(せいと)B「サッカーだってよ」
生徒(せいと)A「えぇ~…だるぅ…」
春原(すのはら)「おっと、これは…俄然(がぜん)やる気(き)が出(で)て参(まい)りましたねぇ」
朋也(ともや)「元(もと)サッカー部員(ぶいん)の唯一(ゆいいつ)の見(み)せ場(ば)だもんな」
春原(すのはら)「はっ、格(かく)の違(ちが)いってもんを見(み)せてやるさ」
体育(たいいく)の時間(じかん)は授業(じゅぎょう)というより、勉強(べんきょう)の間(あいだ)の息抜(いきぬ)きといった感(かん)じで、適当(てきとう)に試合(しあい)をさせられるだけ。
ボールを追(お)わずにだべっていても、教師(きょうし)も何(なに)も言(い)わない。
なんとなく3年(ねん)の体育(たいいく)の授業(じゅぎょう)は、野球(やきゅう)の消化試合(しょうかしあい)に似(に)ていた。
春原(すのはら)「よっしゃ、ハットトリックゥゥーーッ!」
進学(しんがく)を諦(あきら)めた馬鹿(ばか)の声(こえ)だけが、元気(げんき)よくこだましていた。
春原(すのはら)「帰(かえ)ろうぜっ」
朋也(ともや)「おまえの高校生活(こうこうせいかつ)は、ワンダフルだな」
春原(すのはら)「うん?」
朋也(ともや)「一生(いっしょう)に二度(にど)と訪(おとず)れない時間(じかん)だから、堪能(かんのう)しておけよ」
春原(すのはら)「当然(とうぜん)。そのためにも、どっか寄(よ)って、遊(あそ)んでこうぜ」
春原(すのはら)「当然(とうぜん)」
春原(すのはら)「さて、今日(きょう)の本番(ほんばん)はこれからだな…」
朋也(ともや)「ああ、頑張(がんば)って楽(たの)しんでこい」
鞄(かばん)を持(も)って、先(さき)に教室(きょうしつ)を出(で)る。
春原(すのはら)「おい、一緒(いっしょ)にいかねぇのっ!?」
朋也(ともや)「野暮用(やぼよう)だ」
背後(はいご)からの声(こえ)にそれだけを答(こた)えて、廊下(ろうか)を歩(ある)き出(だ)す。
事件(じけん)は放課後(ほうかご)に起(お)きた。
いや、それまでに起(お)きていたのだろうけど、俺(おれ)たちは自分(じぶん)たちのことで精一杯(せいいっぱい)で、その時間(じかん)になるまで気(き)づけなかったのだ。
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんっ」
ずっと探(さが)していたのだろうか。俺(おれ)の元(もと)へ、古河(ふるかわ)が慌(あわ)てた様子(ようす)で駆(か)け寄(よ)ってきた。
朋也(ともや)「どうした」
古河(ふるかわ)「校内(こうない)のだんご大家族(だいかぞく)がっ…ぜんぶっ…」
しどろもどろで、何(なに)を言(い)いたいのか、よくわからない。
単語(たんご)から、推測(すいそく)してみる。
だんご大家族(だいかぞく)が…校内(こうない)を…占拠(せんきょ)。
朋也(ともや)「だんご大家族(だいかぞく)が校内(こうない)を占拠(せんきょ)したっ!?」
それは確(たし)かに、慌(あわ)てふためく事態(じたい)だ。
古河(ふるかわ)「違(ちが)いますっ…だんご達(たち)はそんなことしませんっ」
古河(ふるかわ)「だんご達(たち)は、自分(じぶん)たちの生活(せいかつ)に一生懸命(いっしょうけんめい)なんですからっ」
古河(ふるかわ)「大家族(だいかぞく)だから、大変(たいへん)なんです。ほんとに…」
古河(ふるかわ)「兄弟喧嘩(きょうだいけんか)とか、堪(た)えないんです」
朋也(ともや)「いや、だんご達(たち)がそんなことをするかどうかは置(お)いておいて…」
古河(ふるかわ)「置(お)いておいて、じゃなく、しないんです」
朋也(ともや)「ああ、わかった。しない」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)は自分(じぶん)の胸(むね)を押(お)さえて、しばらく黙(だま)り込(こ)む。
そうして、自分(じぶん)を落(お)ち着(つ)かせているようだ。
俺(おれ)も黙(だま)って、待(ま)つ。
古河(ふるかわ)「だんご大家族(だいかぞく)のビラが…ぜんぶ剥(は)がされてるんです」
その一言(いちげん)で、ようやく事態(じたい)が把握(はあく)できた。
古河(ふるかわ)「どうしてこんなことに…」
俺(おれ)は大体(だいたい)の予測(よそく)がついた。
あまり古河(ふるかわ)を不安(ふあん)がらせないよう、黙(だま)っていたことがある。
すでに部員募集(ぶいんぼしゅう)の期間(きかん)は終(お)わってしまっているということ。
朋也(ともや)(見過(みす)ごしてくれると思(おも)ってたんだけどな…)
しかも、演劇部(えんげきぶ)は廃部(はいぶ)していて、顧問(こもん)も部員(ぶいん)もいない、という状態(じょうたい)だ。
それだけ厳(きび)しく取(と)り締(し)まられるのであれば、部(ぶ)の活動(かつどう)を認(みと)めてもらうことだって難(むずか)しいかもしれない。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)は落(お)ち込(こ)んでしまっている。
そこへ、校内放送(こうないほうそう)が鳴(な)り、古河(ふるかわ)の名(な)を呼(よ)んだ。
『…至急(しきゅう)、生徒会室(せいとかいしつ)まできてください』
そう伝(つた)えて、放送(ほうそう)は鳴(な)りやんだ。
古河(ふるかわ)「なんでしょう」
古河(ふるかわ)が俺(おれ)を振(ふ)り返(かえ)っていた。
その顔(かお)には不安(ふあん)の色(いろ)もなく、まるで身(み)に覚(おぼ)えがない、といった感(かん)じで小首(こくび)を傾(かし)げている。
今(いま)からお咎(とが)めを喰(く)らおうなどとは、夢(ゆめ)にも思(おも)っていないのだ。
朋也(ともや)(そういう事態(じたい)にならないようにするのが、俺(おれ)の役目(やくめ)じゃなかったのか…)
今更(いまさら)後悔(こうかい)しても遅(おそ)い。
ここは、正直(しょうじき)に教(おし)えてやったほうがいいだろう。
朋也(ともや)「あのな、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「はい?」
今(いま)の事態(じたい)の悪(わる)さを簡単(かんたん)に話(はな)して聞(き)かせた。
古河(ふるかわ)「そうだったんですか」
朋也(ともや)「ああ。そんなに厳(きび)しくないと思(おも)ってたんだ。悪(わる)い」
古河(ふるかわ)「いえ、岡崎(おかざき)さんは何(なに)も悪(わる)くないです」
古河(ふるかわ)「責任(せきにん)は、すべて部長(ぶちょう)のこのわたしにありますから」
朋也(ともや)「その部長(ぶちょう)にもなれないかもしれないんだぞ」
古河(ふるかわ)「………」
固(かた)まる。
古河(ふるかわ)「いえ、大丈夫(だいじょうぶ)です。きっと、ちゃんと説明(せつめい)すれば、わかってくれます」
朋也(ともや)「だといいけどな…」
朋也(ともや)「生徒会室(せいとかいしつ)って言(い)ってたから、生徒会(せいとかい)が仕切(しき)ってるんだな」
朋也(ともや)「話(はなし)のわかる生徒会(せいとかい)だといいな」
古河(ふるかわ)「生徒(せいと)の代表(だいひょう)として選(えら)ばれた人(ひと)たちですから、いい人(にん)たちに決(き)まってます」
朋也(ともや)「だな」
これ以上(いじょう)不安(ふあん)がらせないでおこう。
古河(ふるかわ)と同(おな)じように、楽観的(らっかんてき)に考(かんが)えればいいんだ。
朋也(ともや)「そういや…まだ購買(こうばい)、開(ひら)いてるかな」
古河(ふるかわ)「どうしてですか?」
朋也(ともや)「とにかく、ついてこい」
俺(おれ)は購買(こうばい)で売(う)れ残(のこ)ったあんパンを買(か)い占(し)める。
古河(ふるかわ)「あんパンですか…?」
朋也(ともや)「これ、持(も)っていけ」
古河(ふるかわ)の手(て)の中(なか)に押(お)し込(こ)める。
朋也(ともや)「これで頑張(がんば)れっ」
古河(ふるかわ)「とてつもなく、不安(ふあん)になってきましたっ」
朋也(ともや)「いいから、いけっ」
背中(せなか)を押(お)すと、あんパンがひとつ床(ゆか)に落(お)ちた。
それを拾(ひろ)おうと前屈(まえかが)みになると、別(べつ)のあんパンが転(ころ)がり落(お)ちる。
古河(ふるかわ)「あの…こんなに持(も)っていけないんですけど」
朋也(ともや)「落(お)ちたのは俺(おれ)が拾(ひろ)っておいてやるから、いけ」
古河(ふるかわ)「じゃ、お願(ねが)いします」
とてとてと歩(ある)いていった。
その間(あいだ)も、いくつか落(お)ちた。
朋也(ともや)「………」
…心配(しんぱい)しすぎだろうか、俺(おれ)は。
その場(ば)で古河(ふるかわ)の帰(かえ)りを待(ま)つ。
10分(ぷん)ほどして、古河(ふるかわ)は戻(もど)ってきた。
朋也(ともや)「早(はや)かったな」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「で、どうだった」
古河(ふるかわ)「困(こま)りました」
朋也(ともや)「どんなこと、言(い)われたんだ」
古河(ふるかわ)「部員(ぶいん)の募集(ぼしゅう)と、活動(かつどう)を一切(いっさい)禁(きん)ずるって」
…全然(ぜんぜん)ダメじゃん。
朋也(ともや)「おまえ、それ素直(すなお)にわかりましたって答(こた)えたのか」
古河(ふるかわ)「いえ、相談(そうだん)してきますって」
朋也(ともや)「誰(だれ)と」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん」
…何者(なにもの)なんだよ、俺(おれ)は。
代わりに談判してくる
朋也(ともや)「代(か)わりに俺(おれ)が行(い)ってくるよ」
古河(ふるかわ)「えっ…いいんですか」
朋也(ともや)「ああ、どうも、頭(あたま)の固(かた)い連中(れんちゅう)みたいだしな」
古河(ふるかわ)「申(もう)しわけないです…」
朋也(ともや)「いいって」
俺(おれ)は古河(ふるかわ)をその場(ば)に残(のこ)し、生徒会室(せいとかいしつ)に向(む)かう。
生徒会室(せいとかいしつ)。そのプレートが掲(かか)げられたドアの前(まえ)に立(た)つ。
俺(おれ)のようにぐうたらやっている人間(にんげん)にとって、生徒会(せいとかい)なんて無縁(むえん)のシロモノだった。
生徒会長(せいとかいちょう)の顔(かお)も知(し)らなければ、それがいつ決(き)まったかも知(し)らない。
朋也(ともや)(はぁ…)
なんだか気(き)が重(おも)くなってくる。できれば、ずっと無縁(むえん)でいたかったものだ。
朋也(ともや)(でも、あいつの作(つく)った、だんご大家族(だいかぞく)の奪還(だっかん)を果(は)たさないとな…)
俺(おれ)はノックもせずに、ドアを開(あ)け放(はな)った。
会議用(かいぎよう)の長(なが)い机(つくえ)が四角形(しかくけい)を作(つく)っている。
その一番奥(いちばんおく)の席(せき)で、男(おとこ)がひとり、ワープロを叩(たた)いていた。
その隣(となり)にはあんパンが山積(さんせき)みになっていた。古河(ふるかわ)が食(た)べきれない分(ぶん)を、お裾分(すそわ)けしたのだろう。
男子生徒(だんしせいと)「ん?
誰(だれ)ですか」
男(おとこ)が顔(かお)を上(あ)げた。
なんていうか、生(う)まれた時(とき)から生徒会(せいとかい)やってます、というような顔(かお)だった。
朋也(ともや)「代(か)わりだよ。さっきここにきた古河(ふるかわ)という生徒(せいと)の」
男子生徒(だんしせいと)「代(か)わり?」
朋也(ともや)「ああ、俺(おれ)が話(はなし)をする」
男子生徒(だんしせいと)「あなたの名前(なまえ)は?」
朋也(ともや)「岡崎(おかざき)」
男子生徒(だんしせいと)「待(ま)ってください」
机(つくえ)の上(うえ)からビラを拾(ひろ)い上(あ)げ、それに隅々(すみずみ)まで視線(しせん)を這(は)わせた。
男子生徒(だんしせいと)「これには、部長(ぶちょう)·古河渚(ふるかわなぎさ)、と署名(しょめい)があるだけです」
朋也(ともや)「ああ」
男子生徒(だんしせいと)「つまり、この件(けん)の責任者(せきにんしゃ)は、古河渚(ふるかわなぎさ)、という生徒(せいと)だということです」
朋也(ともや)「ああ」
男子生徒(だんしせいと)「お引(ひ)き取(と)り下(くだ)さい」
ワープロの画面(がめん)に目(め)を戻(もど)した。
朋也(ともや)「こらっ、待(ま)てよっ」
朋也(ともや)「てめぇ、こうしてわざわざ来(き)てやったのに、どんな扱(あつか)いだよ、そりゃ」
男子生徒(だんしせいと)「わざわざもなにも、お呼(よ)びした覚(おぼ)えがありません」
朋也(ともや)「俺(おれ)は古河渚(ふるかわなぎさ)の代(か)わりだって言(い)ってるだろ」
男子生徒(だんしせいと)「代役(だいやく)は認(みと)められません」
朋也(ともや)「どうしてだよ」
男子生徒(だんしせいと)「話(はなし)がこじれるからです」
男子生徒(だんしせいと)「話(はな)し合(あ)いとはそういうものですよ。間(あいだ)に入(はい)る人(ひと)の数(かず)が多(おお)いほど、話(はなし)はこじれ、時間(じかん)を無駄(むだ)にする」
相手(あいて)は俺(おれ)の威圧的(いあつてき)な態度(たいど)にも冷静(れいせい)に対応(たいおう)し続(つづ)けた。
こういう相手(あいて)は骨(ほね)が折(お)れる…。
朋也(ともや)「じゃ、隣(となり)にあいつを連(つ)れてくるから、それでいいだろ?」
男子生徒(だんしせいと)「あなたに立(た)ち会(あ)う権利(けんり)はありません」
朋也(ともや)「なんでだよっ」
男子生徒(だんしせいと)「わかりました。では、立(た)ち会(あ)うことは認(みと)めましょう」
男子生徒(だんしせいと)「しかし、発言(はつげん)は認(みと)めません」
朋也(ともや)「だったら、同(おな)じだってのっ」
男子生徒(だんしせいと)「我々(われわれ)は責任(せきにん)を持(も)つ人間(にんげん)とのみ、話(はな)し合(あ)うと決(き)めているのです」
男子生徒(だんしせいと)「部員(ぶいん)の意見(いけん)は、前(まえ)もって、その責任者(せきにんしゃ)がまとめておくべきなのです」
朋也(ともや)「あいつは口(くち)ベタなんだよっ」
男子生徒(だんしせいと)「そんなことは私(わたし)が知(し)ったことじゃありません」
朋也(ともや)「………」
口(くち)では勝(か)てる気(き)がしなかった。
朋也(ともや)「ちっ…」
朋也(ともや)「知(し)らなかったよ」
男子生徒(だんしせいと)「なにがですか」
朋也(ともや)「この学校(がっこう)の生徒会(せいとかい)はてめぇみたいな冷(つめ)たい人間(にんげん)が仕切(しき)っていたなんてな」
男子生徒(だんしせいと)「ええ」
男(おとこ)は認(みと)めた。
男子生徒(だんしせいと)「一部(いちぶ)の生徒(せいと)にそう思(おも)われるのは致(いた)し方(かた)ありませんね。悲(かな)しいことですが」
その他(た)大勢(おおぜい)の生徒(せいと)には支持(しじ)される生徒会(せいとかい)である、と言(い)っているのだ。
もう、どうでもいい。
俺(おれ)は身(み)を翻(ひるがえ)す。
朋也(ともや)「あ、あとな…」
思(おも)い出(だ)して、振(ふ)り返(かえ)る。
朋也(ともや)「ちゃんと、そのあんパン、食(く)えよ」
そう言(い)い残(のこ)して、部屋(へや)を後(あと)にした。
中庭(なかにわ)まで降(お)りてくると、古河(ふるかわ)が駆(か)け足(あし)で寄(よ)ってくる。
古河(ふるかわ)「どうでしたかっ」
朋也(ともや)「あのな、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「あんなの無視(むし)して、やっちまおうぜ」
古河(ふるかわ)「無視(むし)するって、そういうのはよくないことです」
朋也(ともや)「だろうけどさ。それに見合(みあ)うだけの、生徒会(せいとかい)でもねぇよ」
古河(ふるかわ)「でも、生徒会(せいとかい)の言(い)うことですから…」
朋也(ともや)「俺(おれ)は認(みと)めないって言(い)ってるんだよ」
朋也(ともや)「本当(ほんとう)に助(たす)けるべき相手(あいて)がわかっちゃいないんだ」
朋也(ともや)「そんな正(ただ)しくない生徒会(せいとかい)の言(い)うことを守(まも)らなければならないのか?」
朋也(ともや)「なぁ、古河(ふるかわ)」
朋也(ともや)「それに俺(おれ)たちは、不良(ふりょう)生徒(せいと)、だろ?」
その日(ひ)、俺(おれ)たちは部員募集(ぶいんぼしゅう)のビラを校内(こうない)に貼(は)り直(なお)して、下校(げこう)した。
並(なら)んで坂(さか)を下(お)りる。その先(さき)に、頭(あたま)の黄色(きいろ)いのがいた。
古河(ふるかわ)「あれは…岡崎(おかざき)さんのお友達(ともだち)の方(かた)ではないでしょうか」
朋也(ともや)「だな…」
そいつは近(ちか)づいてくる。
春原(すのはら)「なにやってたんだよ、岡崎(おかざき)っ」
朋也(ともや)「なんだよ…」
古河(ふるかわ)「こんにちは」
春原(すのはら)「ほら、見(み)ろよ、これっ」
古河(ふるかわ)の挨拶(あいさつ)も無視(むし)して、春原(すのはら)は肩(かた)から掛(か)けていたものを指(さ)さした。
それはエレキギターだった。
小(ちい)さなミニアンプもストラップに付(つ)いている。
春原(すのはら)「知(し)り合(あ)いに借(か)りてきたんだぜ」
朋也(ともや)「なんのために」
春原(すのはら)「おまえね…昨日(きのう)の話(はなし)を忘(わす)れたのか?」
春原(すのはら)「芳野祐介(よしのゆうすけ)が僕(ぼく)のギターを聴(き)いてくれるって、そういう話(はなし)だっただろっ?」
朋也(ともや)「そうだったな…」
朋也(ともや)「でも、ギターなんて持(も)っていったら、おまえ…絶対(ぜったい)に弾(ひ)けないのバレるじゃないか」
春原(すのはら)「いや…こいつの持(も)ち主(ぬし)に、ひとつだけ技(わざ)を教(おし)えてもらったんだ」
春原(すのはら)「素人(しろうと)の僕(ぼく)にもできるってよ」
朋也(ともや)「ふぅん、そんなのがあるのか。やってみせろよ」
春原(すのはら)「ああ、待(ま)てよ…」
アンプのスイッチを入(い)れ、音(おと)が鳴(な)ることを確(たし)かめる。
春原(すのはら)「いくぞ…」
朋也(ともや)「ああ」
春原(すのはら)「必殺(ひっさつ)…ギタースケラッチ!」
弦(げん)にピックを押(お)しつけると、それをネックのほうへと滑(なめ)らせていった。
ギュイイイィーーーーンッ!
春原(すのはら)「どうだっ、弾(ひ)ける奴(やつ)っぽいだろ」
朋也(ともや)「いや、ぽいっけど…弾(ひ)いてはないよな」
朋也(ともや)「後(あと)、スケラッチじゃなくて、スクラッチだと思(おも)うぞ」
春原(すのはら)「ふん…ちゃんと考(かんが)えてあるさ。僕(ぼく)が今(いま)の技(わざ)を繰(く)り出(だ)した後(あと)に、すかさずおまえはこう言(い)ってくれ」
朋也(ともや)「なんてだよ」
春原(すのはら)「…さすがだ春原(すのはら)。だが、もうやめとけ。後(あと)はおまえのファンのために取(と)っておきな」
春原(すのはら)「ってな」
春原(すのはら)「すると、どうだ。実(じつ)はすごくうまいんだけど、もったいぶって弾(ひ)かない奴(やつ)に見(み)えるだろ?」
朋也(ともや)「見(み)えたらいいな」
本当(ほんとう)にこんな作戦(さくせん)が通用(つうよう)するのだろうか…。
春原(すのはら)「ほら、いくぞっ」
そう言(い)って、俺(おれ)の手(て)を引(ひ)く。
朋也(ともや)「ちょっと待(ま)てっ」
古河(ふるかわ)を振(ふ)り返(かえ)る。
古河(ふるかわ)「がんばってきてください」
朋也(ともや)「あ、ああ」
古河(ふるかわ)の見送(みおく)る中(なか)、俺(おれ)は春原(すのはら)に引(ひ)きずられていった。
春原(すのはら)「必殺(ひっさつ)…ギタースケラッチ!」
弦(げん)にピックを押(お)しつけると、それをネックのほうへと滑(なめ)らせる。
が、あまりに強(つよ)く押(お)しつけすぎたせいか、指(ゆび)で弦(げん)を擦(す)ってしまったようだ。
春原(すのはら)「アチィッ!」
ピックを取(と)り落(お)とす。
春原(すのはら)「うわっ、弦(げん)の跡(あと)、ついたよっ!
ふぅーっ、ふぅーっ」
そこですかさず、俺(おれ)は言(い)った。
朋也(ともや)「さすがだ春原(すのはら)。だが、もうやめとけ。後(あと)はおまえのファンのために取(と)っておきな」
芳野(よしの)「………」
芳野(よしの)「おまえら…」
芳野(よしの)「バンドじゃなくて、お笑(わら)いコンビだったのか…」
芳野(よしの)「悪(わる)いが、お笑(わら)いはわからないんだ…」
立(た)ち去(さ)る。
ひゅるるるぅ~…
春原(すのはら)「はっ」
春原(すのはら)「おまえのせいで勘違(かんちが)いされただろっ!」
春原(すのはら)「サインどうしてくれるんだよっ」
朋也(ともや)「追(お)いかけろよっ」
春原(すのはら)が走(はし)っていって、必死(ひっし)に弁解(べんかい)する。
どう言(い)いくるめたかは知(し)らないが、芳野祐介(よしのゆうすけ)は複雑(ふくざつ)な表情(ひょうじょう)のままで、ベンチまで戻(もど)ってくる。
芳野(よしの)「確(たし)かに漫談(まんだん)で、楽器(がっき)を使(つか)う、というのは見(み)たことあるがな…」
春原(すのはら)「だから、違(ちが)うっす」
春原(すのはら)「僕(ぼく)ら真剣(しんけん)っす」
芳野(よしの)「…でも、まったく弾(ひ)けないんだろ」
芳野(よしの)「後(あと)、スケラッチじゃなくて、スクラッチ、な」
朋也(ともや)「はは…実(じつ)は、こいつ始(はじ)めたばっかで、虚勢(きょせい)張(は)ってたんすよ」
朋也(ともや)「俺(おれ)も、本当(ほんとう)はなにもやってないし…」
芳野(よしの)「だろうな…」
芳野(よしの)「ドラムはモグラ叩(たた)きなんかに似(に)ていない」
春原(すのはら)「ですよねっ」
おまえが言(い)えって言(い)ったんだろうが。
芳野(よしの)「けど、まぁ…」
芳野(よしの)「約束(やくそく)だな」
春原(すのはら)「え?」
芳野(よしの)「俺(おれ)のギター、聴(き)きたいんじゃなかったのか」
芳野(よしの)「それとも、もう、いいのか」
春原(すのはら)「いえ、お願(ねが)いしますっ」
春原(すのはら)のギターを受(う)け取(と)り、ストラップに頭(あたま)を通(とお)す。
容姿(ようし)のせいか、それともかつての彼(かれ)の活躍(かつやく)ぶりを知(し)ったためか、ギターがよく似合(にあ)って見(み)えた。
芳野(よしの)「どうでもいいが、これ、通販(つうはん)の2万円(まんえん)で買(か)えるギターだな…」
春原(すのはら)「なんか、足(た)りないっすか」
芳野(よしの)「いや…十分(じゅうぶん)だ」
一弦(いちげん)ずつ指(ゆび)で弾(はじ)きながら、音(おと)を合(あ)わせていく。
春原(すのはら)「え…今(いま)、弾(ひ)いてるんすか。なんか味(あじ)のある曲(きょく)っすね…」
芳野(よしの)「馬鹿(ばか)…チューニングだ」
芳野(よしの)「よし」
ピックを持(も)つと、ようやく、曲(きょく)を奏(かな)で始(はじ)めた。
春原(すのはら)の鳴(な)らす雑音(ざつおん)とはまったく違(ちが)う、美(うつく)しい旋律(せんりつ)だった。
低(ひく)い音(おと)で和音(わおん)を鳴(な)らしながら、高(たか)い音(おと)でメロディを弾(ひ)いている。
目(め)をつぶると、まるで二本(にほん)のギターで弾(ひ)いているように聞(き)こえる。
不思議(ふしぎ)で仕方(しかた)がなかった。
春原(すのはら)「むちゃくちゃうまいっすね…」
春原(すのはら)「その曲(きょく)、歌(うた)はないんすか」
春原(すのはら)が訊(き)く。
確(たし)かに、歌声(うたごえ)も聞(き)けるなら、生(しょう)で聞(き)いてみたかった。
芳野(よしの)「歌(うた)なんてない。適当(てきとう)に弾(ひ)いてるだけだ。別(べつ)になにかの曲(きょく)を弾(ひ)いてるわけじゃない」
芳野(よしの)「そろそろ終(お)わらせるぞ」
最後(さいご)に高音(こうおん)を響(ひび)かせて、曲(きょく)を終(お)わらせた。
春原(すのはら)「あの…」
春原(すのはら)「プロとか…目指(めざ)さないんすか」
春原(すのはら)はまだ口(くち)を割(わ)らせようと、頑張(がんば)っていた。
芳野(よしの)「プロか…」
芳野(よしの)「そんなの、どうだっていい」
芳野(よしの)「俺(おれ)はただ、歌(うた)いたいときに歌(うた)う」
芳野(よしの)「そうしてるんだ」
やっぱり、壁(かべ)を作(つく)っていた。かつての自分(じぶん)に対(たい)して。
…春原(すのはら)はどうするだろうか。
触(ふ)れてはならない部分(ぶぶん)に触(ふ)れようとするだろうか。
春原(すのはら)「こ、こうっすか…イテテ…指(ゆび)つりそうっす」
…純粋(じゅんすい)にギターを教(おそ)わっていた!
芳野(よしの)「しばらくは指先(ゆびさき)も火傷(やけど)したように痛(いた)くなるぞ」
芳野(よしの)「でも、それを越(こ)えれば、皮(かわ)も固(かた)くなって、楽(らく)になるからな」
春原(すのはら)「そうっすか。頑張(がんば)るっす」
春原(すのはら)「へへっ」
芳野(よしの)「もう、この場所(ばしょ)で仕事(しごと)するのも今日(きょう)が最後(さいご)だ」
芳野(よしの)「もっとうまくなったら、また聞(き)かせにこい。聞(き)いてやるから」
言(い)って、春原(すのはら)にも名刺(めいし)を渡(わた)した。
春原(すのはら)「はいっ」
春原(すのはら)「ありがとうございましたっ」
芳野(よしの)「じゃあな」
俺(おれ)にも微笑(ほほえ)みかけた後(あと)、芳野祐介(よしのゆうすけ)は軽(けい)トラに乗(の)り込(こ)み、走(はし)らせていった。
春原(すのはら)「僕(ぼく)…なんか、感動(かんどう)したよ…」
春原(すのはら)「あんなすごい人(びと)に、ど素人(しろうと)の僕(ぼく)が、ギターを教(おし)えてもらえるなんて…」
春原(すのはら)「めっちゃええ人(ひと)や…」
朋也(ともや)「結局(けっきょく)サインはもらえなかったけどな」
春原(すのはら)「んなのどうだっていいんだよ」
春原(すのはら)「これからは僕(ぼく)が上達(じょうたつ)するたび、その成果(せいか)を芳野(よしの)さんに聞(き)いてもらえるんだからさっ」
朋也(ともや)「おまえ…ギター、マジで続(つづ)ける気(き)か?」
春原(すのはら)「ああ…」
春原(すのはら)「やるよ、僕(ぼく)は…」
春原(すのはら)「待(ま)っててくれよ、芳野(よしの)さん…」
芳野祐介(よしのゆうすけ)の去(さ)った後(あと)を、春原(すのはら)はじっと見(み)つめていた。
夜(よる)は、いつものように、春原(すのはら)の部屋(へや)へ。
朋也(ともや)「ふぅ…今日(きょう)は疲(つか)れた」
俺(おれ)は床(よか)に寝(ね)そべって、雑誌(ざっし)を読(よ)み始(はじ)める。
春原(すのはら)「ああ、興奮(こうふん)したね。エキサイティングだったね」
ぺちぺちと音(おと)にならない音(おと)を立(た)てながら、春原(すのはら)はギターを練習(れんしゅう)していた。
春原(すのはら)「そういやさ…」
朋也(ともや)「ああ」
春原(すのはら)「おまえ、あの演劇部(えんげきぶ)の子(こ)と付(つ)き合(あ)ってんだな」
朋也(ともや)「待(ま)て」
俺(おれ)はがばっと身(み)を起(お)こす。
朋也(ともや)「何(なに)見(み)て、そう思(おも)ったんだよっ」
春原(すのはら)「何(なに)って…昼休(ひるやす)み、一目散(いちもくさん)に駆(か)けていったじゃないか、おまえ」
春原(すのはら)「見(み)てたら中庭(なかにわ)であの子(こ)と落(お)ち合(あ)ってた」
朋也(ともや)「馬鹿(ばか)、それだけで勘違(かんちが)いするな」
春原(すのはら)「泣(な)いてたじゃないか、あの子(こ)」
春原(すのはら)「おまえ必死(ひっし)でなぐさめてさ、ひとつのパンをふたりで食(く)ったりしてたじゃないか」
春原(すのはら)「それで彼女(かのじょ)じゃなければどんな関係(かんけい)なんだよ」
朋也(ともや)「演劇部(えんげきぶ)の部長(ぶちょう)と、その手伝(てつだ)いだ」
春原(すのはら)「んなわけあるかよっ」
春原(すのはら)「むちゃくちゃわけありなふたりに見(み)えたっつーのっ」
春原(すのはら)「それに考(かんが)えてみりゃ、放課後(ほうかご)の野暮用(やぼよう)ってのも、あの子(こ)と会(あ)うことだったんだな」
春原(すのはら)「それに放課後(ほうかご)も、一緒(いっしょ)だったじゃん」
春原(すのはら)「考(かんが)えてみりゃ、放課後(ほうかご)の野暮用(やぼよう)ってのは、あの子(こ)と会(あ)うことだったんだな」
春原(すのはら)「そもそもおかしいと思(おも)ったんだよ、おまえが部活動(ぶかつどう)に精(せい)を出(だ)すなんてさ」
そう言(い)われると、何(なに)も返(かえ)せない。
実際(じっさい)は、たくさんの出来事(できごと)があって、今(いま)に至(いた)ってるのだけど。
あいつを手伝(てつだ)っているだけでなく…
俺(おれ)も、あいつの存在(そんざい)によって、救(すく)われていることとか。
それらひとつひとつを説明(せつめい)しようとも、納得(なっとく)させられないだろう、こいつは。
だから俺(おれ)は嘘(うそ)をつくことにした。
朋也(ともや)「実(じつ)はな…」
春原(すのはら)「なんだよ」
朋也(ともや)「あいつの家(いえ)な、パン屋(や)なんだ」
春原(すのはら)「それがどうしたんだよ」
朋也(ともや)「それがな、ものすごくイケてるパン屋(や)なんだ」
朋也(ともや)「雑誌(ざっし)やテレビにも取(と)り上(あ)げられたことがある。それ目当(めあ)てで遠方(えんぽう)からも客(きゃく)が訪(おとず)れる」
朋也(ともや)「俺(おれ)も食(く)ってみたが、これがやたらと美味(うま)いんだ」
春原(すのはら)「へぇ」
朋也(ともや)「あいつと仲良(なかよ)くしておくと、そのパンが食(く)い放題(ほうだい)なんだ」
春原(すのはら)「マジかよ…」
朋也(ともや)「ああ。気(き)さくな親御(おやご)さんでな。あいつの友達(ともだち)はパンが無料(むりょう)で食(く)い放題(ほうだい)なんだ」
春原(すのはら)「へぇ…そんな裏(うら)があったのか」
春原(すのはら)「確(たし)かに。おまえがあんな地味(じみ)な女(おんな)を気(き)に入(い)るとも考(かんが)えにくかったからな…」
朋也(ともや)「まぁな。俺(おれ)にはあいつが歩(ある)くパンに見(み)えるってわけだ」
春原(すのはら)「ふむふむ、なるほどね…」
春原(すのはら)「よし、僕(ぼく)もその話(はなし)に乗(の)っていいか」
…しまった。魅力的(みりょくてき)に語(かた)りすぎた!
春原(すのはら)「いいだろ?
僕(ぼく)もご相伴(しょうばん)に預(あず)かりたい」
朋也(ともや)「駄目(だめ)だ。あいつはおまえが大嫌(だいきら)いなんだ」
春原(すのはら)「マジかよ、ちょっと会(あ)っただけなのに?」
朋也(ともや)「金髪(きんぱつ)はゴキブリの次(つぎ)に嫌(きら)いらしい」
春原(すのはら)「これか…」
脱色(だっしょく)した前髪(まえがみ)を引(ひ)っ張(ぱ)る。
朋也(ともや)「あと、春原(すのはら)という読(よ)みにくい名字(みょうじ)も無性(むしょう)に腹(ばら)が立(た)つらしい」
春原(すのはら)「ほっとけよ!」
朋也(ともや)「まぁ、そういうわけだ」
春原(すのはら)「ちっ…まずは好(す)かれることからか…」
まだ諦(あきら)めていないようだった。
厄介(やっかい)なことにならなければいいが…。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:06:34
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
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回复: clannad渚线剧本注音计划
幻想世界
IV
彼女(かのじょ)が作(つく)ってくれた僕(ぼく)の体(からだ)。
その材料(ざいりょう)はガラクタだ。
それらは、広大(こうだい)な大地(だいち)に点在(てんざい)していて、枯(か)れ草(くさ)の中(なか)に落(お)ちていたり、地表(ちひょう)からその一部(いちぶ)だけを突(つ)きだして埋(う)まっていたりした。
まるでそれは、何(なに)かの死体(したい)を思(おも)わせた。
たくさんの死体(したい)。
いろんなものの死体(したい)。
考(かんが)えてから、僕(ぼく)は身震(みぶる)いした。
それは、僕(ぼく)の体(からだ)だった。
でも、そのガラクタは、こうして僕(ぼく)の体(からだ)をちゃんと形作(かたちづく)ってくれている。
いきなり腕(うで)が落(お)ちたりすることもなかった。
なら、また、僕(ぼく)のように、新(あたら)しい意志(いし)を持(も)ったガラクタ人形(にんぎょう)を作(つく)れるということだ。
ガラクタなら探(さが)せばいくらでも見(み)つけることができた。
きっと彼女(かのじょ)がそうしてくれたように、僕(ぼく)は、それを小(ちい)さな体(からだ)で拾(ひろ)い集(あつ)めてきた。
彼女(かのじょ)は不思議(ふしぎ)そうに僕(ぼく)がしようとすることを見(み)ていた。
彼女(かのじょ)の前(まえ)で、そのガラクタ同士(どうし)を繋(つな)ぎ合(あ)わせてみる。
けど、きっちりと填(は)め込(こ)もうが、それは、外(はず)れて落(お)ちた。
彼女(かのじょ)が意図(いと)をくみ取(と)って、同(おな)じようにしてくれる。
今度(こんど)は外(はず)れなかった。
僕(ぼく)は自分(じぶん)の体(からだ)を指(さ)さした。
…新(あたら)しい体(からだ)、ほしいの?
僕(ぼく)は関係(かんけい)ない、と腕(うで)を交差(こうさ)させた。
…友達(ともだち)?
友達(ともだち)ほしいの?
意図(いと)は違(ちが)う。ただ、僕(ぼく)は僕(ぼく)のような存在(そんざい)が増(ふ)えれば、もっと楽(たの)しくなるはずだと思(おも)っただけだ。
でも、結果的(けっかてき)には同(おな)じことだったから、頷(うなず)いておく。
…そうだよね。ひとりじゃ、寂(さび)しかったよね。ごめんね。
それは…違(ちが)うんだけど。でも、僕(ぼく)はじっと、彼女(かのじょ)の顔(かお)を見上(みあ)げたままでいた。
…無理(むり)かもしれないけど…それでもいい?
こくん、と頷(うなず)く。
…じゃ、やってみるね。
彼女(かのじょ)はガラクタを組(く)み上(あ)げ始(はじ)める。
部品(ぶひん)が足(た)らなくなると、ふたりで大地(だいち)に出(で)て、探(さが)して歩(ある)いた。
何度(なんど)も往復(おうふく)した。
そうしてみて、初(はじ)めてわかる。
僕(ぼく)の体(からだ)を作(つく)るのは、こんなにも大変(たいへん)だったのかと。
今日(きょう)は遠(とお)くまで、ガラクタを探(さが)しにきていた。
丘(おか)の上(うえ)に立(た)って、地平線(ちへいせん)を見渡(みわた)す。
果(は)てしなく、大地(だいち)は続(つづ)いていた。
ずっと遠(とお)くまで。
その果(は)てには、一体(いったい)何(なに)があるんだろう。
僕(ぼく)は隣(となり)に生(は)えた草(くさ)と自分(じぶん)を見比(みくら)べる。
僕(ぼく)の小(ちい)さな体(からだ)では、それは確(たし)かめようのないことだった。
…見(み)て。
呼(よ)ぶ声(こえ)がして振(ふ)り返(かえ)ると、彼女(かのじょ)は一匹(いっぴき)の獣(けもの)を胸(むね)に抱(だ)いていた。
こんな世界(せかい)にも、僕(ぼく)ら以外(いがい)に生(い)き物(もの)がいた。
ふわふわとした白(しろ)い体毛(たいもう)に覆(おお)われ、そしてくるりと曲(ま)がったツノをふたつ、耳(みみ)の横(よこ)に持(も)っていた。
僕(ぼく)はそれが嫌(きら)いだった。
まるで人(ひと)─僕(ぼく)は人(ひと)ではなかったけど─に懐(なつ)こうとしない。
そもそも、僕(ぼく)らは眼中(がんちゅう)にないようなのだ。
それでも、彼女(かのじょ)はそれを一方的(いっぽうてき)にいじるのが好(す)きだった。
抱(だ)いたまま、頭(あたま)やお腹(なか)を撫(な)でた。
そうしながら、彼女(かのじょ)はゆっくりと坂(さか)を登(のぼ)る。
僕(ぼく)も後(あと)に続(つづ)いた。
ひとつ丘(おか)を越(こ)えると、その獣(けもの)が群(む)れを作(つく)っていた。
大小(だいしょう)さまざまで、個体差(こたいさ)はあったが、全部(ぜんぶ)同(おな)じ種類(しゅるい)の生物(せいぶつ)だった。
少女(しょうじょ)が抱(だ)いていた獣(けもの)を大地(だいち)に下(お)ろす。
獣(けもの)は、振(ふ)り返(かえ)ることなく、群(む)れに向(む)かって歩(ある)いていった。
その様子(ようす)を見(み)て、僕(ぼく)は思(おも)う。
彼(かれ)らには、『心(こころ)』がないんだと。
存在(そんざい)しているだけだ。
彼女(かのじょ)に懐(なつ)くこともなければ、別(わか)れることを惜(お)しんで振(ふ)り返(かえ)ることもしない。
そんな奴(やつ)らでも、この世界(せかい)では、彼女(かのじょ)自身(じしん)を除(のぞ)いては、唯一(ゆいいつ)の生(い)き物(もの)だった。
だからだろう。彼女(かのじょ)が好(この)んで触(ふ)れたりするのは。
見(み)ていると、獣(けもの)たちは、大地(だいち)に群生(ぐんせい)した草花(くさばな)を無感情(むかんじょう)に引(ひ)きちぎっては、咀嚼(そしゃく)していた。
あんなのがたくさん増(ふ)えたら、この緑(みどり)が荒(あ)れ果(は)ててしまうに違(ちが)いなかった。
いくらこいつらを気(き)に入(い)っているとしても、そんな事態(じたい)になるのは好(この)ましくないはずだ。
僕(ぼく)は持(も)っていたガラクタをその場(ば)に置(お)くと、闇雲(やみくも)にその中(なか)に割(わ)っていって、獣(けもの)を追(おい)っ払(ぱら)った。
そうしようが、彼(かれ)らは僕(ぼく)に楯突(たてつ)いてくることもなく、場所(ばしょ)を変(か)えて、また草(くさ)を食(た)べ始(はじ)める。
意味(いみ)のない行為(こうい)だった。
…どうしたの?
おこってるの?
彼女(かのじょ)の声(こえ)が背中(せなか)でした。
違(ちが)う。悲(かな)しいんだ。
…頭(あたま)、なでてほしい?
それは…ほしいけど。
じっと、土(つち)がめくれ上(あ)がった地面(じめん)を見(み)つめていた。
彼女(かのじょ)は、これだけ荒(あ)らされた自然(しぜん)を見(み)て、何(なに)も思(おも)わないんだろうか。
悲(かな)しいとか、寂(さび)しいとか。
彼女(かのじょ)はしゃがんで、僕(ぼく)の頭(あたま)を撫(な)でていた。影(かげ)でわかった。
…これは仕方(しかた)がないこと。どうしようもないことだからね。
彼女(かのじょ)はそう言(い)った。
…ああ、変(か)わっていくんだなって…
…そう思(おも)うしかないことなの。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:07:20
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
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4月22日
(
火
)
…朝(あさ)。
夕(ゆう)べも寝(ね)るのが遅(おそ)かったから、寝起(ねお)きは最悪(さいあく)だ。
意志(いし)に反(はん)して目(め)が開(ひら)かない。
しばらく上体(じょうたい)だけ起(お)こしてぼーっとしている。
朋也(ともや)(俺(おれ)がいないと、あいつ…どうしていいかわからないだろうからな…)
朦朧(もうろう)とした意識(いしき)のまま、布団(ふとん)から抜(ぬ)け出(だ)した。
古河(ふるかわ)「おはようございます」
朋也(ともや)「ああ、おはよ…」
古河(ふるかわ)「眠(ねむ)そうです」
朋也(ともや)「ああ、むちゃくちゃ眠(ねむ)い」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、授業中(じゅぎょうちゅう)、寝(ね)てしまいそうです」
朋也(ともや)「ああ、寝(ね)るね、間違(まちが)いなく…」
古河(ふるかわ)「わたしも、眠(ねむ)いです」
朋也(ともや)「おまえも?」
古河(ふるかわ)「はい、夕(ゆう)べ、いろいろ考(かんが)えていて、あまり眠(ねむ)れなかったんです」
朋也(ともや)「何(なに)を考(かんが)えてたんだよ」
古河(ふるかわ)「演劇部(えんげきぶ)の活動(かつどう)を生徒会(せいとかい)に認(みと)めてもらう方法(ほうほう)です」
朋也(ともや)「へぇ…」
古河(ふるかわ)「署名(しょめい)を集(あつ)めるとか、どうですか」
古河(ふるかわ)「たくさん集(あつ)まれば、生徒会(せいとかい)の方(かた)も、きっと考(かんが)えてくれると思(おも)います」
朋也(ともや)「そんな簡単(かんたん)な相手(あいて)じゃないぞ」
古河(ふるかわ)「同(おな)じ生徒(せいと)です。きっと、わかってくれると思(おも)います」
朋也(ともや)「そうかね…」
朋也(ともや)「こんな学校(がっこう)じゃあ、集(あつ)まらないんじゃないかな…」
朋也(ともや)「そもそも、演劇部(えんげきぶ)に入(はい)りたい奴(やつ)がいなくなったから、演劇部(えんげきぶ)は廃部(はいぶ)になったんだしな」
古河(ふるかわ)「そう言(い)われると…そうです」
古河(ふるかわ)「少(すこ)し考(かんが)えが甘(あま)かったです」
朋也(ともや)「いや、いいんだけどさ…」
また、ふたり並(なら)んで坂(さか)を登(のぼ)る。
多(おお)くの生徒(せいと)の中(なか)に紛(まぎ)れて。
けど、俺(おれ)たちふたりは違(ちが)う。
そんな特別(とくべつ)な思(おも)いを抱(だ)いて。
昼休(ひるやす)み。
古河(ふるかわ)「やっぱり剥(は)がされてしまいました」
朋也(ともや)「無視(むし)しろ。貼(は)り直(なお)せばいい」
古河(ふるかわ)「もう、貼(は)らないでおきたいです」
朋也(ともや)「どうして」
古河(ふるかわ)「なんだか、可哀想(かわいそう)です」
朋也(ともや)「誰(だれ)が」
古河(ふるかわ)「だんご大家族(だいかぞく)です」
朋也(ともや)「………」
その言葉(ことば)を聞(き)いて、目(め)が点(てん)になる。
朋也(ともや)「…はい?」
古河(ふるかわ)「剥(は)がされては貼(は)っての繰(く)り返(かえ)しでは、まるでだんご達(たち)が道具(どうぐ)みたいです」
朋也(ともや)(いや、道具(どうぐ)なんだけど…)
そんな道理(どうり)も通用(つうよう)しないのだろう、こいつには。
古河(ふるかわ)「だから、もうやめにしましょう」
朋也(ともや)「なら、どうするんだよ。説明会(せつめいかい)は来週(らいしゅう)だろ?」
朋也(ともや)「貼(は)ってあったものがなくなっていたら、来(きた)ようとしていた奴(やつ)らが不審(ふしん)に思(おも)うぞ」
朋也(ともや)「延期(えんき)したのか、あるいは、中止(ちゅうし)になったのか、ってさ」
古河(ふるかわ)「そうですね…」
朋也(ともや)「どうするんだよ、部長(ぶちょう)」
古河(ふるかわ)「えっと、その…」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「やっぱり、ビラを貼(は)り続(つづ)けるしかないんでしょうか」
古河(ふるかわ)「それがイタチごっこでも」
朋也(ともや)「だと思(おも)うけどな、俺(おれ)は」
朋也(ともや)「それで人(ひと)の目(め)に触(ふ)れる機会(きかい)が増(ふ)やせるなら、それでいいと思(おも)う」
古河(ふるかわ)「…わかりました」
朋也(ともや)「じゃあ、ビラのマスター、貸(か)してくれ。コピーしてくるから」
古河(ふるかわ)「え?」
朋也(ともや)「どうした」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、持(も)ってないんですか」
朋也(ともや)「昨日(きのう)、最後(さいご)に渡(わた)しただろ。マスターだから、持(も)っておけって」
古河(ふるかわ)「あ…あれって、マスターだったんですか?」
朋也(ともや)「そうだよ。どこにやった」
古河(ふるかわ)「貼(は)ってしまいました」
朋也(ともや)「はい?」
古河(ふるかわ)「えっと、まだ貼(は)ってなかった掲示板(けいじばん)があったものですから」
朋也(ともや)「ぐあ…アホな子(こ)か、おまえはっ」
朋也(ともや)「あれだけ、大事(だいじ)に持(も)っておけって、言(い)っただろ…」
古河(ふるかわ)「それは…今(いま)思(おも)い出(だ)しました」
古河(ふるかわ)「あの時(とき)は夢中(むちゅう)で貼(は)ってしまいました。たくさんの人(ひと)に見(み)てもらえるようにって」
朋也(ともや)「つーことは、なんだ…」
朋也(ともや)「また書(か)き直(なお)しってことか」
古河(ふるかわ)「はい…そうなってしまいます」
朋也(ともや)「おまえ、書(か)けよ」
古河(ふるかわ)「わかりました。がんばります。がんばって、たくさん描(えが)きます」
朋也(ともや)「何(なに)を」
古河(ふるかわ)「だんごです」
朋也(ともや)「いや、それは…」
古河(ふるかわ)「はい?」
朋也(ともや)「せめて、一匹(いっぴき)に…」
古河(ふるかわ)「大家族(だいかぞく)ですから、たくさん居(い)るんです」
古河(ふるかわ)「助(たす)け合(あ)いなんです」
朋也(ともや)「いいじゃないか、たまには一匹狼(いっぴきおおかみ)なだんごがいても」
朋也(ともや)「バイクにまたがって、放浪(ほうろう)の旅(たび)をしてるんだ。そうだ、そうしよう」
古河(ふるかわ)「だんごはそんなことしません」
朋也(ともや)「どこの家族(かぞく)だって、はみ出(だ)しモノはいるだろ」
古河(ふるかわ)「だんご大家族(だいかぞく)にはいないんです」
古河(ふるかわ)「それは時(とき)には喧嘩(けんか)もします」
古河(ふるかわ)「けど、結局(けっきょく)は仲良(なかよ)しなんです」
朋也(ともや)「まあ、仲良(なかよ)しかどうかは置(お)いておいてだな」
古河(ふるかわ)「置(お)いておいて、じゃなく、仲良(なかよ)しなんです」
古河(ふるかわ)「だからっ…」
朋也(ともや)「………」
古河(ふるかわ)「だから、好(す)きなんです…」
古河(ふるかわ)「だんご大家族(だいかぞく)は、みんなが仲良(なかよ)しだから…」
単純(たんじゅん)に可愛(かわい)くて好(す)き、と言(い)っているわけではないらしい。
朋也(ともや)「…そっか」
古河(ふるかわ)「はい、そうなんです」
朋也(ともや)「じゃあ、描(か)くか…」
俺(おれ)も何(なに)を躍起(やっき)になっていたのだろうか。よくわからなかった。
朋也(ともや)「よっと」
壁(かべ)の交通(こうつう)安全(あんぜん)のポスターを取(と)り外(はず)す。
それを裏返(うらがえ)して、古河(ふるかわ)に突(つ)きつける。
朋也(ともや)「これを使(つか)え。たくさん描(か)けるぞ」
朋也(ともや)「でかいからな、一万匹(いちまんぴき)ぐらい描(か)ける」
古河(ふるかわ)「そんなにいません」
とんとん。
朋也(ともや)「いいから、描(か)けって」
古河(ふるかわ)「それ、大(おお)きすぎです」
朋也(ともや)「じゃあ、だんごも大(おお)きく描(か)け」
とんとん!
古河(ふるかわ)「恥(は)ずかしいです」
朋也(ともや)「描(か)けってばよっ」
どんっ!
古河(ふるかわ)「はい…?」
古河(ふるかわ)が振(ふ)り返(かえ)る。その先(さき)に、壁(かべ)を蹴(け)りつける春原(すのはら)がいた。
春原(すのはら)「さっきから呼(よ)んでたんだけど…お邪魔(じゃま)みたいだね」
手(て)に持(も)った紙切(かみき)れをひらひらとさせながら、冷(さ)めた目(め)でこっちを見(み)ていた。
古河(ふるかわ)「あ、だんごたちですっ」
頼(たの)む、ビラと言(い)え。
古河(ふるかわ)「ありがとうございます」
それを受(う)け取(と)る古河(ふるかわ)。
朋也(ともや)「おまえ、何(なに)しにきたんだよ…」
それを押(お)しのけて、俺(おれ)は春原(すのはら)の正面(しょうめん)に立(た)つ。
春原(すのはら)「無論(むろん)、イケてるパンの食(く)い放題権(ほうだいけん)、獲得(かくとく)のためさ」
春原(すのはら)「学食(がくしょく)のパンには僕(ぼく)も飽(あ)きたからねぇ」
春原(すのはら)「僕(ぼく)、春原(すのはら)って言(い)うんだ。よろしく」
俺(おれ)をよけて、後(うし)ろにいた古河(ふるかわ)に挨拶(あいさつ)していた。
古河(ふるかわ)「あ、はいっ、よろしくお願(ねが)いしますっ」
古河(ふるかわ)「えっと…その、よろしくってことは…」
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さん、演劇部(えんげきぶ)に入(はい)ってくれるということでしょうかっ」
春原(すのはら)「いや、全然(ぜんぜん)興味(きょうみ)ない」
古河(ふるかわ)「楽(たの)しいです、みんなで劇(げき)をするのって」
春原(すのはら)「そんなことよりさ、訊(き)きたいことがあるんだけど」
春原(すのはら)「君(きみ)の家(いえ)って、自営業(じえいぎょう)だろ。何(なに)やってんだっけ」
古河(ふるかわ)「はい?
わたしの家(いえ)ですか?」
古河(ふるかわ)「パン屋(や)です」
春原(すのはら)「よしっ」
俺(おれ)の話(はなし)に偽(いつわ)りがないことを確認(かくにん)して、手応(てごた)えを得(う)たようだ。
朋也(ともや)(いや、その先(さき)に偽(いつわ)りがあるんだがな…)
古河(ふるかわ)「それが…どうかしましたか?」
春原(すのはら)「いや、なんでもないよ。それより、それ、助(たす)かっただろ?」
古河(ふるかわ)「はい、とても助(たす)かりました」
春原(すのはら)「生徒会(せいとかい)の人間(にんげん)が剥(は)がして回(まわ)ってたからさ、一枚(いちまい)だけ先(さき)に取(と)っておいた」
古河(ふるかわ)「そうなんですか。ありがとうございます」
古河(ふるかわ)「あの…岡崎(おかざき)さん」
ビラを胸(むね)に抱(だ)いて、俺(おれ)に向(む)き直(なお)る。
古河(ふるかわ)「やっぱりこれはもう、貼(は)りたくないです。ずっと大切(たいせつ)に仕舞(しまい)っておきたいです」
朋也(ともや)「おまえな…ビラなんかを思(おも)い出(で)の品(しな)にするなよな…」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんとふたりで、一生懸命(いっしょうけんめい)作(つく)ったものですから…」
朋也(ともや)「………」
あまりに情(じょう)を移(うつ)してしまっている。奪(うば)い取(と)ったら、泣(な)き出(だ)しそうだった。
朋也(ともや)「じゃあ、どうするんだよ」
古河(ふるかわ)「それは…」
古河(ふるかわ)「ええと…どうしましょう…」
春原(すのはら)「ん?
なんの話(はなし)かな?
困(こま)ってるんなら、相談(そうだん)に乗(の)るよ」
朋也(ともや)「てめぇは帰(かえ)れ」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、それはお友達(ともだち)に失礼(しつれい)だと思(おも)います」
春原(すのはら)「そうだ、失礼(しつれい)だぞ」
朋也(ともや)(くそ…)
春原(すのはら)「ほら、こんな失礼(しつれい)な奴(やつ)、もう相手(あいて)にしないでさ、僕(ぼく)に話(はな)してみな」
古河(ふるかわ)「いえ、岡崎(おかざき)さんは口(くち)は悪(わる)いですけど、とても優(やさ)しいです…」
古河(ふるかわ)「今(いま)までも、たくさん力(ちから)になってもらいました」
古河(ふるかわ)「ですから、そんな勝手(かって)なこともできないですし、したくないです」
真面目(まじめ)に返(かえ)されていた。
春原(すのはら)「へぇ…うまくやってんなぁ」
春原(すのはら)「こりゃ、食(た)べ放題(ほうだい)になるわけだ」
古河(ふるかわ)「食(た)べ放題(ほうだい)…?」
春原(すのはら)「ううん、こっちの話(はなし)」
春原(すのはら)「とにかくさ、僕(ぼく)も力(ちから)になる。だから、話(はなし)を聞(き)かせてよ」
古河(ふるかわ)「いえ…力(ちから)になっていただくなんて、それは申(もう)しわけないです…」
古河(ふるかわ)「でも、話(はなし)はしたいと思(おも)います。この子(こ)たちも、助(たす)けてもらったことですし」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、いいですよね」
朋也(ともや)「ああ…」
春原(すのはら)に目(め)を付(つ)けられたが最後(さいご)。そのスッポンのようなしつこさから、逃(のが)れる術(じゅつ)はないのだ。
朋也(ともや)(もう、好(す)きにしてくれ…)
春原(すのはら)「なるほどね…」
春原(すのはら)「そんなの簡単(かんたん)じゃん」
古河(ふるかわ)「え、何(なに)かいい方法(ほうほう)がありますか」
春原(すのはら)「うん、生徒会長(せいとかいちょう)だかなんだか知(し)らないけどさ…」
春原(すのはら)「そいつをシメる」
古河(ふるかわ)「しめる、と言(い)いますと?」
春原(すのはら)「うーん、ぎゃふん、と言(い)わせるってことかな」
古河(ふるかわ)「え…どうやってですか」
春原(すのはら)「校舎裏(こうしゃうら)に呼(よ)び出(だ)してさ、こう複数(ふくすう)で囲(かこ)んで…」
春原(すのはら)が足(あし)を前後(ぜんご)に動(うご)かす。
古河(ふるかわ)「そんなことしたら、ダメですっ」
慌(あわ)てて、そのジェスチャーをやめさせる。
…見(み)ろ、この価値観(かちかん)の違(ちが)いを。
春原(すのはら)「えぇ?
ダメなの?」
古河(ふるかわ)「生徒会(せいとかい)の方々(かたがた)は、何(なに)も悪(わる)いことしてないです…」
古河(ふるかわ)「していたとしてもです、暴力(ぼうりょく)はダメです…」
春原(すのはら)「じゃ、話(はな)し合(あ)い?
僕(ぼく)の苦手(にがて)な分野(ぶんや)だねぇ…」
古河(ふるかわ)「いえ、話(はなし)を聞(き)いてもらえただけでもよかったです」
古河(ふるかわ)「ありがとうございました」
改(あらた)めて頭(あたま)を下(さ)げる。
春原(すのはら)「うーん…ま、後(あと)はふたりに任(まか)せるけどさ」
春原(すのはら)「僕(ぼく)も一緒(いっしょ)にいるよ。何(なに)かあった時(とき)は力(ちから)になるからさ」
朋也(ともや)「暴力振(ぼうりょくふ)るうことしか能(のう)がないくせに、帰(かえ)れ」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、それはお友達(ともだち)に失礼(しつれい)です」
春原(すのはら)「そうだ、失礼(しつれい)だぞ」
朋也(ともや)(くそぅ…)
想像(そうぞう)していた、最悪(さいあく)の結果(けっか)だ。
厄介(やっかい)な奴(やつ)が仲間(なかま)に加(くわ)わってしまった。
朋也(ともや)(ああ、RPGのように、選択(せんたく)の余地(よち)があれば…)
春原陽平(すのはらようへい)』が仲間(なかま)に加(くわ)わりたいと申(もう)し出(で)てきた!
どうしますか?
斬る
春原(すのはら)「って、なんで、仲間(なかま)に入(い)れるって選択肢(せんたくし)がないんすかっ!」
ばさり!
春原(すのはら)「ぎゃあああーーーーーーっ!」
…といった具合(ぐあい)に、とても愉快(ゆかい)なイベントになるんだが。
春原(すのはら)「なに、にやけてんの、おまえ」
朋也(ともや)「いや…なんでもない」
春原(すのはら)「ほら、これからどうするんだよ。昼休(ひるやす)み終(お)わっちまうぜ?」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、どうしましょう」
朋也(ともや)「ああ、そうだな…」
朋也(ともや)「とりあえず、学校(がっこう)のことに詳(くわ)しい奴(やつ)に訊(き)いてみるか…俺(おれ)たち、知(し)らなさすぎだし」
春原(すのはら)「ははっ、おまえ、何年(なんねん)ここの生徒(せいと)やってんだよっ」
朋也(ともや)「おまえも同(おな)じだからな」
とりあえず廊下(ろうか)に出(で)てみる。
古河(ふるかわ)「誰に相談してみますか」
担任に相談
朋也(ともや)「学校(がっこう)のことを訊(き)くんだったら、そりゃ教師(きょうし)に訊(き)くのが一番(いちばん)手(て)っ取(と)り早(ばや)いよな」
朋也(ともや)「というわけで、担任(たんにん)に訊(き)こう」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんのクラスの担任(たんにん)ですか?」
朋也(ともや)「いや、おまえのクラスのでもいいぞ」
古河(ふるかわ)「わたしも、どちらでもいいです」
朋也(ともや)「B組(ぐみ)って、担任(たんにん)、誰(だれ)だっけ?」
古河(ふるかわ)「美術(びじゅつ)の担任(たんにん)をされている、篠原(しのはら)先生(せんせい)です」
春原(すのはら)「あの人(ひと)、なんか鉄仮面(てつかめん)みたいな顔(かお)してて、コワイよね…」
古河(ふるかわ)「はい、あまり表情(ひょうじょう)を変(か)える先生(せんせい)ではないです」
春原(すのはら)「ウチの担任(たんにん)のほうがいいんじゃない?
頼(たよ)りないけど、人(ひと)は悪(わる)くないよ」
古河(ふるかわ)「どなたでしょうか」
朋也(ともや)「数学(すうがく)もってる…ええと…なんだっけ」
春原(すのはら)「なんか、動物(どうぶつ)の名前(なまえ)が入(はい)ってた気(き)がすんだけど」
可哀想(かわいそう)な担任(たんにん)だった…。
朋也(ともや)「猫(ねこ)だっけか、犬(いぬ)だっけか」
春原(すのはら)「熊(くま)とか象(ぞう)かもしれんぞ」
朋也(ともや)「象(ぞう)がつく名字(みょうじ)なんてないだろ」
春原(すのはら)「んなことねぇよ、象本(ぞうもと)とか、象田(ぞうだ)とか、象印(ぞうじるし)とかあんだろ」
朋也(ともや)「最後(さいご)の、名字(みょうじ)か?」
春原(すのはら)「名字(みょうじ)だよっ」
春原(すのはら)「ああ、象印(ぞうじるし)だな。今(いま)、思(おも)い出(だ)したよ。聞(き)き覚(おぼ)えあるもん。間違(まちが)いないね」
その聞(き)き覚(おぼ)えは、本当(ほんとう)に人(ひと)の名前(なまえ)としてか。クイズ番組(ばんぐみ)の提供(ていきょう)じゃないのか。
古河(ふるかわ)「わたし、知(し)らない先生(せんせい)です」
春原(すのはら)「ま、そんな悪(わる)い奴(やつ)じゃないからさ、話(はなし)、してみようぜ」
朋也(ともや)「おまえ、最近(さいきん)、絞(しぼ)られたばかりじゃないのか」
春原(すのはら)「最近(さいきん)絞(しぼ)られたばかりだから、当分(とうぶん)は何(なに)もないってことじゃん」
朋也(ともや)「すげぇポジティブシンキング男(おとこ)だな」
職員室(しょくいんしつ)の前(まえ)までやってくる。
春原(すのはら)「うーん、いないねぇ」
中(なか)を覗(のぞ)きこんでいた春原(すのはら)が背中(せなか)を向(む)けたままで言(い)った。
俺(おれ)は廊下(ろうか)を見(み)やる。タイミングよく、その先(さき)のドアが開(ひら)いて、担任(たんにん)が姿(すがた)を見(み)せた。
朋也(ともや)「あ、こっちに居(い)たぞ。今(いま)、校長室(こうちょうしつ)から出(で)てきた」
こっちに向(む)かって歩(ある)いてくる。
担任(たんにん)「なんだ、おまえたち、職員室(しょくいんしつ)に用(よう)か?」
俺(おれ)たちを見(み)つけると、そう訊(き)いてきた。
春原(すのはら)「ああ、僕(ぼく)たち、用(よう)があったんだ。象印(ぞうじるし)先生(せんせい)に」
ずるぅっ!と年甲斐(としがい)もなく転(こ)けていた。
担任(たんにん)「誰(だれ)がだっ、乾(いぬい)だっ」
哀(あわ)れな担任(たんにん)だった。
担任(たんにん)「で、なんなんだ。どうせロクな…」
担任(たんにん)「っと…珍(めずら)しいな。女(おんな)の子連(こづ)れか」
担任(たんにん)「君(きみ)、こいつらに騙(だま)されてないか。大丈夫(だいじょうぶ)か?」
春原(すのはら)「人聞(ひとぎ)き悪(わる)いこと言(い)うなよ、恩(おん)を着(き)せてるだけだよっ」
十分(じゅうぶん)人聞(ひとぎ)き悪(わる)い。
古河(ふるかわ)「大丈夫(だいじょうぶ)です。おふたりには、手伝(てつだ)ってもらってるんです」
担任(たんにん)「ん?
どういうことだい」
俺(おれ)たちは、そのまま、事(こと)の流(なが)れを話(はな)した。
担任(たんにん)「そうか、そりゃ、難儀(なんぎ)だな…」
担任(たんにん)「部(ぶ)として認(みと)めてもらうには、まずは顧問(こもん)をつけること、これが第一条件(だいいちじょうけん)だ」
古河(ふるかわ)「顧問(こもん)…先生(せんせい)ですね」
朋也(ともや)「簡単(かんたん)じゃないか。演劇部(えんげきぶ)の元顧問(もとこもん)を探(さが)せばいいだけだろ」
朋也(ともや)「去年(きょねん)まで演劇部(えんげきぶ)はあったんだから、この学校(がっこう)に居(い)るはずだぜ」
古河(ふるかわ)「そう…ですね。探(さが)してみます」
担任(たんにん)「それだけじゃ駄目(だめ)なんだな」
春原(すのはら)「なんだよ、もったいぶるなよ、象印(ぞうじるし)」
担任(たんにん)「乾(いぬい)だっ!」
担任(たんにん)「しかも、おまえ、今(いま)、教師(きょうし)の名前(なまえ)を呼(よ)び捨(す)てにしたな?」
春原(すのはら)「はは、気(き)のせいっすよ」
担任(たんにん)「どうだかな…」
古河(ふるかわ)「それだけじゃ、ダメと言(い)いますと?」
担任(たんにん)「ああ、もうひとつ条件(じょうけん)がある」
担任(たんにん)「入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)が3名(めい)以上(いじょう)居(い)ること」
担任(たんにん)「ま、その点(てん)に関(かん)しては大丈夫(だいじょうぶ)みたいだな」
担任(たんにん)は俺(おれ)たちの顔(かお)を見回(みまわ)した。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)が固(かた)まる。
担任(たんにん)「まだ、時間(じかん)あるから、今(いま)から、演劇部(えんげきぶ)の元顧問(もとこもん)、探(さが)してみるかい?」
担任(たんにん)「訊(き)けば、すぐ見(み)つかると思(おも)うよ」
古河(ふるかわ)「ちょっと待(ま)って…くださいっ」
担任(たんにん)「どうした?」
古河(ふるかわ)「えっと、その…」
古河(ふるかわ)「入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)の数(かず)が…」
担任(たんにん)「え?
足(た)らないの?」
もう一度(いちど)俺(おれ)たちの顔(かお)を見回(みまわ)す。
担任(たんにん)「そっか…こいつらが、演劇(えんげき)をやるわけないか…」
浅(あさ)はかだったとばかりに、ため息(いき)をつかれた。
担任(たんにん)「それだと難(むずか)しいな」
担任(たんにん)「そもそも演劇部(えんげきぶ)は、部員(ぶいん)が集(あつ)まらなくなって、廃部(はいぶ)になったんだからね」
古河(ふるかわ)「やっぱりそうですか…」
担任(たんにん)「おっと、そろそろ戻(もど)らないと」
担任(たんにん)「悪(わる)いね。また、相談事(そうだんごと)があったら、言(い)っておいで」
そう、古河(ふるかわ)だけに告(つ)げて、職員室(しょくいんしつ)に戻(もど)っていった。
廊下(ろうか)に立(た)ちつくす俺(おれ)たち。
古河(ふるかわ)「後(あと)、ふたり、集(あつ)めなくてはいけないみたいです」
朋也(ともや)「………」
そもそも、その募集(ぼしゅう)を生徒会(せいとかい)に禁止(きんし)されているのだから、矛盾(むじゅん)した話(はなし)だった。
でも、人数(にんずう)さえ揃(そろ)えて、顧問(こもん)を見(み)つければ…
もしかしたら、その顧問(こもん)が生徒会(せいとかい)に談判(だんぱん)してくれるかもしれない。
すでに体裁(ていさい)は整(ととの)っているのだから。
そうなれば、生徒会(せいとかい)とて、無下(むげ)にはね除(のぞ)けられないのではないだろうか。
朋也(ともや)「あのさ、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「俺(おれ)たちが、部員(ぶいん)の振(ふ)り、しておいてやろうか」
だから、その案(あん)を口(くち)にしていた。
どう考(かんが)えても、そうすべきだ。
朋也(ともや)「だって、そうしないと、本当(ほんとう)の部員(ぶいん)すら、集(あつ)められないだろ?」
古河(ふるかわ)「では…」
古河(ふるかわ)「お願(ねが)いできますか」
古河(ふるかわ)が春原(すのはら)の顔(かお)を伺(うかが)う。
春原(すのはら)「本当(ほんとう)に、そのまま部員(ぶいん)にされないのならいいけどさ」
古河(ふるかわ)「大丈夫(だいじょうぶ)です。約束(やくそく)します」
朋也(ともや)「じゃ、決(き)まったところで、とっとと、顧問(こもん)を探(さが)そうぜ」
古河(ふるかわ)「はい」
引(ひ)き戸(と)に手(て)を添(そ)えたところで、古河(ふるかわ)が動(うご)きを止(と)める。
古河(ふるかわ)「でも…」
古河(ふるかわ)「先生(せんせい)に嘘(うそ)つくってことですよね」
古河(ふるかわ)「よくないことです」
朋也(ともや)「いいじゃないか。顧問(こもん)を探(さが)す時点(じてん)では、俺(おれ)たちは本当(ほんとう)に演劇部(えんげきぶ)に入(はい)りたかった」
朋也(ともや)「でも、顧問(こもん)が決(き)まってから、嫌(いや)になってやめたくなった」
朋也(ともや)「代(か)わりに、新(あたら)しい入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)が現(あらわ)れた」
朋也(ともや)「な。そう考(かんが)えろ」
古河(ふるかわ)「あの、新(あたら)しい入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)って誰(だれ)ですか?」
朋也(ともや)「馬鹿(ばか)。それはおまえが募集(ぼしゅう)して、見(み)つけるんだろ」
古河(ふるかわ)「やっぱり、そうですよね」
古河(ふるかわ)「でも…」
古河(ふるかわ)「もし、新(あたら)しい入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)が見(み)つかっても、お二人(ふたり)には、演劇部(えんげきぶ)で居(い)てほしいです」
古河(ふるかわ)「心(こころ)からそう思(おも)います」
古河(ふるかわ)「きっと楽(たの)しいですから」
春原(すのはら)「馬鹿(ばか)か、この子(こ)は…」
呟(つぶや)く春原(すのはら)を手(て)で制(せい)して、古河(ふるかわ)の肩口(かたぐち)に顔(かお)を寄(よ)せる。
朋也(ともや)「おまえさ…筋書(すじが)きと、本心(ほんしん)とをごっちゃにしてないか?」
古河(ふるかわ)「はい?」
朋也(ともや)「いや、まあいい。今(いま)は、顧問(こもん)を探(さが)すことに専念(せんねん)しろ」
古河(ふるかわ)「はい、わかりました」
がらり、と職員室(しょくいんしつ)のドアを開(あ)け放(はな)った。
見知(みし)った教師(きょうし)を捕(つか)まえ、以前(いぜん)に演劇部(えんげきぶ)の顧問(こもん)をしていた教師(きょうし)の名(な)を尋(たず)ねた。
教師(きょうし)「ああ、古文(こぶん)の幸村先生(こうむらせんせい)よ。知(し)ってるでしょ?」
朋也(ともや)「ああ」
よく知(し)っていた。けど、演劇部(えんげきぶ)の顧問(こもん)をしていたことは知(し)らなかった。
それほど、活動(かつどう)が慎(つつ)ましい部(ぶ)だったのだろう。
朋也(ともや)「…どこに居(い)るんだ?」
職員室(しょくいんしつ)を見渡(みわた)す。その姿(すがた)は見(み)あたらなかった。
教師(きょうし)「今(いま)は生活指導室(せいかつしどうしつ)かしら」
古河(ふるかわ)「わかりました。行(い)ってみます」
教師(きょうし)「にしても、衝撃(しょうげき)的(てき)な組(く)み合(あ)わせね」
古河(ふるかわ)「何(なに)がでしょうか」
教師(きょうし)「あなたのような大人(おとな)しそうな子(こ)と、問題児(もんだいじ)ふたりが連(つ)れ添(そ)ってるなんて」
教師(きょうし)「大丈夫(だいじょうぶ)?」
古河(ふるかわ)「大丈夫(だいじょうぶ)です。お友達(ともだち)ですから」
古河(ふるかわ)はよく通(とお)る声(こえ)で答(こた)えた。
その言葉(ことば)に反応(はんのう)してか、何人(なんにん)かの教師(きょうし)が俺(おれ)たちのほうを見(み)た。
そのうちの何人(なんにん)かが怪訝(かいが)に表情(ひょうじょう)を曇(くも)らせたが、俺(おれ)と目(め)が合(あ)うと、いそいそと自分(じぶん)の作業(さぎょう)に戻(もど)った。
古河(ふるかわ)「後(あと)、わたしも問題児(もんだいじ)ですから」
教師(きょうし)「え…?」
古河(ふるかわ)「ありがとうございます」
古河(ふるかわ)が礼(れい)をして、話(はなし)を終(お)わらせていた。
春原(すのはら)「僕(ぼく)が職員室(しょくいんしつ)なんて入(はい)るのは、決(き)まってお咎(とが)めを受(う)けるときだからね」
春原(すのはら)「連中(れんちゅう)のツラ、見(み)ただろ?
今度(こんど)は何事(なにごと)だ?って、顔(かお)してたぜ」
春原(すのはら)「たまには、普通(ふつう)の用(よう)で来(く)るってーの」
春原(すのはら)「くそっ」
ドアを激(はげ)しく蹴(け)りつけていた。
朋也(ともや)「やめとけ。いくぞ」
春原(すのはら)「どこへ」
朋也(ともや)「生活指導室(せいかつしどうしつ)だろ。な、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「そうです。生活指導室(せいかつしどうしつ)です」
春原(すのはら)「そんなところ入(はい)っていきたくないんだけど…」
踵(きびす)を返(かえ)す先(さき)…
ちょうど幸村(こうむら)が生活指導室(せいかつしどうしつ)から出(で)てきたところだった。
春原(すのはら)「ラッキー、ナイスタイミングだ、ヨボジィ」
朋也(ともや)「よぅ、ジィさん、元気(げんき)か」
幸村(こうむら)「ん…なにかの」
皺深(しわふか)い顔(かお)をこちらに向(む)けた。
幸村(こうむら)は俺(おれ)の一年(いちねん)の時(とき)の担任(たんにん)だった。俺(おれ)がここまで無事(ぶじ)に進級(しんきゅう)してこれたのも、この人(ひと)のおかげだった。
朋也(ともや)「ほら」
俺(おれ)は古河(ふるかわ)を幸村(こうむら)の前(まえ)に押(お)し出(だ)した。
古河(ふるかわ)「あの、わたし、3年(ねん)B組(ぐみ)の古河渚(ふるかわなぎさ)といいます」
幸村(こうむら)「ああ、うむ」
古河(ふるかわ)「あの…もう一度(いちど)、演劇部(えんげきぶ)の…その、顧問(こもん)を引(ひ)き受(う)けてもらえませんか」
幸村(こうむら)「ほぅ…」
朋也(ともや)「ジィさん、演劇部(えんげきぶ)の復活(ふっかつ)だ。大役(たいやく)だろ、頼(たの)む」
幸村(こうむら)「ほぅ、ほぅ…」
実(じつ)に苛立(いらだ)たしい反応(はんのう)だった。
春原(すのはら)「頷(うなず)いておけばいいんだよ、ジジィ」
じれったくなってか、春原(すのはら)がその頭(あたま)に手(て)を載(の)せて、強引(ごういん)に頷(うなず)かせようとする。
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さん、ダメですっ」
春原(すのはら)「あん?」
古河(ふるかわ)「ちゃんと、誠意(せいい)を持(も)って、お願(ねが)いしないとダメです」
春原(すのはら)「あるよ、誠意(せいい)は。やり方(かた)が乱暴(らんぼう)なだけなんだ」
古河(ふるかわ)「気(き)づいてるなら、ちゃんとしてください」
春原(すのはら)「おまえ、誰(だれ)のためにさっ…」
古河(ふるかわ)「お願(ねが)いします…」
春原(すのはら)「ちっ」
手(て)を放(はな)す。
古河(ふるかわ)「あの、先生(せんせい)。どうでしょうか。演劇部(えんげきぶ)の顧問(こもん)、引(ひ)き受(う)けてもらえるでしょうか」
幸村(こうむら)「うん…」
古河(ふるかわ)「ありがとうございますっ」
幸村(こうむら)「いや…」
古河(ふるかわ)「え…」
春原(すのはら)「どっちだよっ!」
朋也(ともや)「ジィさん、なんだ、言(い)ってみろ。問題(もんだい)があるのか」
幸村(こうむら)「ふむ…」
幸村(こうむら)「二年生(にねんせい)のね、仁科(にしな)さんって子(こ)とね…話(はなし)をしてくれないですかな」
春原(すのはら)「誰(だれ)だよ、そいつ?」
古河(ふるかわ)「わかりました、行(い)ってみましょう」
早(はや)く春原(すのはら)と幸村(こうむら)を引(ひ)き離(はな)したいのだろう、話(はなし)もろくに聞(き)かず古河(ふるかわ)が急(せ)かした。
朋也(ともや)「何組(なんくみ)だ。それだけ教(おし)えろ」
幸村(こうむら)「確(たし)か…Bだったような」
朋也(ともや)「オッケー。サンキュな」
幸村(こうむら)「あるいはCだったような…」
春原(すのはら)「どっちだよっ!」
幸村(こうむら)「たぶんCだ。ふむ、間違(まちが)いない」
古河(ふるかわ)「ありがとうございます。また、お伺(うかが)いします」
春原(すのはら)「次(つぎ)までに早口(はやくち)の練習(れんしゅう)しとけよっ」
それぞれに別(わか)れの言葉(ことば)を言(い)って、老教師(ろうきょうし)の元(もと)から離(はな)れた。
階段(かいだん)を上(あ)がったところで、昼休(ひるやす)みの終(お)わりを告(つ)げる予鈴(よれい)が鳴(な)った。
朋也(ともや)「あ…もうそんな時間(じかん)だったか」
春原(すのはら)「気(き)づかなかったね…」
夢中(むちゅう)になっていたのだろう。
朋也(ともや)「後(あと)は放課後(ほうかご)だな…」
午後(ごご)の授業(じゅぎょう)。
昼食後(ちゅうしょくご)ということもあって、眠(ねむ)さもたけなわ。
教師(きょうし)の声(こえ)を半分(はんぶん)子守歌(こもりうた)代(か)わりにボーっとしていた。
そろそろ目蓋(まぶた)の上(うえ)と下(さ)がくっつきそうだ。
こつん…。
朋也(ともや)「ん?」
頭(あたま)に何(なに)かが当(あ)たった。
床(ゆか)を見(み)ると消(け)しゴムのカケラが落(お)ちていた。
春原(すのはら)(岡崎(おかざき)、岡崎(おかざき))
朋也(ともや)(んだよ。俺(おれ)はそろそろ寝(ね)るぞ)
春原(すのはら)(その前(まえ)に外見(がいけん)てみろよ)
朋也(ともや)(外(そと)?)
春原(すのはら)(校門(こうもん)とこ。また来(き)てるんだ)
朋也(ともや)(来(き)てる?)
春原(すのはら)(この前(まえ)の可愛(かわい)い奴(やつ))
朋也(ともや)(??)
なんのことだ?
眠(ねむ)さで眉間(みけん)にシワをよせつつも、俺(おれ)は首(くび)を傾(かし)げながら窓(まど)の外(そと)を見(み)る。
校門(こうもん)のところの…。
当然(とうぜん)こんな時間(じかん)に、人(にん)なんているはずがない。
朋也(ともや)「ん…?」
今(いま)一瞬(いっしゅん)何(なに)か見(み)えたぞ…?
ちっちゃくてチョコチョコと動(うご)く小動物(しょうどうぶつ)のような…。
校門(こうもん)の壁(かべ)に身体(しんたい)をすり寄(よ)せ、小(ちい)さな尻尾(しっぽ)を機嫌(きげん)良(よ)くピコピコと振(ふ)っている…。
朋也(ともや)「ボタン…?」
杏(きょう)のペットだ。
確(たし)かイノシシの仔(こ)でウリボウだったよな。
また杏(きょう)に会(あ)いに来(き)たのか?
教師(きょうし)「岡崎(おかざき)っ!
授業中(じゅぎょうちゅう)に何処(どこ)を見(み)ている!」
教師(きょうし)「窓(まど)の外(そと)に黒板(こくばん)はないぞっ!」
いきなり疳(かん)にさわる声(こえ)が飛(と)んできた。
眠(ねむ)さのせいもあって、眉間(みけん)にシワを寄(よ)せたまま教師(きょうし)の方(かた)を向(む)いてしまう。
教師(きょうし)「なんだぁその目(め)は?」
教師(きょうし)「授業(じゅぎょう)を聞(き)く気(き)がないなら邪魔(じゃま)だ。教室(きょうしつ)から出(で)て行(い)けっ!」
朋也(ともや)「………」
ガタ…。
春原(すのはら)「お、おい、岡崎(おかざき)?!」
教師(きょうし)「な…なんだ?
教師(きょうし)に暴力(ぼうりょく)をふるうつもりか?
そんなことをしたら退学(たいがく)だぞ?!」
朋也(ともや)「………」
ツカツカツカツカ。
教師(きょうし)「ひっ…」
ガラ…。
教師(きょうし)「…?」
パタン…。
何(なに)も言(い)わずに、シン…とした廊下(ろうか)に出(で)る。
しばらくすると、教室(きょうしつ)からは取(と)り繕(つくろ)うような教師(きょうし)の声(こえ)が聞(き)こえてきた。
俺(おれ)は息(いき)をつきながら、授業中(じゅぎょうちゅう)の廊下(ろうか)を歩(ある)きだした。
誰(だれ)もいない校門脇(こうもんわき)の庭園(ていえん)。
校舎(こうしゃ)を挟(はさ)んでグランドからは、体育(たいいく)の授業(じゅぎょう)だろう声(こえ)が微(かす)かに聞(き)こえてくる。
それ以外(いがい)は静(しず)かなものだ。
そんな中(なか)、校門(こうもん)の壁(かべ)に身体(しんたい)やら鼻先(はなさき)やらを擦(す)り付(つ)けて、尻尾(しっぽ)を振(ふ)っているウリボウが一匹(いっぴき)。
朋也(ともや)「ボタン」
ボタン「ぷひ」
呼(よ)ぶとピクンと尻尾(しっぽ)を立(た)てて反応(はんのう)する。
そして短(みじか)い足(あし)をビデオの早送(はやおく)りのように素早(すばや)く動(うご)かしてこっちに走(はし)ってきた。
どうやら俺(おれ)を憶(おも)えているようだ。
トテテテテ~
朋也(ともや)「ん?」
トテテテテ~
朋也(ともや)「おい?」
トテテテテ~
とすん!
朋也(ともや)「いてっ」
ボタンはダッシュそのままに俺(おれ)に突(つ)っ込(こ)んできた。
身体(しんたい)が小(ちい)さいので威力(いりょく)こそないが…止(と)まれよ。
ボタン「ぷひ~…」
朋也(ともや)「おい、大丈夫(だいじょうぶ)か?」
ボタン「ぷひぷひ~…」
朋也(ともや)「猪突猛進(ちょとつもうしん)とは言(い)うけど…本当(ほんとう)なんだな」
ボタン「ぷひーぷひー」
朋也(ともや)「いや、別(べつ)に褒(ほ)めたわけじゃないぞ」
ボタン「ぷひ~」
朋也(ともや)「よっと」
俺(おれ)は芝生(しばふ)に腰(こし)をおろし、あぐらをかく。
ボタン「ぷひ…」
朋也(ともや)「ん?」
ボタンがなにか物欲(ものほ)しそうな顔(かお)でこっちを見(み)ている。
俺(おれ)の前(まえ)をウロウロしながら鼻(はな)をフンフンと鳴(な)らし、尻尾(しっぽ)を振(ふ)る。
チラリと俺(おれ)を見(み)る。
またウロウロする。
何度(なんど)かそれをくり返(かえ)すと、意(い)を決(けっ)したようにこちらに近(ちか)づいて来(き)た。
朋也(ともや)「お…?」
ボタン「ぷひぷひ」
股間(こかん)に鼻(はな)を寄(よ)せてフンフンと鼻(はな)を鳴(な)らした。
わしっ!!
背中(せなか)を鷲掴(わしづか)みにして、俺(おれ)の目(め)の高(たか)さまで持(も)ち上(あ)げた。
バタバタと必死(ひっし)に短(みじか)い足(あし)を動(うご)かすボタン。
朋也(ともや)「てめぇなにをしやがるっ」
ボタン「ぷひー!
ぷひー!」
朋也(ともや)「畜生(ちくしょう)のクセに人間相手(にんげんあいて)に色気(いろけ)づいてんのか?
あァ?」
朋也(ともや)「つーかおまえオスか?
メスか?
オスなら鍋(なべ)にすんぞ」
ボタン「ぷひー!」
不意(ふい)に何(なに)かが迫(せま)ってくる気配(けはい)を感(かん)じた。
ほぼ本能的(ほんのうてき)に、上半身(じょうはんしん)を右(みぎ)に傾(かたむ)ける。
刹那(せつな)、左耳(ひだりみみ)にブオンッ!と凄(すさ)まじい風切(かぜき)り音(おと)がした。
続(つづ)いて地面(じめん)にドグジャッ!
と音(おと)を立(た)ててめり込(こ)む…えーっと…漢和辞典(かんわじてん)…?
朋也(ともや)「………」
まさかと思(おも)いつつも後(うし)ろを振(ふ)り返(かえ)る。
心当(こころあ)たりのある三階(さんがい)、俺(おれ)のクラスの隣(となり)──3-Eの教室(きょうしつ)。
遠目(とおめ)にもわかるほどの殺気(さっき)を放(はな)つ杏(きょう)の姿(すがた)があった。
朋也(ともや)「って…マジか?」
地面(じめん)にめり込(こ)んでいる漢和辞典(かんわじてん)を見(み)ながらボタンから手(て)を放(はな)す。
この距離(きょり)を投(な)げてきたのか…?
こんなもん当(あ)たってたら死(し)ぬぞ?
つーか、避(さ)けなかったら当(あ)たってたぞ?
ボタン「ぷひぷひ」
そんな俺(おれ)の心境(しんきょう)をよそに、解放(かいほう)されたボタンはまたフンフンと鼻(はな)を鳴(な)らして俺(おれ)に近(ちか)づいてくる。
そして今度(こんど)はちょこんと俺(おれ)の膝(ひざ)の上(うえ)に乗(の)り、鎮座(ちんざ)する。
朋也(ともや)「…?」
ボタン「ぷひ~」
しかもご機嫌(きげん)だ。
どうやら自分(じぶん)の居心地(いごこち)のいい場所(ばしょ)を探(さが)していたらしい。
にしてもニオイを嗅(か)ぐか?
チラリと背後(はいご)を見(み)る。
遠(とお)く離(はな)れた場所(ばしょ)で杏(きょう)が、うんうんと頷(うなず)いている。
ボタン「ぷひ~ぷひ~」
朋也(ともや)「………」
とりあえず背中(せなか)を撫(な)でてやる。
尻尾(しっぽ)がぴこぴこと、嬉(うれ)しそうに動(うご)いた。
可愛(かわい)かったので、しばらくそれを続(つづ)けた。
キーンコーンカーンコーン…。
朋也(ともや)「五時間目(ごじかんめ)が終(お)わったか…」
校舎(こうしゃ)から授業中(じゅぎょうちゅう)にはない賑(にぎ)やかさが溢(あふ)れてくる。
俺(おれ)の膝(ひざ)の上(うえ)で寝(ね)かかっていたボタンも、その気(き)に当(あ)てられてか、耳(みみ)と尻尾(しっぽ)をピクピクと動(うご)かし目(め)を醒(さ)ます。
ボタン「ぷひ~…?」
朋也(ともや)「よぅ、起(お)きたか」
ボタン「ぷひぷひ~」
朋也(ともや)「たぶん、もうちょっとしたらおまえの主人(しゅじん)が…」
たったったったっ…。
朋也(ともや)「来(き)たみたいだな」
背後(はいご)から聞(き)こえる、こちらに向(む)かってくる足音(あしおと)。
ボタン「ぷ、ぷひっ…!」
朋也(ともや)「ん?
どうした?」
ボタン「ぷひ~、ぷひ~…」
突然(とつぜん)、何(なに)かに怯(おび)えるよう身体(しんたい)を震(ふる)わすボタン。
俺(おれ)の膝(ひざ)の上(うえ)で犬(いぬ)のように耳(みみ)を伏(ふ)せている。
声(こえ)「あ、あの…」
朋也(ともや)「ん…?」
振(ふ)り返(かえ)ると、そこにいたのは妹(いもうと)の方(かた)だった。
朋也(ともや)「よぅ、どうした?」
椋(りょう)「あ…その…さっきの時間(じかん)…急(きゅう)に教室(きょうしつ)を出(で)ていったから…」
朋也(ともや)「ああ、そのことか」
朋也(ともや)「別(べつ)に教室(きょうしつ)にいても授業(じゅぎょう)を聞(き)いてるわけじゃないし、退屈(たいくつ)だったからちょうど良(よ)かった」
椋(りょう)「で、でも…」
朋也(ともや)「それよかこいつ、おまえんとこのだろ?」
椋(りょう)「え?
あ…ボタン…?
どうしてここに?」
朋也(ともや)「たぶん、杏(きょう)に会(あ)いに来(き)たんだと思(おも)うんだけど…」
ボタン「ぷ、ぷひぃ~…」
朋也(ともや)「なんかさっきから震(ふる)えてんだよ。…どうしたんだろうな?」
椋(りょう)「あ…そ、その…きっとそれは…私(わたし)が来(き)たからだと…」
朋也(ともや)「…?」
ボタン「ぷひぃ~…」
椋(りょう)「………」
朋也(ともや)「ひょっとして嫌(きら)われてるのか?」
椋(りょう)「えっと…ぁ…その…」
椋(りょう)「………」
椋(りょう)「…ぉ…おそらく…」
消(き)え入(い)りそうな声(こえ)で言(い)う。
それとほぼ同時(どうじ)くらいか、ボタンがピクンと身体(しんたい)を震(ふる)わせた。
朋也(ともや)「ん?
どうした?」
ボタン「ぷひぷひー」
藤林(ふじばやし)が来(き)た時(とき)とは打(う)って変(か)わって、嬉(うれ)しそうな声(こえ)。
ボタンは俺(おれ)の膝(ひざ)から飛(と)び降(お)りると、藤林(ふじばやし)を大(おお)きく迂回(うかい)して走(はし)った。
そしてその先(さき)。
杏(きょう)「あんた、また来(く)ちゃったのねぇ」
椋(りょう)「お姉(ねえ)ちゃん」
杏(きょう)「よいしょっと」
走(はし)り寄(よ)ってきたボタンを胸(むね)に抱(だ)くと、杏(きょう)は笑(え)みを作(つく)りながらこっちに来(き)た。
杏(きょう)「あれ?
椋(りょう)。なんであんたまでここに?」
椋(りょう)「あ…私(わたし)は…その…」
チラリと俺(おれ)の方(かた)を見(み)る。
朋也(ともや)「実(じつ)は俺(おれ)に愛(あい)の告白(こくはく)をしにきたんだ」
椋(りょう)「え…ええぇーっ?!」
朋也(ともや)「放課後(ほうかご)まで待(ま)てないってんだから、見(み)かけに寄(よ)らず大胆(だいたん)だよな」
椋(りょう)「あ…わわ…そ、そんなことは…その…」
顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしながらしどろもどろしている。
杏(きょう)「椋(りょう)…あんたって結構(けっこう)やるわねぇ」
椋(りょう)「え…あ…う…そ、そんな…ちがう…」
泣(な)きそうだ…。
朋也(ともや)「ちなみに冗談(じょうだん)だぞ」
杏(きょう)「わかってるわよ」
椋(りょう)「あ…う…ぅ…」
杏(きょう)「大方(おおかた)、授業中(じゅぎょうちゅう)に教室(きょうしつ)を放(ほう)り出(だ)されたあんたを心配(しんぱい)して見(み)に来(き)たんでしょ」
ふぅ、と呆(あき)れたようにため息(いき)をつきながら言(い)う。
隣(となり)では藤林(ふじばやし)が、顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしたまま、コクコクと大袈裟(おおげさ)に首(くび)を縦(たて)に振(ふ)っていた。
杏(きょう)「ま、ボタンの面倒見(めんどうみ)てくれてたことには礼(れい)を言(い)っとくわ」
朋也(ともや)「だったら形(かたち)になるもんで示(しめ)せ」
杏(きょう)「六時間目(ろくじかんめ)も面倒見(めんどうみ)ててくれたらジュースおごったげる」
朋也(ともや)「なめんなよ」
杏(きょう)「どうせ授業(じゅぎょう)聞(き)いてないんでしょ?」
朋也(ともや)「寝(ね)てても出席(しゅっせき)扱(あつか)いにはなるんだ。貴重(きちょう)なポイントを無駄(むだ)にさせるな」
杏(きょう)「明日(あした)のお昼(ひる)ご飯(はん)もつけるからさ」
朋也(ともや)「まかせとけ」
ドン、と胸(むね)を叩(たた)いて快諾(かいだく)する。
それを見(み)てボタンも嬉(うれ)しそうに、ぷひぷひと鼻(はな)をならす。
椋(りょう)「あ…あの…」
朋也(ともや)「ん?
なんだ?」
椋(りょう)「あ…その…そういうのは…いけないと思(おも)います…」
朋也(ともや)「別(べつ)に授業(じゅぎょう)なんて聞(き)いてないんだからかまわないだろ」
椋(りょう)「そ、それでも…そういうのはいけないと…思(おも)います…」
朋也(ともや)「だってよ、どうよお姉(ねえ)ちゃん?」
杏(きょう)「当然(とうぜん)でしょ。授業(じゅぎょう)をさぼんのは、ダメに決(き)まってんじゃない」
朋也(ともや)「喧嘩売(けんかう)ってんのか…」
椋(りょう)「あの…岡崎(おかざき)くん…」
朋也(ともや)「うん?」
椋(りょう)「じゅ…授業(じゅぎょう)は…ちゃんと出(で)た方(ほう)がいいと思(おも)います」
朋也(ともや)「…ああ、そうだな」
朋也(ともや)「でも、そのウリボウはどうするんだ」
朋也(ともや)「放課後(ほうかご)までほったらかしにしとくのか?」
椋(りょう)「あ…その…それは…」
ボタン「ぷひ~…」
キーンコーンカーンコーン…。
朋也(ともや)「授業(じゅぎょう)が始(はじ)まるな」
椋(りょう)「あ…わわ…どうしよう…」
鳴(な)り響(ひび)くチャイムの音(おと)に、わたわたと取(と)り乱(みだ)す藤林(ふじばやし)。
ボタンはその様子(ようす)を、尻尾(しっぽ)を振(ふ)りながら見(み)ている。
杏(きょう)「しょうがないわね」
そんな中(なか)、杏(きょう)が息(いき)をつきながら一歩(いっぽ)前(まえ)に出(で)た。
杏(きょう)「あたしが教室(きょうしつ)に連(つ)れてくわ」
朋也(ともや)「連(つ)れてくわって…さすがにそれはマズイだろ?」
杏(きょう)「大丈夫(だいじょうぶ)よ。ね、ボタン」
ボタン「ぷひ?」
杏(きょう)「『ぬいぐるみ』よ」
ボタン「ぷひー
ぷひー」
朋也(ともや)「…なんだそれは…?」
杏(きょう)「ボタンの七(なな)つ芸(げい)の一(ひと)つよ」
ボタン「ぷひっ」
杏(きょう)「ボタン、はい」
ボタン「ぷ…」
杏(きょう)の合図(あいず)と共(とも)に、ボタンはピン!と身体(しんたい)を硬直(こうちょく)させた。
そしてそのまま微動(びどう)だにしない…。
瞬(またた)きはおろか、呼吸(こきゅう)の様子(ようす)さえ窺(うかが)えない。
朋也(ともや)「…まさか…そのまま人形(にんぎょう)のフリをして教室(きょうしつ)に…?」
杏(きょう)「すごいでしょ」
朋也(ともや)「アホだろ」
杏(きょう)「あ?」
朋也(ともや)「そのままで50分(ぷん)も保(も)つわけねぇだろ」
杏(きょう)「保(も)つわよ。前(まえ)にこのまま水(みず)ん中(なか)に沈(しず)めちゃって10分(ぷん)くらい忘(わす)れてたことあるんだから」
それは動物虐待(どうぶつぎゃくたい)だ…。
椋(りょう)「あ、あの…早(はや)く教室(きょうしつ)に戻(もど)らないと…その…先生(せんせい)が…」
杏(きょう)「あー、いっけない。もうチャイム鳴(な)ったんだった」
朋也(ともや)「本当(ほんとう)にそのぬいぐるみ化(か)で大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」
杏(きょう)「平気(へいき)平気(へいき)。そんなに疑(うたが)うなら、はい」
そう言(い)ってポンとボタンを俺(おれ)の胸(むね)に押(お)しつける。
朋也(ともや)「…?」
杏(きょう)「あんたに渡(わた)しとく」
朋也(ともや)「渡(わた)しとくって…?」
杏(きょう)「ちゃんとそのままでいれるか確認(かくにん)したいでしょ?」
杏(きょう)「だからあんたに渡(わた)しとく。その仔(こ)、膝(ひざ)の上(うえ)において授業(じゅぎょう)受(う)けてみて」
朋也(ともや)「マジか?」
杏(きょう)「あたしとボタンを信用(しんよう)しなさいって」
朋也(ともや)「………」
自分(じぶん)から信用(しんよう)しろと言(い)う人間(にんげん)ほど信用(しんよう)できないものはない…。
杏(きょう)「んじゃ、よろしく~」
朋也(ともや)「杏(きょう)」
杏(きょう)「んえ?」
校舎(こうしゃ)に向(む)かおうとしていた杏(きょう)を呼(よ)び止(と)める。
そして振(ふ)り返(かえ)ったところにボタンを投(な)げつけた。
杏(きょう)「うわわわっ!」
女(おんな)とは思(おも)えない声(こえ)をあげながら、キリモミ状(じょう)に飛(と)ぶボタンをなんとかキャッチする。
朋也(ともや)「ナイスキャッチ」
俺(おれ)は親指(おやゆび)を立(た)てて笑顔(えがお)で言(い)う。
杏(きょう)「あ──…あんたねぇ!
泣(な)くまで殴(なぐ)られたいの?!」
杏(きょう)「謝(あやま)ってから+5発(はつ)は蹴(け)るわよ?!
ん?!」
朋也(ともや)「おまえのペットだろう。ちゃんとおまえが面倒(めんどう)みてろ」
杏(きょう)「ちゃんと50分(ぽん)保(も)つって言(い)ってるでしょ」
朋也(ともや)「だったらおまえが持(も)ってても問題(もんだい)ないだろ」
朋也(ともや)「そもそも、男(おとこ)の俺(おれ)がぬいぐるみ持(も)って教室(きょうしつ)に戻(もど)りゃ変(へん)だろうが」
杏(きょう)「かわいげがあっていいじゃない」
朋也(ともや)「…本当(ほんとう)にそう思(おも)うか?」
杏(きょう)「立前(たてまえ)に決(き)まってるでしょ。本音(ほんね)は、うわっ…キモ…って感(かん)じね」
朋也(ともや)「絶対(ぜったい)に俺(おれ)は持(も)っていかないからなっ!」
杏(きょう)「別(べつ)にもう頼(たの)む気(き)なんてないわよ」
杏(きょう)はムスっとした顔(かお)で踵(きびす)を返(かえ)すと、校舎(こうしゃ)の方(かた)に歩(ある)いていった。
そして授業中(じゅぎょうちゅう)──…。
声(こえ)『うわぁーー!
ぬいぐるみが動(うご)いたぁー!』
声(こえ)『なんだこれ!?
速(はや)いっ!』
杏(きょう)『わ、わ、わわっ!
ボタン待(ま)てっ!
ストップよ!』
春原(すのはら)「なんか隣(となり)の教室(きょうしつ)賑(にぎ)やかだね?」
朋也(ともや)「…そうだな…」
壁(かべ)の向(む)こうから聞(き)こえてくる騒々しい声(こえ)。
事態(じたい)の内容(ないよう)に気(き)づいているんだろう、藤林(ふじばやし)が落(お)ち着(つ)きなく黒板(こくばん)と壁(かべ)とを交互(こうご)に見(み)ている。
預(あず)からなくてよかった…。
心(こころ)の底(そこ)からそう思(おも)った。
そしてHRが終(お)わり、放課後(ほうかご)に。
2-C。そのプレートの下(した)に俺(おれ)たちは集(あつ)まっていた。
帰(かえ)り支度(したく)をする連中(れんちゅう)が、俺(おれ)たちのことを訝(いぶか)しげな目(め)でちらちらと見(み)ていた。
上級生(じょうきゅうせい)が三人(さんにん)、教室(きょうしつ)の入(い)り口(ぐち)でたむろしていれば、帰(かえ)りにくいことだろう。
朋也(ともや)「古河(ふるかわ)、訊(き)いてきてくれ。俺(おれ)と春原(すのはら)はここで待(ま)ってるから」
古河(ふるかわ)「はい」
素直(すなお)に頷(うなず)いて、古河(ふるかわ)はとことこと教室(きょうしつ)に入(はい)っていった。
ひとりの女生徒(じょせいと)を捕(つか)まえて、質問(しつもん)を投(な)げかける。
女生徒(じょせいと)が窓際(まどぎわ)を指(さ)さした。
そこにはもうひとりの女生徒(じょせいと)がいた。
古河(ふるかわ)は礼(れい)を言(い)ってから、窓際(まどぎわ)に向(む)かって歩(ある)いていった。
そして、そこに居(い)た女生徒(じょせいと)と話(はなし)を始(はじ)めた。
春原(すのはら)「おい、てめぇっ」
春原(すのはら)「今(いま)わざと、目線(めせん)逸(そ)らせたよなぁ?」
春原(すのはら)は通(とお)り抜(ぬ)けていく男子生徒(だんしせいと)に因縁(いんねん)をつけて、暇(ひま)を潰(つぶ)していた。
俺(おれ)はじっと、古河(ふるかわ)の様子(ようす)を見(み)ていた。
笑(え)みを作(つく)りながら、手(て)を大(おお)きく動(うご)かして、必死(ひっし)に訴(うった)えていた。
しばらくすると、今度(こんど)は聞(き)き手(て)になった。
物静(ものしず)かな印象(いんしょう)の女生徒(じょせいと)の話(はなし)を何度(なんど)も頷(うなず)きながら聞(き)いていた。
やがて教室(きょうしつ)にはふたりだけとなった。
春原(すのはら)「もう入(はい)ってもいいんじゃないの?」
春原(すのはら)がそう俺(おれ)に言(い)った。
朋也(ともや)「ああ。だな」
俺(おれ)たちも、中(なか)に入(はい)った。
春原(すのはら)「どうも、演劇部(えんげきぶ)っす」
威圧(いあつ)するように、春原(すのはら)が挨拶(あいさつ)した。
朋也(ともや)「悪(わる)いな、押(お)し掛(か)けて」
女生徒(じょせいと)「いえ」
女生徒(じょせいと)は顔(かお)を伏(ふ)せた。
朋也(ともや)「どうなんだ、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「えっと…その…困(こま)ってます」
朋也(ともや)「どうした、話(はな)してみろ」
古河(ふるかわ)「仁科(にしな)さん、合唱部(がっしょうぶ)を作(つく)りたいそうなんです」
古河(ふるかわ)「それで、やっぱりわたしたちと同(おな)じで、顧問(こもん)がいなくて…」
古河(ふるかわ)「そこで、先日(せんじつ)、幸村先生(こうむらせんせい)に、お願(ねが)いしたんだそうです」
古河(ふるかわ)「ただその時(とき)は、まだ入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)がいなくて、仁科(にしな)さんひとりだったんですけど…」
古河(ふるかわ)「それでも、その日(ひ)から時間(じかん)をかけて、三人(さんにん)集(あつ)めたんだそうです」
古河(ふるかわ)「仁科(にしな)さん、すごくがんばりました」
古河(ふるかわ)「………」
朋也(ともや)「そっか…そりゃ、困(こま)ったな」
古河(ふるかわ)「はい。わたしたちも幸村先生(こうむらせんせい)に顧問(こもん)をお願(ねが)いしたいです」
古河(ふるかわ)「でも、仁科(にしな)さんもお願(ねが)いしたいんです」
古河(ふるかわ)「どうしましょう」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)は俺(おれ)の顔(かお)をじっと見(み)ていた。
朋也(ともや)「別(べつ)の先生(せんせい)を当(あ)たってみるか…」
妥協案(だきょうあん)を出(だ)してみた。
仁科(にしな)「当(あ)たってみましたけど…」
合唱部(がっしょうぶ)の子(こ)が顔(かお)を伏(ふ)せたまま、口(くち)を開(ひら)いた。
仁科(にしな)「顧問(こもん)をしていないのは、幸村先生(こうむらせんせい)と、後(あと)は教頭先生(きょうとうせんせい)とか校長先生(こうちょうせんせい)ぐらいでした」
仁科(にしな)「………」
春原(すのはら)「取(と)り合(あ)いだなぁ」
春原(すのはら)「でも、僕(ぼく)たち先輩(せんぱい)だしなぁ」
朋也(ともや)「やめとけって」
古河(ふるかわ)「引(ひ)き留(とど)めてしまって、ごめんなさいです」
古河(ふるかわ)「わたしたち、話(はな)し合(あ)ってから…また来(き)ます」
古河(ふるかわ)「それでは、また」
ぺこりと二年生(にねんせい)に向(む)かって頭(あたま)を下(さ)げてから、古河(ふるかわ)は俺(おれ)たちを教室(きょうしつ)の外(そと)まで押(お)し出(だ)した。
春原(すのはら)「さっきも言(い)ったけど、こっちは上級生(じょうきゅうせい)だからね」
春原(すのはら)「放(ほう)っておけば、向(む)こうが引(ひ)いてくれるよ」
古河(ふるかわ)「それはダメです」
古河(ふるかわ)「わたしたちは、一緒(いっしょ)のはずです」
古河(ふるかわ)「同(おな)じ、スタート地点(ちてん)に居(い)たはずです」
古河(ふるかわ)「ですから、少(すこ)し年上(としうえ)だからって、そんなことで決(き)めてしまってはダメです」
古河(ふるかわ)「しかも、こっちはわたしひとりです。入部希望(にゅうぶきぼう)は…」
古河(ふるかわ)「あの子(こ)にも嘘(うそ)をついてしまいました」
朋也(ともや)「………」
古河(ふるかわ)「あの子(こ)はがんばって、必死(ひっし)で三人(さんにん)集(あつ)めたんです」
古河(ふるかわ)「スタートは同(おな)じでも、もう差(さ)はついてしまってるのかもしれません」
朋也(ともや)「いや、おまえだって頑張(がんば)ってる。必死(ひっし)だ。それは俺(おれ)がよく知(し)ってる」
古河(ふるかわ)「………」
朋也(ともや)「諦(あきら)めるな。まだ頑張(がんば)れ。きっと手(て)があるはずだからな」
春原(すのはら)「んなもん、あるのかねぇ」
朋也(ともや)「おまえな…」
春原(すのはら)「ありゃ、今(いま)のは失言(しつげん)だったか」
春原(すのはら)「悪(わる)い悪(わる)い。んな恐(こわ)い顔(かお)すんなって」
春原(すのはら)「じゃあ、僕(ぼく)はこのへんで退散(たいさん)するよ」
春原(すのはら)「お父(とう)さんお母(かあ)さんにもよろしくね」
古河(ふるかわ)「え…あ、はい」
古河(ふるかわ)「今日(きょう)はありがとうございました」
古河(ふるかわ)に見送(みおく)られ、春原(すのはら)は姿(すがた)を消(け)す。
朋也(ともや)「ちっ…あいつは…ったく」
古河(ふるかわ)「でも、本当(ほんとう)に、今日(きょう)は楽(たの)しかったです」
朋也(ともや)「え?」
古河(ふるかわ)「みんなでひとつのことに向(む)けて、がんばるのって、とても楽(たの)しいです」
結果(けっか)なんて、何一(なにひと)つ伴(ともな)わなかったのに…
それでも、最後(さいご)に笑(わら)っていられる神経(しんけい)が俺(おれ)には理解(りかい)できなかった。
古河(ふるかわ)「…えへへ」
でも、古河(ふるかわ)がそうしてくれるだけで…
奔走(ほんそう)した、今日(きょう)一日(いちにち)が報(むく)われた気(き)がした。
古河(ふるかわ)と並(なら)んで、坂(さか)を下(お)りる。
春原(すのはら)「お、いいところに来(き)たな」
春原(すのはら)にまた会(あ)う。
朋也(ともや)「なんだよ」
春原(すのはら)「手伝(てつだ)えよ」
朋也(ともや)「また、ギターでも聴(き)いてもらいにいくのか?」
春原(すのはら)「いいや、今日(きょう)は違(ちが)うんだな」
朋也(ともや)「なんだよ。金(かね)ならないぞ」
朋也(ともや)「なにすんだよ」
春原(すのはら)「今(いま)から、僕(ぼく)の部屋(へや)をすげぇサイバーにするんだ」
朋也(ともや)「どうやって」
春原(すのはら)「2年(ねん)の奴(やつ)から、テレビとビデオデッキ借(か)りてくるんだ」
朋也(ともや)「超(ちょう)サイバーだな」
春原(すのはら)「しかも、そいつ、かなりのマニアらしくてさ…ビデオもたくさん持(も)ってんだよねっ」
春原(すのはら)「やべぇ、学校(がっこう)来(こ)なくなるかも…」
朋也(ともや)「明日(あした)からエロ原陽平(はらようへい)、と呼(よ)んでやるな」
春原(すのはら)「んなこと言(い)って、兄(にい)さんも、好(す)きなんだろう?」
朋也(ともや)「そりゃ嫌(きら)いじゃないが…男(おとこ)ふたり肩(かた)を並(なら)べて見(み)るってのはどうかと思(おも)うぞ」
春原(すのはら)「はは、そんときになりゃ、気(き)を利(き)かせてどっちかが外(そと)に出(で)ればいいさっ」
朋也(ともや)「嫌(いや)な気(き)の回(まわ)し方(かた)だな…」
春原(すのはら)「よし、いこうぜ」
手伝わない
春原(すのはら)がひとりで歩(ある)いていく。
………。
……。
…。
春原(すのはら)「って、来(こ)ないのかよっ!」
戻(もど)ってきた。
朋也(ともや)「めんどい」
春原(すのはら)「おまえも、見(み)たいんだろ?」
朋也(ともや)「取(と)り立(た)てては」
春原(すのはら)「んなこと言(い)わずに、手伝(てつだ)ってくれよぉ」
朋也(ともや)「テレビとビデオデッキなんて、持(も)って歩(ある)きたくねぇよ」
朋也(ともや)「俺(おれ)以外(いがい)に頼(たの)めよ」
春原(すのはら)「ちっ…そうかよ…」
春原(すのはら)「わかったよ…」
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)になんて、見(み)せてやるもんかぁーっ!」
子供(こども)のように、走(はし)り去(さ)っていった。
朋也(ともや)「ふぅ…」
朋也(ともや)「帰(かえ)るか」
黙(だま)って待(ま)っていた古河(ふるかわ)を振(ふ)り返(かえ)る。
古河(ふるかわ)「はい」
夜(よる)はいつものように春原(すのはら)の部屋(へや)。
朋也(ともや)「ビデオ見(み)ようぜ」
朋也(ともや)「って、ないじゃん。なんで?」
春原(すのはら)「あんたが手伝(てつだ)わなかったからですよっ!」
春原(すのはら)「あんな重(おも)いもの、ひとりで持(も)ってこれるかよっ」
春原(すのはら)「はーぁ…」
退屈(たいくつ)そうに、仰向(あおむ)けに転(ころ)がる。
朋也(ともや)「おまえ、そんな暇(ひま)なんだったらギターの練習(れんしゅう)でもすれば」
ギターはケースに入(はい)ったまま、すでに春原(すのはら)の脱(ぬ)ぎ捨(す)てた衣服(いふく)の下(した)に埋(う)もれていた。
春原(すのはら)「ああ…ギターね…」
春原(すのはら)「借(か)りた奴(やつ)に聞(き)いたんだけどさ、先(さき)が長(なが)すぎるよ、あれ…」
春原(すのはら)「なんつーの?
楽(たの)しくなるまでが長(なが)いっつーかさー」
朋也(ともや)「おまえ、うまくなって、芳野祐介(よしのゆうすけ)に聴(き)いてもらうんじゃなかったのか」
春原(すのはら)「ああ、そんなことも言(い)っていたねぇ…」
朋也(ともや)「おまえ、むちゃくちゃやる気(き)だったじゃないかよ…」
春原(すのはら)「そういや、芳野(よしの)さんの名刺(めいし)もらったこと、妹(いもうと)に言(い)ったら、すげぇあいつ驚(おどろ)いててさ…」
春原(すのはら)「じゃ、名刺(めいし)やるよって言(い)ったら、超(ちょう)喜(よろこ)んでさ…」
つまり…もう十分(じゅうぶん)なわけね…。
予想(よそう)通(とお)りというか…。
朋也(ともや)「友達(ともだち)として、情(なさ)けない…」
春原(すのはら)「あん?
なにが?」
春原(すのはら)「つーかさー、やっぱ音楽(おんがく)っていったら、ヒップホップじゃん?」
春原(すのはら)「ボンバヘッ聴(き)こうぜ」
朋也(ともや)「やめてくれ…」
それに比(くら)べれば、よっぽど、芳野祐介(よしのゆうすけ)の歌(うた)のほうが俺(おれ)には合(あ)っていた。
まだ、一曲(いっきょく)しか知(し)らなかったけど。
来月(らいげつ)は無駄遣(むだづか)いを控(ひか)えて、CDを買(か)おう…そう決(き)めた。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:08:20
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
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seagull
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seagull
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4月23日
(
水
)
古河(ふるかわ)「おはようございますっ」
朋也(ともや)「ああ、おはよ」
いつものように、古河(ふるかわ)が寄(よ)ってきて、隣(となり)に並(なら)ぶ。
古河(ふるかわ)「今日(きょう)は眠(ねむ)たくないですか?」
朋也(ともや)「ああ…そんなには」
古河(ふるかわ)「じゃあ、授業(じゅぎょう)に集中(しゅうちゅう)できますっ」
朋也(ともや)「今更(いまさら)、集中(しゅうちゅう)しても、何(なに)も変(か)わらないんだけどな…」
古河(ふるかわ)「そんなことないです。授業(じゅぎょう)はいいものです」
古河(ふるかわ)「テストでいい点(てん)を取(と)るためだけに、受(う)けるものじゃないです」
古河(ふるかわ)「わたしはそう思(おも)います」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんは、そう思(おも)わないですか?」
朋也(ともや)「思(おも)わないよ」
古河(ふるかわ)「そうですか…」
全然(ぜんぜん)面白(おもしろ)くない会話(かいわ)。
それでも、必死(ひっし)に話題(わだい)を探(さが)す古河(ふるかわ)の一生懸命(いっしょうけんめい)さだけは伝(つた)わってくる。
だから面白(おもしろ)くなくてもよかった。
少(すく)なくとも居心地(いごこち)は良(よ)かったから。
朋也(ともや)「そういや、おまえって、頭(あたま)いいのか?」
坂(さか)を登(のぼ)る途中(とちゅう)で、そんなことを訊(き)いてみた。
古河(ふるかわ)「え?」
古河(ふるかわ)「…いいわけないです」
ちょっと迷(まよ)ってから、そう答(こた)えた。その答(こた)えが身分相応(みぶんそうおう)だとばかりに。
朋也(ともや)「でも、成績(せいせき)悪(わる)くてダブッたわけじゃないんだから、そこそこなんだろ」
朋也(ともや)「入学試験(にゅうがくしけん)だって、簡単(かんたん)なわけじゃないんだしさ」
古河(ふるかわ)「普通(ふつう)に点数(てんすう)とれるのは一学期(いちがっき)だけです」
古河(ふるかわ)「だんだん休(やす)みがちになって、授業(じゅぎょう)受(う)けられなくなって…」
古河(ふるかわ)「しまいには、ついていけなくなってしまいます」
朋也(ともや)「でも、今年(ことし)は去年(きょねん)受(う)けた授業(じゅぎょう)をもう一回(いっかい)受(う)けてるわけなんだから、楽(らく)なんじゃないのか?」
古河(ふるかわ)「それはそうかもしれないですけど…」
朋也(ともや)「それでも十分(じゅうぶん)。テストの時(とき)は、頼(たの)むな」
古河(ふるかわ)「え、わたしですか?」
朋也(ともや)「ああ」
古河(ふるかわ)「…わかりました」
古河(ふるかわ)「力(ちから)及(およ)ばないかもしれないですが、教(おし)えられるようにがんばってみます」
朋也(ともや)「ヤマだけでいいからな」
古河(ふるかわ)「え…そんなのわたし、わからないです」
古河(ふるかわ)「まんべんなく勉強(べんきょう)しないと、いい点(てん)なんて取(と)れないと思(おも)います」
朋也(ともや)「なんでだよ…そんなの一晩(ひとばん)じゃ無理(むり)じゃん」
古河(ふるかわ)「もちろん無理(むり)です。積(つ)み重(かさ)ねが大事(だいじ)ですから」
朋也(ともや)「ちっ…おまえが一緒(いっしょ)のクラスだったらなぁ」
古河(ふるかわ)「あ、それはわたしも思(おも)います」
朋也(ともや)「だったらカンニングできたのに」
古河(ふるかわ)「それは思(おも)わないですっ」
昇降口(しょうこうぐち)を抜(ぬ)け、上履(うわば)きに替(か)えて古河(ふるかわ)を待(ま)つ。
一向(いっこう)に来(こ)ないから、古河(ふるかわ)のクラスの下駄箱(げたばこ)を覗(のぞ)いてみる。
古河(ふるかわ)はそこでじっと立(た)って、手(て)に持(も)った紙切(かみき)れに見入(みい)っていた。
朋也(ともや)「なんだ、それ」
古河(ふるかわ)「わっ…」
さっと後(うし)ろに隠(かく)す。
朋也(ともや)「むちゃくちゃ気(き)になる反応(はんのう)だな」
古河(ふるかわ)「そ、そんなことないです。とてもつまらないものです」
朋也(ともや)「じゃ、見(み)せてくれよ」
古河(ふるかわ)「それはダメです」
朋也(ともや)「どうして」
古河(ふるかわ)「それは…とてもおもしろくないからです。岡崎(おかざき)さん、がっかりします」
朋也(ともや)「別(べつ)にいいって。俺(おれ)がそれを見(み)て、おまえが迷惑(めいわく)するもんじゃないんだろ?」
古河(ふるかわ)「それは、そうなんですけど…」
正直(しょうじき)でよろしい。
その腰(ごし)から見(み)えていた白(しろ)い紙(かみ)を、さっと奪(うば)い取(と)る。
古河(ふるかわ)「あっ…ダメですっ」
読(よ)んでみる。
『演劇部(えんげきぶ)をあきらめろ。さもないと痛(いた)い目(め)にあうぞ』
定規(じょうぎ)で引(ひ)っ張(ぱ)ったような直線(ちょくせん)のみの筆跡(ひっせき)で書(か)かれていた。
朋也(ともや)「あん?
なんだこれ」
古河(ふるかわ)「えっと…それは…」
朋也(ともや)「脅迫(きょうはく)されてんじゃん、おまえ」
古河(ふるかわ)「いえ、きっと冗談(じょうだん)です」
朋也(ともや)「だとしても質(しつ)の悪(わる)い冗談(じょうだん)だ。そうは思(おも)わないか」
俺(おれ)は昨日(きのう)の放課後(ほうかご)に会(あ)った少女(しょうじょ)の顔(かお)を思(おも)い浮(う)かべる。
朋也(ともや)「こんなことするような奴(やつ)には見(み)えなかったけどな…」
古河(ふるかわ)「もちろんですっ、絶対(ぜったい)にこんなことしないですっ。あの子(こ)を信(しん)じてあげてください」
朋也(ともや)「ああ、たぶん、あいつ以外(いがい)の部員(ぶいん)の仕業(しわざ)だろう」
古河(ふるかわ)「そんな…まだ会(あ)ってもない子(こ)を疑(うたが)うなんてダメです」
朋也(ともや)「まぁ、そうだろうけどさ…」
古河(ふるかわ)の目(め)が俺(おれ)を非難(ひなん)し始(はじ)めていたので、折(お)れることにする。
朋也(ともや)「わかった、まだ誰(だれ)も疑(うたが)っていない」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「しかしな、一応(いちおう)注意(ちゅうい)しておけよ」
古河(ふるかわ)「なにをですか?」
朋也(ともや)「…その、周(まわ)りにだよ」
古河(ふるかわ)「どうしてでしょうか」
…だから、ここに、痛(いた)い目(め)に遭(あ)うって書(か)いてあるじゃないか。
その言葉(ことば)を飲(の)み込(こ)む。言(い)ってしまえば、また、俺(おれ)が非難(ひなん)される。
朋也(ともや)(つーことは、なんだ…)
朋也(ともや)(俺(おれ)が、こいつのことを四六時中(しろくじちゅう)監視(かんし)してろと?)
朋也(ともや)「無理(むり)だっての…」
古河(ふるかわ)「どうしました?」
朋也(ともや)「いや…」
古河(ふるかわ)「そろそろ教室(きょうしつ)行(い)きませんか」
朋也(ともや)「ああ、そうだな…」
古河(ふるかわ)「わ…」
歩(ある)き出(だ)した古河(ふるかわ)の体(からだ)が不自然(ふしぜん)に揺(ゆ)れた。
朋也(ともや)「古河(ふるかわ)っ」
俺(おれ)は後(うし)ろからその体(からだ)を抱(だ)き留(と)める。
温(あたた)かく柔(やわ)らかい。
そして、鼻先(はなさき)に触(ふ)れた髪(がみ)から、いい匂(にお)いがした。
朋也(ともや)「………」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「あ、ありがとうございます…」
古河(ふるかわ)「ちょっとつまずいただけですから…その、大丈夫(だいじょうぶ)です」
朋也(ともや)「あ、ああ、そうか…」
手(て)を放(はな)す。
朋也(ともや)(あんな脅迫(きょうはく)の後(あと)だったから、思(おも)いっきり抱(だ)きしめてしまったじゃねぇか…)
朋也(ともや)(誰(だれ)も見(み)てなかっただろうな…)
振(ふ)り返(かえ)る。
春原(すのはら)「よぅ」
すぐそこに春原(すのはら)がいた。
朋也(ともや)「おまえ…いつから居(い)た」
よりにもよって、こんな早(はや)くに…。
春原(すのはら)「おまえが古河(ふるかわ)を押(お)し倒(たお)そうとして、失敗(しっぱい)したところから」
朋也(ともや)「そうか…ならいいが」
朋也(ともや)「って、んな場面(ばめん)なかっただろっ!」
春原(すのはら)「思(おも)いっきり抱(だ)きしめてたじゃん」
朋也(ともや)「抱(だ)きしめてねぇよっ。こいつが転(こ)けそうだったから、庇(かば)ってやっただけだっ」
春原(すのはら)「そうか?
後(うし)ろから見(み)てたら、とてもそうは見(み)えなかったけどな」
春原(すのはら)「ものすごい勢(いきお)いだったからなぁ。がばぁっとさ」
朋也(ともや)「それなりの理由(りゆう)があんだよ、馬鹿(ばか)」
春原(すのはら)「理由(りゆう)って?」
朋也(ともや)「これだ」
紙切(かみき)れを渡(わた)す。
その直後(ちょくご)に俺(おれ)は自分(じぶん)の馬鹿(ばか)さ加減(かげん)に気(き)づいた。
思(おも)いっきり春原(すのはら)のペースに填(は)められていたのだ、俺(おれ)は。
春原(すのはら)「へぇ、脅迫状(きょうはくじょう)ねぇ。おもしろくなってきたじゃないの」
こいつにだけは見(み)せてはならなかったのだ。
春原(すのはら)「もう、いいだろ。合唱部(がっしょうぶ)潰(つぶ)しにかかるぜ?」
手(て)を組(く)んで、指(ゆび)をぽきぽきと鳴(な)らした。
古河(ふるかわ)「ダ、ダメですっ!」
古河(ふるかわ)が叫(さけ)んでいた。
古河(ふるかわ)「仁科(にしな)さんたちの仕業(しわざ)って決(き)めつけたらダメですっ」
古河(ふるかわ)「あの子(こ)は…あの子(こ)たちは、そんなことしないです」
古河(ふるかわ)「みんなで力(ちから)を合(あ)わせて歌(うた)を歌(うた)おうとしてるんですっ。そんなことするはずがないですっ」
こんなに大声(おおごえ)を出(だ)す古河(ふるかわ)を初(はじ)めて見(み)た。
春原(すのはら)「果(は)たしてそうかなぁ」
だが、春原(すのはら)に気圧(きあつ)される様子(ようす)はない。
こいつの目的(もくてき)はすでにすり替(か)わっていたのだ。
パン食(く)い放題権(ほうだいけん)の獲得(かくとく)から、合唱部(がっしょうぶ)を叩(たた)く、という目的(もくてき)に。
血(ち)の気(け)が多(おお)いこいつにとっては、格好(かっこう)の暇(ひま)つぶしであって、そっちのほうが楽(たの)しいに違(ちが)いない。
春原(すのはら)「どう見(み)ても、あいつらの仕業(しわざ)じゃん。他(あだ)に誰(だれ)が廃部(はいぶ)になってる演劇部(えんげきぶ)なんかを目(め)の敵(かたき)にするっていうのさ」
春原(すのはら)「な、言(い)ってみてよ」
朋也(ともや)「やめろよ、馬鹿(ばか)っ」
春原(すのはら)「おまえだって、そう思(おも)ってるくせに」
古河(ふるかわ)「そうなんですか…?」
古河(ふるかわ)「みんなで、仁科(にしな)さんたちの仕業(しわざ)って…そう思(おも)ってるんですか?」
春原(すのはら)「そんなの当然(とうぜん)だろ」
春原(すのはら)「な、岡崎(おかざき)っ」
違う
朋也(ともや)「違(ちが)う」
春原(すのはら)「はい?
おまえ、マジで言(い)ってんの?」
朋也(ともや)「ああ、マジだ。女(おんな)の子(こ)が三人(さんにん)寄(よ)っただけの合唱部(がっしょうぶ)にこんなことする度胸(どきょう)はないはずだ」
春原(すのはら)「逆(ぎゃく)に女(おんな)のほうがこんなことするんだよ」
春原(すのはら)「世界中(せかいじゅう)の女(おんな)がこの子(こ)みたいな性格(せいかく)だって思(おも)ってんじゃないだろうな」
朋也(ともや)「世界中(せかいじゅう)が…」
朋也(ともや)「だんごで…埋(う)め尽(つ)くされるっ!?」
古河(ふるかわ)「誰(だれ)もそんなこと言(い)ってないです」
朋也(ともや)「ああ、そうか…」
春原(すのはら)「とにかく、だ。あんたらがそういうなら、僕(ぼく)はここから勝手(かって)にやらせてもらう。いいな」
古河(ふるかわ)「ダメですっ」
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さん、お願(ねが)いします。やめてください」
春原(すのはら)「………」
春原(すのはら)「…ちっ」
………。
休(やす)み時間(じかん)。
男子(だんし)「幽霊(ゆうれい)?」
前(まえ)の席(せき)のふたりが、参考書(さんこうしょ)を手(て)に持(も)ったまま、話(はな)し込(こ)んでいた。
男子(だんし)A「ああ、ここんとこ、よく目撃(もくげき)されてるらしいよ。例(れい)の女生徒(じょせいと)の霊(れい)」
男子(だんし)B「マジ…?」
退屈(たいくつ)な話題(わだい)だった。でも、聞(き)きたくなくても、聞(き)こえてくる。
男子(だんし)A「その女生徒(じょせいと)を知(し)ってる奴(やつ)がいてさ、そいつが言(い)うには絶対(ぜったい)幽霊(ゆうれい)だって」
男子(だんし)B「マジかよ…」
男子(だんし)A「ああ…その女生徒(じょせいと)はね…」
男子(だんし)A「二(に)年前(としまえ)に交通事故(こうつうじこ)に遭(あ)ってるんだ」
男子(だんし)A「長(なが)いこと入院(にゅういん)してたらしいんだけど、結局(けっきょく)助(たす)からなかったんだって…」
男子(だんし)A「事故(じこ)に遭(あ)ったのが、まだ入学(にゅうがく)して間(ま)もない頃(ころ)だったらしくてさ…」
男子(だんし)A「高校生活(こうこうせいかつ)を満喫(まんきつ)できないままで、未練(みれん)が残(のこ)っちゃって…」
男子(だんし)A「それで、霊(れい)になって遊(あそ)びに来(き)てるんだってさ…」
男子(だんし)A「ちょっと悲(かな)しいお話(はなし)だよね」
男子(だんし)B「でもさ…それって、あれだぜ?」
男子(だんし)A「うん?」
男子(だんし)B「その話(はなし)をしてる奴(やつ)ってさ、同(おな)じ三年(さんねん)だろ?」
男子(だんし)A「ああ」
男子(だんし)B「つーことは、あれだよ」
男子(だんし)A「なんだよ」
男子(だんし)B「俺(おれ)たちの興味(きょうみ)をさ、勉強(べんきょう)から逸(そ)らそうとしてんだよ」
男子(だんし)A「えぇ…?」
男子(だんし)B「つまりさ…ライバルを減(へ)らそうとしてるんだって」
男子(だんし)A「うーん、確(たし)かに…それもありえる話(はなし)だけど」
男子(だんし)B「あんまり、真(ま)に受(う)けないほうがいいって」
男子(だんし)A「そうかもな…」
男子(だんし)A「でも、なんか噂(うわさ)が本物(ほんもの)っぽいんだよなぁ」
男子(だんし)A「テレビ局(きょく)とかきてさ、大騒(おおさわ)ぎになるかもよ」
男子(だんし)B「なるわけないだろ」
春原(すのはら)がこの話(はなし)を聞(き)いていたら、どうしただろうか。
今(いま)すぐに、面白(おもしろ)そうだから確(たし)かめにいこう、と俺(おれ)の腕(うで)を引(ひ)っ張(ぱ)っただろうか。
空(あ)いた隣(となり)の席(せき)を見(み)る。
朋也(ともや)(いなくてよかったよ…)
幽霊(ゆうれい)なんているわけがないんだから。
………。
次(つぎ)の休(やす)み時間(じかん)になると、春原(すのはら)は俺(おれ)と古河(ふるかわ)を廊下(ろうか)に呼(よ)びつけた。
春原(すのはら)「犯人(はんにん)、わかったよ」
朋也(ともや)「おまえ、本当(ほんとう)に調(しら)べてやがったのかよ…」
春原(すのはら)「大丈夫(だいじょうぶ)だって。大人(おとな)しくやったから」
春原(すのはら)「で、犯人(はんにん)なんだけど」
春原(すのはら)「やっぱり合唱部(がっしょうぶ)のひとりだった。杉坂(すぎさか)って子(こ)で、それがまた大人(おとな)しそうな顔(かお)した奴(やつ)なんだよ」
朋也(ともや)「なんで、わかったんだよ」
春原(すのはら)「そいつのクラスメイトが見(み)てた」
春原(すのはら)「時間(じかん)は昨日(きのう)の放課後(ほうかご)、遅(おそ)くだ」
春原(すのはら)「三年(さんねん)の下駄箱(げたばこ)なのに、何(なに)やってるんだろう?って不思議(ふしぎ)に思(おも)ったってよ」
春原(すのはら)「下駄箱(げたばこ)のクラスも覚(おぼ)えてた。B組(ぐみ)」
春原(すのはら)「それで、そいつが合唱部(がっしょうぶ)のひとりとなったら、もう間違(まちが)いないよな」
朋也(ともや)「おまえ、それ、ねつ造(つく)してんじゃねぇだろうな」
春原(すのはら)「本当(ほんとう)だっての。見(み)てた奴(やつ)の名前(なまえ)も教(おし)えてやるよ。自分(じぶん)で訊(き)いてこい」
朋也(ともや)「いいよ…」
春原(すのはら)「ふん…まぁ、そういうことだ」
春原(すのはら)「やっぱり女(おんな)ってのはわからないねぇ」
春原(すのはら)「な、わかったろ。自分(じぶん)の考(かんが)えが甘(あま)かったってさ」
黙(だま)りこくっている古河(ふるかわ)に言(い)った。
朋也(ともや)「おまえは黙(だま)ってろ」
春原(すのはら)「おまえね、誰(だれ)のおかげで真相(しんそう)がわかったと思(おも)ってるんだよ」
朋也(ともや)「そんな真相(しんそう)知(し)りたくなかったんだよっ」
古河(ふるかわ)「違(ちが)います」
春原(すのはら)「あん?
何(なに)がだよ」
古河(ふるかわ)「きっとすごく深(ふか)いわけがあるんです」
古河(ふるかわ)「そうしないといけなかった深(ふか)いわけが…」
春原(すのはら)「まだ、この子(こ)は甘(あま)いこと言(い)ってるよ」
春原(すのはら)「みんな汚(きたな)い手段(しゅだん)使(つか)って、自分(じぶん)だけいい目見(まみ)ようって頑張(がんば)ってんだよ」
春原(すのはら)「自分(じぶん)だけが、ルール守(まも)ってたら馬鹿(ばか)みるよ?」
春原(すのはら)「ほら、言(い)ってくれよ、部長(ぶちょう)さん。どんな手(て)を使(つか)ってでもいいから、部(ぶ)を勝(か)ち取(と)ろうってさ」
春原(すのはら)「そうしたら、望(のぞ)み通(とお)りの成果(せいか)をあげてみせるよ?」
古河(ふるかわ)「絶対(ぜったい)に言(い)わないです、そんなことっ」
古河(ふるかわ)「そんなことしたら、真面目(まじめ)にがんばってる子(こ)が可哀想(かわいそう)ですっ」
春原(すのはら)「それ、自分(じぶん)だっての」
朋也(ともや)「おまえ、帰(かえ)れ」
春原(すのはら)「どうしてさ。ここまできたんだから、一緒(いっしょ)にやらせろよ」
朋也(ともや)「帰(かえ)れって。おまえ、むかつくんだよ」
春原(すのはら)「ちっ…その子(こ)のほうが正(ただ)しいって言(い)うのかよ」
背(せ)を向(む)ける春原(すのはら)。
春原(すのはら)「まぁ、いいや。勝手(かって)にやってくれ」
そのまま廊下(ろうか)を歩(ある)いていった。
悪(わる)い奴(やつ)じゃないんだけどな、というフォローも出来(でき)なかった。
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さんは…悪(わる)い人(ひと)ではないです」
朋也(ともや)「え?」
付(つ)き合(あ)いの長(なが)い俺(おれ)ではなく、知(し)り合(あ)ったばかりの古河(ふるかわ)がそのセリフを言(い)っていた。
古河(ふるかわ)「演劇部(えんげきぶ)のためにがんばってくれてます」
古河(ふるかわ)「なのに、わたし、文句(もんく)言(い)ってばっかりで申(もう)しわけないです」
朋也(ともや)「いや、あいつ、楽(たの)しんでるだけだぞ…」
古河(ふるかわ)「そんなことないです。わざわざ下級生(かきゅうせい)の子(こ)に会(あ)って、話(はなし)を聞(き)いたりできないです」
古河(ふるかわ)「ちゃんと、後(あと)でお礼言(れいい)います」
朋也(ともや)「………」
どうして、そこまでできるのだろうか…。
朋也(ともや)「おまえさ、もう古河(ふるかわ)に近寄(ちかよ)るな」
春原(すのはら)「なんでさ」
朋也(ともや)「あまりにも合(あ)わない。おまえら、別世界(べっせかい)の住人(じゅうにん)だよ」
春原(すのはら)「いいじゃん。新鮮(しんせん)だよ」
朋也(ともや)「おまえはな。あいつにすれば、いい迷惑(めいわく)だ」
春原(すのはら)「本人(ほんにん)がそう言(い)ってたの?」
朋也(ともや)「………」
あいつは迷惑(めいわく)していただろうか。
いや…
最後(さいご)には、春原(すのはら)のフォローまでしてたじゃないか…。
春原(すのはら)「言(い)ってないんだろ?」
迷惑(めいわく)どころか、礼(れい)まで言(い)おうとしていた。
春原(すのはら)「それとも、なに?
お気(き)に入(はい)り?」
朋也(ともや)「それはねぇけど」
春原(すのはら)「だったら、いいじゃん」
春原(すのはら)「おまえだって、パン目当(めあ)てなんだしさ」
朋也(ともや)「まぁな…」
今更(いまさら)撤回(てっかい)なんてできなかった。
春原(すのはら)「でも、ほんと、あまりに考(かんが)え方(かた)が違(ちが)ってて、おもしろいよ」
春原(すのはら)「あんな子(こ)、普通(ふつう)は僕(ぼく)らなんかに寄(よ)ってこないからねぇ」
僕(ぼく)ら…
そう、俺(おれ)と春原(すのはら)は同(おな)じ側(がわ)に立(た)つ人間(にんげん)のはずだった。
すべてを斜(はす)に見(み)て、あざ笑(わら)って、いつだって冷(さ)めてて…。
そんなふうに、もう二年(にねん)も学生生活(がくせいせいかつ)を送(おく)ってきていた。
なら、俺(おれ)も春原(すのはら)と同(おな)じように…
物珍(ものめずら)しい何(なに)かを見(み)つけて、それを見(み)て楽(たの)しんでいるだけなのだろうか。
四時間目(よじかんめ)の授業(じゅぎょう)が終(お)わり、昼休(ひるやす)みに。
春原(すのはら)「昼(ひる)はどうするの?
あの子(こ)と一緒(いっしょ)?」
朋也(ともや)「ああ、そうだよ」
春原(すのはら)「例(れい)の人気(にんき)のパン!?」
朋也(ともや)「学食(がくしょく)のパンだよ」
春原(すのはら)「あの子(こ)も?」
朋也(ともや)「ああ、ふたりとも学食(がくしょく)のパンだ」
春原(すのはら)「ちっ、なんだよ…」
朋也(ともや)「おまえは、どうすんだよ」
春原(すのはら)「学食(がくしょく)のパンはさすがに食(く)い飽(あ)きたからね。何(なに)かいい物食(ものは)ってくるよ」
朋也(ともや)「んな金(かね)あんのかよ」
春原(すのはら)「もちろんないけどね」
なくともなんとかなる、と笑(え)みで続(つづ)けて春原(すのはら)は教室(きょうしつ)から出(で)ていった。
朋也(ともや)「ったく、あいつは…」
そして中庭(なかにわ)でいつものように、古河(ふるかわ)と落(お)ち合(あ)う。
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さんは、お誘(さそ)いしなかったんでしょうか」
朋也(ともや)「学食(がくしょく)のパンと聞(き)いたら、飽(あ)きたとか言(い)ってひとりで出(で)ていったよ」
朋也(ともや)「どうせ、誰(だれ)か捕(つか)まえて、昼飯代(ひるめしだい)でもせびってるんだ」
朋也(ともや)「そんな奴(やつ)なんだよ、あいつは…」
朋也(ともや)「自分(じぶん)で快(こころよ)いと思(おも)うことだけに、興味(きょうみ)を向(む)ける」
朋也(ともや)「飽(あ)きたら、もうどうだっていいんだ」
古河(ふるかわ)「そうなんですか…?」
朋也(ともや)「ああ」
石段(いしだん)に腰(こし)を下(お)ろし、お互(たが)いパンを食(た)べ始(はじ)める。
古河(ふるかわ)「………」
ぱくぱくとパンを食(た)べる古河(ふるかわ)の横顔(よこがお)を、俺(おれ)は惚(ぼ)けたようにじっと見(み)つめていた。
俺(おれ)にとって古河(ふるかわ)は…やはり物珍(ものめずら)しいだけの存在(そんざい)なのだろうか。
違う
いや、違(ちが)うよな…。
親父(おやじ)の元(もと)から逃(に)げ出(だ)した時(とき)にも、こいつは、俺(おれ)を落(お)ち着(つ)かせてくれた。
何(なに)も考(かんが)えてなかっただろうけど…その笑顔(えがお)を見(み)て、俺(おれ)は、自分(じぶん)を取(と)り戻(もど)していた。
苦(くる)しい時(とき)でも、こいつが笑(わら)っていてくれたら、俺(おれ)はそれだけで救(すく)われる。
だから、俺(おれ)は、こいつに…
──ひとりで泣(な)いてるぐらいだったらさ…俺(おれ)を呼(よ)べよ。
そう告(つ)げた。
そう。
出会(であ)ってから、まだ少(すこ)ししか経(た)っていなかったけど…
それでも、その短(みじか)い間(あいだ)に、俺(おれ)たちは、助(たす)け合(あ)ってきた気(き)がする。
古河(ふるかわ)「あの…」
パンを食(た)べ終(お)えた古河(ふるかわ)がこっちを向(む)いていた。
目(め)が合(あ)ってしまう。
ずっと見(み)ていたことがばれてしまっただろうか…。
朋也(ともや)「何(なに)?」
平静(へいせい)を装(よそお)い、訊(き)き返(かえ)す。
古河(ふるかわ)「あ、はい…ひとつだけ訊(き)いていいですか」
朋也(ともや)「ああ、いくつでも」
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さんのことですけど…」
朋也(ともや)「春原(すのはら)…?」
古河(ふるかわ)「はい。どうして、部活動(ぶかつどう)を嫌(きら)ってるんでしょうか」
朋也(ともや)「…そんなこと言(い)ってたっけか」
古河(ふるかわ)「はい。初(はじ)めてお会(あ)いしたときに言(い)ってました」
古河(ふるかわ)「部活動(ぶかつどう)してる人(ひと)たちが忌(い)まわしいとか…」
古河(ふるかわ)「それが岡崎(おかざき)さんと、春原(すのはら)さんが、共通(きょうつう)することだって」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんが、部活動(ぶかつどう)を嫌(きら)っていた理由(りゆう)は聞(き)きました」
古河(ふるかわ)「でも、春原(すのはら)さんの理由(りゆう)はまだ知(し)らないです」
朋也(ともや)「…言葉(ことば)の通(とお)りだよ」
朋也(ともや)「あいつも俺(おれ)と同(おな)じだからな」
古河(ふるかわ)「どういうことでしょうか」
朋也(ともや)「一年(いちねん)の頃(ころ)は、あいつも部活(ぶかつ)やってたんだ」
朋也(ともや)「でも、他校(たこう)の生徒(せいと)と喧嘩(けんか)やらかして、停学(ていがく)食(く)らってさ…」
朋也(ともや)「レギュラーから落(お)ちて、居場所(いばしょ)もなくなって、退部(たいぶ)しちまったんだ」
古河(ふるかわ)「そうだったんですか…」
古河(ふるかわ)「なら、やっぱり…」
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さんにも居(い)てほしいです」
古河(ふるかわ)「そんな気持(きも)ち、よくわかりますから」
古河(ふるかわ)「みんなでひとつの目標(もくひょう)に向(む)かってがんばる。それは楽(たの)しいことです」
朋也(ともや)「そうだな…」
俺(おれ)の後(あと)に続(つづ)いて、春原(すのはら)も教室(きょうしつ)に戻(もど)ってきた。
春原(すのはら)「はぁ、すげぇ腹一杯(はらいっぱい)」
春原(すのはら)「今日(きょう)は、800円(えん)のうどん付(つ)きのカツ丼(どん)食(く)ったんだぜ?」
春原(すのはら)「午後(ごご)からは、よく寝(ね)られそうだよ、うん」
朋也(ともや)「ああ、ゆっくり寝(ね)てくれ」
………。
放課後(ほうかご)になると、古河(ふるかわ)は部室(ぶしつ)で説明会(せつめいかい)の練習(れんしゅう)を始(はじ)めた。
俺(おれ)と、そして春原(すのはら)は、床(ゆか)に座(すわ)り込(こ)んでその練習風景(れんしゅうふうけい)を眺(なが)めていた。
春原(すのはら)「こんなことしてる場合(ばあい)なのかねぇ」
春原(すのはら)「説明会(せつめいかい)だって、できないかもしれないのにさ」
朋也(ともや)「………」
俺(おれ)は無視(むし)して、真剣(しんけん)に取(と)り組(く)む古河(ふるかわ)の姿(すがた)を、黙(だま)って見守(みまも)り続(つづ)けた。
朋也(ともや)「ああ、そうだな…」
適当(てきとう)に相(あい)づちを打(う)ち、古河(ふるかわ)の姿(すがた)を見(み)続(つづ)けていた。
陽(よう)が傾(かたむ)き、西日(にしび)が差(さ)す頃(ころ)まで、ずっと。
夜(よる)はいつものように、春原(すのはら)の部屋(へや)へ。
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「…春原(すのはら)?」
主(しゅ)の姿(すがた)が見(み)あたらなかった。
朋也(ともや)(トイレかな…)
定位(ていい)置(お)に腰(こし)を落(お)ち着(つ)けて、雑誌(ざっし)を読(よ)み始(はじ)める。
声(こえ)「春原(すのはら)ぁ~」
廊下(ろうか)から呼(よ)ぶ声(こえ)がした。美佐枝(みさえ)さんだ。
声(こえ)「春原(すのはら)、いないのーっ?」
朋也(ともや)「いねぇよ」
声(こえ)「電話(でんわ)~」
朋也(ともや)「いねぇってのに」
俺(おれ)は呼(よ)び続(つづ)ける声(こえ)にうんざりして、コタツに潜(くぐ)り込(こ)もうかと思(おも)う。
声(こえ)「妹(いもうと)さんから~」
噂(うわさ)に聞(き)く春原(すのはら)の妹(いもうと)からか…。
俺(おれ)は想像(そうぞう)してみる。
まぁ、春原(すのはら)自身(じしん)がどっちかというと女顔(おんなかお)だから、その妹(いもうと)もそんなに無骨(ぶこつ)な作(つく)りにはならないだろう。
だが、春原(すのはら)のあの性格(せいかく)を考(かんが)えると…
「おにいちゃん、あたしよ、ウフフフ…ググ……ギギギ……ケェーーーーッ!」
なんて、ひとつのセリフで前半(ぜんはん)と後半(こうはん)のキャラが違(ちが)うような女(おんな)に違(ちが)いない。
というか、今(いま)のはキャラどころか、容貌(ようぼう)も変(か)わっていたが。
それに対(たい)して春原(すのはら)の奴(やつ)も…
「よぅ、妹(いもうと)、久(ひさ)しぶりだな…ゲゲ…バリバリボリボリッ…おっと、受話器(じゅわき)を食(く)っちまったゼェ!」
なんてことになるかもしれない。
恐(おそ)ろしい…妖怪(ようかい)どものコミュニケーションが俺(おれ)の知(し)らないところで執(と)り行(おこな)われているのだ…。
俺(おれ)が震(ふる)えるようにして小(ちい)さく丸(まる)まっていると…
声(こえ)「居(い)るんじゃない」
勝手(かって)にドアを開(ひら)いて、美佐枝(みさえ)さんが俺(おれ)を見下(みお)ろしていた。
朋也(ともや)「俺(おれ)、岡崎(おかざき)だけど」
美佐枝(みさえ)「親(した)しいでしょ。代(か)わりに用件(ようけん)聞(き)いてあげてよ」
朋也(ともや)「なんで俺(おれ)が…」
美佐枝(みさえ)「なんか、大事(だいじ)な用(よう)みたいなんだもの」
美佐枝(みさえ)「あの兄(あに)にしては、礼儀正(れいぎただ)しいちゃんとした子(こ)よ」
朋也(ともや)「マジか…?」
美佐枝(みさえ)「うん、だから、ほら」
出ない
朋也(ともや)「大事(だいじ)な用(よう)なんだったら、なおさら、他人(たにん)が出(で)たらダメだろ」
美佐枝(みさえ)「そーお?」
朋也(ともや)「すぐ戻(もど)ってくるだろうから、かけ直(なお)してもらえよ」
美佐枝(みさえ)「はぁ…わかったわ。そうするわよ」
二度手間(にどでま)なのが、面倒(めんどう)なだけなんだろう。
美佐枝(みさえ)さんは渋々(しぶしぶ)、引(ひ)き下(さ)がった。
春原(すのはら)「ふぅ…死(し)にそうな目(め)にあった…」
朋也(ともや)「なんかあったのか」
春原(すのはら)「ああ…絶対(ぜったい)、夕飯(ゆうはん)の何(なに)かが、痛(いた)んでやがったんだ…」
春原(すのはら)「腹(はら)壊(こわ)して、トイレ籠(こ)もってたら、ラグビー部(ぶ)の連中(れんちゅう)も、次々(つぎつぎ)入(はい)ってきやがってさ…」
春原(すのはら)「それで、僕(ぼく)の入(はい)ってる個室(こしつ)までどんどん叩(たた)きやがんだぜ」
春原(すのはら)「パンツ下(お)ろしたまま、引(ひ)きずり出(だ)されたよ…」
春原(すのはら)「くそぅ…夕飯(ゆうはん)め!」
朋也(ともや)「恨(うら)む対象(たいしょう)を間違(まちが)ってないか?」
春原(すのはら)「ないねっ!」
朋也(ともや)「あ、そ」
どんどん、とノックの後(あと)、美佐枝(みさえ)さんが顔(かお)を覗(のぞ)かせていた。
美佐枝(みさえ)「あ、春原(すのはら)戻(もど)ってた。良(よ)かった。妹(いもうと)さんから電話(でんわ)」
春原(すのはら)「…え?」
ちょっと顔(かお)が歪(ゆが)む。
春原(すのはら)「あ、ああ…」
美佐枝(みさえ)さんの後(あと)について、部屋(へや)を出(で)ていった。
………。
今(いま)、まさに、人(にん)ならざる者(もの)たちの会話(かいわ)が、ケーッとかカーッとか言(い)って、交(か)わされているのだ。
朋也(ともや)(こえぇ…)
春原(すのはら)「ふぅ…」
五分(ごふん)くらい経(た)って、戻(もど)ってくる。
春原(すのはら)「ったく、あいつは…」
朋也(ともや)「妹(いもうと)だったんだろ?」
春原(すのはら)「ああ」
春原(すのはら)「困(こま)った奴(やつ)だよ、あんな歳(とし)にもなって…」
朋也(ともや)「まだ羽根(はね)が生(は)えてこないのか?」
春原(すのはら)「ずっと生(は)えねぇよっ!」
春原(すのはら)「どんな妹(いもうと)、想像(そうぞう)してんだよ…」
朋也(ともや)「おまえみたいなの」
春原(すのはら)「僕(ぼく)も生(は)えてねぇんだけど」
朋也(ともや)「生(は)えてそうじゃん」
春原(すのはら)「どんな奴(やつ)だよ…」
朋也(ともや)「つーか、おまえに妹(いもうと)が居(い)たなんて知(し)らなかったぞ」
春原(すのはら)「訊(き)かれもしないのに、こっちからわざわざ話(はな)すことでもないだろ」
朋也(ともや)「一回(いっかい)会(あ)わせてくれよ。なんか興味(きょうみ)あるよ」
春原(すのはら)「嫌(いや)だよ…」
朋也(ともや)「どうして。土蔵(どぞう)に封印(ふいん)でもされてるのか?」
春原(すのはら)「元気(げんき)に歩(ある)き回(まわ)ってるよっ!」
春原(すのはら)「あのな、岡崎(おかざき)…」
春原(すのはら)「ウチの妹(いもうと)は、おまえが想像(そうぞう)してるよりも、きっと、まともで、可愛(かわい)いと思(おも)うぞ」
朋也(ともや)「何(なに)、おまえ…シスコン?」
春原(すのはら)「あんたが羽根(はね)とか封印(ふいん)とか、妖怪(ようかい)みたいなこと言(い)うからでしょっ!」
春原(すのはら)「その想像(そうぞう)よりは、まともな奴(やつ)だし、可愛(かわい)いって言(い)ってんのっ」
朋也(ともや)「写真(しゃしん)見(み)せろよ、こらぁ」
春原(すのはら)「ねぇよ、んなもん」
春原(すのはら)「電話(でんわ)かかってくるまで、存在(そんざい)も忘(わす)れてたしな」
春原(すのはら)「それぐらい僕(ぼく)は、あいつのことなんか、ぜんぜん気(き)にかけてないってこと。リアリィ?」
朋也(ともや)「英語(えいご)の使(つか)い方(かた)間違(まちが)ってるからな」
春原(すのはら)「まぁ、おまえは会(あ)うことはないだろうし、この話題(わだい)はここで終(お)わり」
朋也(ともや)「あ、そ」
雑誌(ざっし)を読(よ)むのに戻(もど)る。
春原(すのはら)「ったく、あいつはよぉ…」
春原(すのはら)「可愛(かわい)いところもあるんだけどよぉ…」
もっと触(ふ)れてほしいようだった。
けど、無視(むし)しておく。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:09:20
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最後(さいご)の部品(ぶひん)、『目(め)』を頭部(とうぶ)に組(く)み込(こ)む。
それで、ガラクタ人形(にんぎょう)は完成(かんせい)した。
…できたっ。
彼女(かのじょ)は寝転(ねころ)がって、疲(つか)れきった四肢(しし)を伸(の)ばした。
僕(ぼく)は動(うご)き出(だ)すのを期待(きたい)して、人形(にんぎょう)と向(む)かい合(あ)ったままでいた。
不格好(ぶかっこう)な形(かたち)の人形(にんぎょう)。
両腕(りょううで)の長(なが)さも違(ちが)うし、ひどく受(う)け口(ぐち)だった。
笑(わら)える顔(かお)だ。
それでも、新(あたら)しい仲間(なかま)だ。これから迎(むか)える仲間(なかま)だ。
ちょっとぐらい滑稽(こっけい)なのは目(め)をつぶらなければならない。
僕(ぼく)は待(ま)ち続(つづ)ける。
同胞(どうほう)はなかなか動(うご)き出(だ)さなかった。
………。
彼女(かのじょ)がむくりと起(お)きた。
そして、一緒(いっしょ)に動(うご)かない人形(にんぎょう)を見(み)つめた。
動(うご)き出(だ)すには、何(なに)かきっかけが必要(ひつよう)なのかもしれない。
僕(ぼく)は自分(じぶん)が最初(さいしょ)にしたことを思(おも)い出(だ)した。
そう、歩(ある)く練習(れんしゅう)だ。
僕(ぼく)の仲間(なかま)なら、それは僕(ぼく)が最初(さいしょ)に教(おし)えるべきことでもある気(き)がした。
そうしよう。
僕(ぼく)は、彼女(かのじょ)がいつかそうしてくれたように、距離(きょり)を置(お)いて、手(て)を叩(たた)いた。
それは生(う)まれたばかりでもわかる合図(あいず)なのだ。ここまでおいで、という。
僕(ぼく)の両手(りょうて)はたんたん、と鈍(にぶ)い音(おと)を立(た)てた。
………。
たんたん。
………。
人形(にんぎょう)は立(た)ち上(あ)がろうとはしなかった。
たんたん。
僕(ぼく)は手(て)を叩(たた)き続(つづ)けた。
けど、一向(いっこう)に動(うご)き出(だ)す気配(けはい)はなかった。
まるで、死(し)んでいるように首(くび)をだらりと下(さ)げたままでいた。
たんたん。
………。
いつしか、少女(しょうじょ)は手(て)を叩(たた)く僕(ぼく)のことを見(み)ていた。
膝(ひざ)を擦(こす)らして近(ちか)づいてくると、僕(ぼく)を押(お)し倒(たお)すように抱(だ)きしめた。
そして、彼女(かのじょ)は泣(な)いた。
…ごめんね、ごめんね。
そう繰(く)り返(かえ)して。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:10:07
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4月24日
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古河(ふるかわ)「おはようございます」
朋也(ともや)「ああ、おはよ…」
古河(ふるかわ)「ええと…」
古河(ふるかわ)が何(なに)か話題(わだい)を探(さが)していた。
朋也(ともや)「おまえ、声(こえ)枯(か)れてるな」
助(たす)け船(ぶね)を出(だ)すように、俺(おれ)から切(き)り出(だ)してやった。
古河(ふるかわ)「え?
そうでしょうか…」
朋也(ともや)「昨日(きのう)、あれだけ練習(れんしゅう)したもんな」
古河(ふるかわ)「はい、たくさん練習(れんしゅう)しました」
朋也(ともや)「次(つぎ)は、説明会(せつめいかい)じゃなく、演劇(えんげき)の練習(れんしゅう)できるといいな」
古河(ふるかわ)「はいっ」
春原(すのはら)の奴(やつ)はまだ来(き)ていなかった。
また遅刻(ちこく)なんだろう。
俺(おれ)は自分(じぶん)の席(せき)につき、窓(まど)の外(そと)に目(め)をやった。
授業(じゅぎょう)が始(はじ)まってからも、ずっとそうしていた。
四時間目(よじかんめ)の授業(じゅぎょう)が終(お)わる。
朋也(ともや)(いくか…)
春原(すのはら)「おっ…と、岡崎(おかざき)じゃん」
教室(きょうしつ)を出(で)ると、そこでちょうど春原(すのはら)と鉢合(はちあわ)わせになった。
春原(すのはら)「今(いま)から昼(ひる)?」
朋也(ともや)「ついてくんなよ」
春原(すのはら)「まぁまぁ、鞄(かばん)置(お)いてくるから待(ま)っててよ」
春原(すのはら)「僕(ぼく)も、学食(がくしょく)のパンにするからさ」
春原(すのはら)が教室(きょうしつ)に入(はい)っていく。
俺(おれ)は待(ま)つこともなく、歩(ある)き出(だ)す。
春原(すのはら)「つれないねぇ、待(ま)っててよっつったのに」
結局(けっきょく)、春原(すのはら)は俺(おれ)たちを追(お)って中庭(なかにわ)に現(あらわ)れた。
古河(ふるかわ)「こんにちは、春原(すのはら)さん」
古河(ふるかわ)は笑顔(えがお)で歓迎(かんげい)していた。
春原(すのはら)「おふたり、昼飯(ひるめし)は?」
古河(ふるかわ)「ごめんなさいです。今(いま)、いただいたところです」
朋也(ともや)「おまえが遅(おそ)いんだよ」
春原(すのはら)「学食(がくしょく)、すんげぇ混(こ)んでたからね」
春原(すのはら)「じゃ、僕(ぼく)も食(た)べるかなぁ」
持(も)っていた紙袋(かみぶくろ)に手(て)を突(つ)っ込(こ)んで、パンを取(と)り出(だ)した。
古河(ふるかわ)「あ、座(すわ)ってください」
古河(ふるかわ)が言(い)って立(た)ち上(あ)がる。
古河(ふるかわ)「詰(つ)めますね」
朋也(ともや)「ああ…」
俺(おれ)の了解(りょうかい)を取(と)ってから、間(あいだ)を詰(つ)めて座(すわ)り直(なお)した。
春原(すのはら)「悪(わる)いね」
春原(すのはら)がその古河(ふるかわ)の隣(となり)に座(すわ)る。
春原(すのはら)「いただきまーすっ」
そのパンにかぶりついたところで…
春原(すのはら)「あん?」
校舎(こうしゃ)のほうに目(め)を向(む)けて、動(うご)きを止(と)めていた。
視線(しせん)の先(さき)…
ひとりの女生徒(じょせいと)。
新(あら)たな来客(らいきゃく)だった。
俺(おれ)たちを見(み)つけると、寄(よ)ってきて、正面(しょうめん)で立(た)ち止(ど)まる。
女生徒(じょせいと)「あの、私(わたし)、仁科(にしな)さんの友達(ともだち)で、杉坂(すぎさか)といいます」
俺(おれ)と春原(すのはら)の無粋(ぶすい)な視線(しせん)にさらされても、努(つと)めて冷静(れいせい)に挨拶(あいさつ)をした。
春原(すのはら)「あ、てめぇ」
誰(だれ)よりも早(はや)く、春原(すのはら)が立(た)ち上(あ)がる。
古河(ふるかわ)「待(ま)ってください、春原(すのはら)さん」
古河(ふるかわ)が、その腕(うで)を掴(つか)む。
古河(ふるかわ)「ここはわたしに任(まか)せてください。お願(ねが)いします」
春原(すのはら)「………」
春原(すのはら)「…ああ、わかったよ」
杉坂(すぎさか)という名(な)は、春原(すのはら)から聞(き)かされていた。脅迫状(きょうはくじょう)を書(か)いた犯人(はんにん)の名(な)だ。
古河(ふるかわ)もわかっているのだろう。
古河(ふるかわ)「わたし、三年(さんねん)の古河渚(ふるかわなぎさ)です」
古河(ふるかわ)「わざわざこんなところまで…どうしましたか」
杉坂(すぎさか)「仁科(にしな)さんのことを、話(はな)したくて伺(うかが)いました。聞(き)いてくれますか」
古河(ふるかわ)「はい、もちろんです。是非(ぜひ)、聞(き)かせてください」
杉坂(すぎさか)「このことは…あんまり人(ひと)に言(い)ってほしくないんです。それも、約束(やくそく)してくれますか」
古河(ふるかわ)「はい、約束(やくそく)します。ここだけの話(はなし)にします」
杉坂(すぎさか)という子(こ)は、俺(おれ)にも目(め)を向(む)けた。
朋也(ともや)「ああ、大丈夫(だいじょうぶ)。誰(だれ)にも言(い)わねぇ。こいつも言(い)わねぇよ」
約束(やくそく)した。
杉坂(すぎさか)「ありがとうございます」
杉坂(すぎさか)「はじめに脅迫状(きょうはくじょう)を書(か)いたことは謝(あやま)ります。あれは私(わたし)が勝手(かって)にやったことなんです」
杉坂(すぎさか)「そうしないと、合唱部(がっしょうぶ)を作(つく)ることができなくなると思(おも)って…」
杉坂(すぎさか)「すみませんでした」
古河(ふるかわ)「いえ、なんとも思(おも)ってないです」
春原(すのはら)の拳(こぶし)が膝(ひざ)の上(うえ)でぎりぎりと震(ふる)えていた。
古河(ふるかわ)「話(はなし)を続(つづ)けてください」
杉坂(すぎさか)「…はい」
杉坂(すぎさか)「仁科(にしな)さん…その、りえちゃんは、すごく才能(さいのう)のある子(こ)なんです」
杉坂(すぎさか)「それは音楽(おんがく)の才能(さいのう)です」
杉坂(すぎさか)「小(ちい)さい頃(ころ)から、ずっとヴァイオリンを弾(ひ)いていたんです」
杉坂(すぎさか)「コンクールに何度(なんど)も入賞(にゅうしょう)して…」
杉坂(すぎさか)「ものすごく大(おお)きな会場(かいじょう)で、ものすごくたくさんの人(ひと)たちの前(まえ)でも演奏(えんそう)してました」
杉坂(すぎさか)「ものすごく、堂々(どうどう)としていて…ものすごく綺麗(きれい)で…」
杉坂(すぎさか)「ものすごく格好(かっこう)良(よ)かったんです」
杉坂(すぎさか)「たくさんの大人(おとな)の人(ひと)たちから、将来(しょうらい)を期待(きたい)されてました」
杉坂(すぎさか)「外国(がいこく)のハイスクールに通(かよ)う予定(よてい)でした」
杉坂(すぎさか)「外国(がいこく)では、もっといい音楽(おんがく)の教育(きょういく)が受(う)けられるからです」
杉坂(すぎさか)「でも、それが決(き)まる直前(ちょくぜん)に…」
顔(かお)を伏(ふ)せる。涙声(なみだごえ)になる。
杉坂(すぎさか)「りえちゃん…事故(じこ)にあって…」
聞(き)きたくない。そこからは…。
杉坂(すぎさか)「…握力(あくりょく)が弱(よわ)くなってしまったんです」
俺(おれ)と…同(おな)じだった。
杉坂(すぎさか)「ヴァイオリン…弾(ひ)けなくなって…」
杉坂(すぎさか)「外国(がいこく)のハイスクールにも行(い)けなくなって…」
杉坂(すぎさか)「それで、この学校(がっこう)に来(き)ました」
杉坂(すぎさか)「私(わたし)と一緒(いっしょ)に…」
杉坂(すぎさか)「りえちゃんは、事故(じこ)の日(ひ)以来(いらい)、すごく元気(げんき)がなくて……」
杉坂(すぎさか)「私(わたし)がどれだけ元気(げんき)づけようとしてもダメで…」
杉坂(すぎさか)「私(わたし)も、悲(かな)しかったです」
古河(ふるかわ)「………」
杉坂(すぎさか)「でも、そんなある日(ひ)、ものすごく素敵(すてき)な出会(であ)いがありました」
杉坂(すぎさか)「古文(こぶん)の…幸村先生(こうむらせんせい)です」
杉坂(すぎさか)「幸村先生(こうむらせんせい)は、音楽(おんがく)の素晴(すば)らしさをもう一度(いちど)、りえちゃんに教(おし)えてくれたんです」
杉坂(すぎさか)「楽器(がっき)が弾(ひ)けなくても、音楽(おんがく)はできるんだって」
杉坂(すぎさか)「そういって幸村先生(こうむらせんせい)は歌(うた)ってくれました…」
杉坂(すぎさか)「しわがれた声(こえ)でも、音程(おんてい)があいまいでも…それでもとても、心(こころ)がこもった歌(うた)でした…」
杉坂(すぎさか)「その歌(うた)に心(こころ)を打(う)たれて…」
杉坂(すぎさか)「りえちゃんも歌(うた)い始(はじ)めたんです」
杉坂(すぎさか)「その姿(すがた)は、昔(むかし)の元気(げんき)なりえちゃんでした」
杉坂(すぎさか)「そしてりえちゃんは、たくさんの人(ひと)に、歌(うた)の素晴(すば)らしさを伝(つた)えたいと思(おも)いました」
杉坂(すぎさか)「だから、この学校(がっこう)にない、合唱部(がっしょうぶ)を作(つく)ることにしたんです」
杉坂(すぎさか)「幸村先生(こうむらせんせい)と一緒(いっしょ)に」
杉坂(すぎさか)「私(わたし)も一緒(いっしょ)です」
目(め)の端(はし)に溜(た)まった涙(なみだ)を拭(ぬぐ)って…笑顔(えがお)で言(い)った。
そして…
杉坂(すぎさか)「お願(ねが)いします。りえちゃんの邪魔(じゃま)をしないでください」
頭(あたま)を下(さ)げた。深々(ふかぶか)と。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)は…じっと固(かた)まってしまっていた。
春原(すのはら)「古河(ふるかわ)、言(い)うことをきくなっ!」
春原(すのはら)が叫(さけ)んでいた。
春原(すのはら)「そんなハンデで、人(ひと)の同情(どうじょう)を誘(さそ)うような奴(やつ)なんて卑怯者(ひきょうもの)だ!」
春原(すのはら)「そんなハンデでっ…ひいきされたいなんて考(かんが)えが甘(あま)すぎるんだよっ!」
その時(とき)、俺(おれ)は気(き)づいた。
俺(おれ)たち三人(さんにん)が、似(に)ていることを。
三人(さんにん)ともが、偶然(ぐうぜん)の不幸(ふこう)により、やりたいことを放棄(ほうき)せざるを得(え)なくなったことを。
三人(さんにん)ともが、学校生活(がっこうせいかつ)でのささやかな夢(ゆめ)さえ叶(かな)えられなかったことを。
──その気持(きも)ち、わかりますから。
古河(ふるかわ)の言葉(ことば)がよぎる。
俺(おれ)たちは、そんなに遠(とお)い人間(にんげん)ではなかったのだ。
そして、俺(おれ)たちはその不幸(ふこう)を盾(たて)にしたこともなかった。
春原(すのはら)と俺(おれ)は二度(にど)と部活(ぶかつ)に戻(もど)ることなく、こんな人間(にんげん)になってしまった。
今(いま)、古河(ふるかわ)だって、一年(いちねん)近(ちか)くの闘病生活(とうびょうせいかつ)を乗(の)り越(こ)えて、一(いち)から頑張(がんば)ろうとしている。
だから春原(すのはら)は、それを盾(たて)にしようとしている人間(にんげん)が許(ゆる)せないのだ。
俺(おれ)も…同(おな)じ思(おも)いだった。
春原(すのはら)「そんな…ハンデでっ…」
春原(すのはら)は手(て)に持(も)っていた食(た)べかけのパンを、地面(じめん)に叩(たた)きつけた。
それが跳(は)ねて、杉坂(すぎさか)という子(こ)の足元(あしもと)を転(ころ)がった。
それでも、その子(こ)は、頭(あたま)を下(さ)げたままだった。身(み)じろぎ一(ひと)つしなかった。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「そんなの…」
古河(ふるかわ)「そんなのわたし、断(ことわ)れないです」
古河(ふるかわ)「わたしこそ…許(ゆる)してほしいです」
古河(ふるかわ)「そんなこと知(し)らずに…自分(じぶん)のためだけに、幸村先生(こうむらせんせい)を演劇部(えんげきぶ)の顧問(こもん)にしようとしてたんですから…」
朋也(ともや)「古河(ふるかわ)」
朋也(ともや)「それは仕方(しかた)ないだろ…知(し)らなかったんだから」
古河(ふるかわ)「でも、もう知(し)ってしまいました。だから…」
古河(ふるかわ)「あきらめます」
朋也(ともや)「どうして…」
古河(ふるかわ)「わたしががんばれば、仁科(にしな)さんが…夢(ゆめ)を叶(かな)えられなくなります」
古河(ふるかわ)「わたしは、あきらめます」
杉坂(すぎさか)「ありがとうございます」
杉坂(すぎさか)という子(こ)は、礼(れい)を言(い)ってから顔(かお)を上(あ)げた。
そして…
澄(す)んだ表情(ひょうじょう)で…校舎(こうしゃ)に戻(もど)っていった。
春原(すのはら)「馬鹿野郎(ばかやろう)!」
その姿(すがた)が見(み)えなくなってからも、春原(すのはら)はその言葉(ことば)を繰(く)り返(かえ)し、叫(さけ)んでいた。
古河(ふるかわ)は地面(じめん)に転(ころ)がっていたパンを拾(ひろ)い上(あ)げ、その春原(すのはら)の手(て)に戻(もど)した。
春原(すのはら)「くそ…」
その後(あと)、俺(おれ)たちは、職員室(しょくいんしつ)に赴(おもむ)き、幸村(こうむら)と話(はなし)をした。
春原(すのはら)はもう居(い)なかった。怒(いか)り心頭(しんとう)のまま、どこかへ消(き)えてしまった。
俺(おれ)は古河(ふるかわ)の後(うし)ろで、ただ話(はなし)を聞(き)いているだけだった。
幸村(こうむら)「いいの…ですかな」
古河(ふるかわ)「はい。そもそも演劇部(えんげきぶ)を作(つく)りたいのは、わたしひとりでしたから」
古河(ふるかわ)「入部希望者(にゅうぶきぼうしゃ)もいません」
幸村(こうむら)「そう…ですか。今時(いまどき)…演劇(えんげき)なんて流行(はやり)らないのですかな」
古河(ふるかわ)「そうかもしれないです…」
古河(ふるかわ)「でも、わたしは演劇(えんげき)が好(す)きです」
幸村(こうむら)「ふむ…また…機会(きかい)もあるでしょう」
古河(ふるかわ)「では、幸村先生(こうむらせんせい)」
古河(ふるかわ)「仁科(にしな)さんと杉坂(すぎさか)さん、そして、まだ見(み)ぬたくさんの合唱部(がっしょうぶ)の部員(ぶいん)さんたちを…」
古河(ふるかわ)「よろしくお願(ねが)いします」
合唱部(がっしょうぶ)の未来(みらい)を老教師(ろうきょうし)に託(たく)し、職員室(しょくいんしつ)を後(あと)にした。
もう部室(ぶしつ)によることもなく…俺(おれ)たちは、鞄(かばん)を持(も)って中庭(なかにわ)にいた。
後(あと)は、帰(かえ)るだけだった。
朋也(ともや)「なんか手(て)はないかな…」
朋也(ともや)「きっとまだあるはずだ…」
古河(ふるかわ)「もういいんです、岡崎(おかざき)さん」
古河(ふるかわ)「約束(やくそく)しましたから、杉坂(すぎさか)さんと。だから、もう演劇部(えんげきぶ)は作(つく)らないです」
朋也(ともや)「そんな約束(やくそく)してないだろ。合唱部(がっしょうぶ)の邪魔(じゃま)をしない、という約束(やくそく)をしただけだ」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん」
朋也(ともや)「なんだよ」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「とても楽(たの)しかったです」
朋也(ともや)「なにが」
古河(ふるかわ)「一緒(いっしょ)にがんばれて、です」
古河(ふるかわ)「目的(もくてき)は達成(たっせい)されなかったですけど、もっと大切(たいせつ)な色々(いろいろ)なものを手(て)に入(い)れました」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんと、とても仲良(なかよ)しになれました」
古河(ふるかわ)「春原(すのはら)さんとも仲良(なかよ)くなれました」
古河(ふるかわ)「こんなわたしでも、です」
古河(ふるかわ)「こんな不器用(ぶきよう)で泣(な)き虫(むし)な…わたしでも、です」
朋也(ともや)「そうだな…」
朋也(ともや)「でもな、古河(ふるかわ)」
朋也(ともや)「おまえは、ずっと強(つよ)くなってるよ」
朋也(ともや)「あの坂(さか)の下(した)で、悩(なや)んでた頃(ころ)よりさ」
朋也(ともや)「不器用(ぶきよう)でも泣(な)き虫(むし)でもさ…」
朋也(ともや)「ここまで、頑張(がんば)ってきた」
朋也(ともや)「自分(じぶん)のことのように、他人(たにん)の心配(しんぱい)までしてさ…頑張(がんば)ってきた」
古河(ふるかわ)「本当(ほんとう)でしょうか」
朋也(ともや)「ああ、少(すく)なくとも俺(おれ)はそう感(かん)じたよ」
古河(ふるかわ)「だったら、うれしいです」
古河(ふるかわ)「わたしは…体(からだ)は弱(よわ)いですが…」
古河(ふるかわ)「くじけないように、強(つよ)い子(こ)になろうと生(い)きてきたんですから…」
唐突(とうとつ)に、古河(ふるかわ)の目(め)の端(はし)から涙(なみだ)がこぼれる。
古河(ふるかわ)「うれしいです…」
古河(ふるかわ)「よかったです…」
そして…
顔(かお)を伏(ふ)せて、両手(りょうて)で目(め)を押(お)さえて、泣(な)き始(はじ)めた。
俺(おれ)は古河(ふるかわ)の頭(あたま)に手(て)を置(お)く。
古河(ふるかわ)「また…ですか?」
朋也(ともや)「………」
抱きしめる
体(からだ)が自然(しぜん)に動(うご)いて、俺(おれ)は古河(ふるかわ)の体(からだ)を後(うし)ろから抱(だ)きしめていた。
古河(ふるかわ)「そんなことしないでほしいです…」
古河(ふるかわ)「そうされると…安心(あんしん)して泣(な)いてしまいます」
朋也(ともや)「もう、泣(な)いてるじゃないか」
古河(ふるかわ)「そうですけど、もっと泣(な)いてしまいます…」
朋也(ともや)「いいんだよ。悲(かな)しいことがあったんだから、泣(な)けばいい」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)はしばらく泣(な)き続(つづ)けた。
俺(おれ)はずっとこうしたかった。そんな気(き)がしていた。
こいつのことが愛(あい)おしくなると、無意識(むいしき)に頭(あたま)に手(て)を載(の)せていた。
けど、本当(ほんとう)はこうしてもっと近(ちか)くで、慰(なぐさ)めてやりたかった。
俺(おれ)を支(ささ)えてくれた小(ちい)さな存在(そんざい)を…支(ささ)えてやりたかった。
安心(あんしん)させてやりたかった。
朋也(ともや)「なぁ、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「はい…」
朋也(ともや)「明日(あした)、朝起(あさお)きたらさ…」
朋也(ともや)「俺(おれ)たちが恋人同士(こいびとどうし)になっていたら面白(おもしろ)いと思(おも)わないか」
朋也(ともや)「俺(おれ)がおまえの彼氏(かれし)で、おまえが俺(おれ)の彼女(かのじょ)だ」
朋也(ともや)「きっと楽(たの)しい学校生活(がっこうせいかつ)になる」
朋也(ともや)「そう思(おも)わないか」
古河(ふるかわ)「思(おも)わないです」
古河(ふるかわ)「きっと、なにをやっても失敗(しっぱい)するわたしに、腹(はら)が立(た)ちます、岡崎(おかざき)さん」
朋也(ともや)「そんなことない」
古河(ふるかわ)「どうしてですか」
朋也(ともや)「…俺(おれ)は古河(ふるかわ)が好(す)きだから」
俺(おれ)はそう告白(こくはく)していた。
朋也(ともや)「だから、絶対(ぜったい)にそんなことない」
古河(ふるかわ)「本当(ほんとう)でしょうか…自信(じしん)ないです…」
朋也(ともや)「きっと楽(たの)しい。いや、俺(おれ)が楽(たの)しくする」
古河(ふるかわ)「そんな…」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんだけ…がんばらないでください」
古河(ふるかわ)「わたしにも…がんばらせてください」
朋也(ともや)「そっか…」
古河(ふるかわ)「はい…」
朋也(ともや)「じゃあ、古河(ふるかわ)…頷(うなず)いてくれ、俺(おれ)の問(と)いかけに」
古河(ふるかわ)「………」
朋也(ともや)「古河(ふるかわ)、俺(おれ)の彼女(かのじょ)になってくれ」
古河(ふるかわ)「………」
少(すこ)しの間(あいだ)。
振(ふ)り返(かえ)ることもなく、頷(うなず)くこともなく…
ただ、小(ちい)さな声(こえ)が聞(き)こえてきた。
よろしくお願(ねが)いします…と。
0
seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:10:56
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
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seagull
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生日:1988-06-11
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精华:1
学分:0 个
好人卡:35 张
好感度:55
[辽宁省丹东市]
seagull
2009-05-01 13:45
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只看楼主
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回复: clannad渚线剧本注音计划
4月25日
(
金
)
朋也(ともや)(眩(まぶ)しい…)
布団(ふとん)の中(なか)に頭(あたま)を埋(う)め直(なお)し、微睡(びすい)む。
………。
朋也(ともや)(しばらく真面目(まじめ)に出(で)てたんだから…遅刻(ちこく)してもいいだろ)
………。
朋也(ともや)(演劇部(えんげきぶ)の件(けん)も、結果(けっか)は駄目(だめ)だったけど…一段落(いちだんらく)ついたし…)
………。
突然(とつぜん)、古河(ふるかわ)の顔(かお)が思(おも)い出(だ)された。
俺(おれ)の腕(うで)の中(なか)にいた。
その場(ば)の陽射(ひざ)しや木(き)の影(かげ)の形(かたち)まで、克明(こくめい)に思(おも)い出(だ)せた。
抱(だ)いた古河(ふるかわ)の肩(かた)の小(ちい)ささ。
近(ちか)くで嗅(か)いだあいつの髪(かみ)の匂(にお)いまでも。
そして、腕(うで)の中(なか)で、古河(ふるかわ)は小(ちい)さく頷(うなず)く。
よろしくお願(ねが)いします、と。
がばりと、俺(おれ)は飛(と)び起(お)きていた。
朋也(ともや)(そうか…)
俺(おれ)はあいつに告白(こくはく)したんだ…。
そして、朝起(あさお)きたら、この時(とき)から…
俺(おれ)たちは、恋人同士(こいびとどうし)になっているんだ。
朋也(ともや)(………)
いまいち実感(じっかん)がない。
朋也(ともや)(本当(ほんとう)かよ…)
壁(かべ)の時計(とけい)を見(み)る。
朋也(ともや)「まずい…」
時間(じかん)に余裕(よゆう)ができてからも、俺(おれ)は走(はし)ることをやめなかった。
足(あし)を止(と)めたら、そのまま、立(た)ち止(ど)まってしまいそうだった。
あいつが俺(おれ)の彼女(かのじょ)…
それは深(ふか)く考(かんが)えてしまうと、厄介(やっかい)なものである気(き)がしたからだ。
けど、心(こころ)のどこかでこそばゆいような、嬉(うれ)しい気持(きも)ちもある。
ああ、考(かんが)えるな。
走(はし)れ。
勢(いきお)いでいくしかなかった。
登校(とうこう)していく生徒(せいと)の中(なか)、ぼーっと突(つ)っ立(た)つひとりの少女(しょうじょ)。
朋也(ともや)(いた…)
ようやくそこで走(はし)るのをやめ、息(いき)を整(ととの)える。
朋也(ともや)(ああ、なんか、どきどきする…)
今日(きょう)からの彼女(かのじょ)の元(もと)へ…俺(おれ)は歩(ある)いていく。
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「よぅ…おはよ」
古河(ふるかわ)「おはようございます、岡崎(おかざき)さん」
朋也(ともや)「………」
…気(き)まずい。
何(なに)か話(はな)さないとな…意識(いしき)しまくって、照(て)れてしまうぞ…。
しかし、こいつはどう思(おも)ってるんだろう。
ちゃんと、俺(おれ)のことを今日(きょう)から彼氏(かれし)だと思(おも)ってくれてるんだろうか…。
そもそも、昨日(きのう)した約束(やくそく)を信(しん)じてくれているのだろうか。
こいつのことだから…慰(なぐさ)めの言葉(ことば)のひとつと思(おも)って、信(しん)じていないかもしれない。
あるいは…
俺(おれ)を傷(きず)つけないためにその場(ば)しのぎの返事(へんじ)で…
今(いま)まさに、なかったことにしてください、と言(い)おうとして、必死(ひっし)に勇気(ゆうき)を振(ふ)り絞(しぼ)っている最中(さいちゅう)なのかもしれない。
朋也(ともや)「あのさ、古河(ふるかわ)…」
古河(ふるかわ)「はい、なんでしょう?」
いつもの古河(ふるかわ)だった。
少(すこ)しだけ、ほっとする。
朋也(ともや)「いや、なんでもねぇ…」
古河(ふるかわ)「そうですか」
古河(ふるかわ)「では、行(い)きましょう」
朋也(ともや)「ああ…」
歩(ある)いていく。
なら、やっぱり…信(しん)じていないんだ。
俺(おれ)は坂(さか)の下(した)で立(た)ち止(ど)まっていた。
古河(ふるかわ)「どうしましたか?」
たくさんの生徒(せいと)が、俺(おれ)たちを抜(ぬ)いて、坂(さか)を登(のぼ)っていく。
朋也(ともや)「慰(なぐさ)めで言(い)ったんじゃないからな」
古河(ふるかわ)「何(なに)をですか?」
朋也(ともや)「昨日(きのう)、言(い)ったことだよ」
古河(ふるかわ)「えっと…」
古河(ふるかわ)は少(すこ)し考(かんが)えた後(あと)…
古河(ふるかわ)「はい」
そう下(した)を向(む)いたまま答(こた)えた。
古河(ふるかわ)「実(じつ)は今日(きょう)は…」
古河(ふるかわ)「昼(ひる)ご飯(はん)にどんなパンを食(た)べようかって…もう考(かんが)えないできました」
古河(ふるかわ)「今(いま)まではそれが楽(たの)しみで、支(ささ)えだったんです」
朋也(ともや)「………」
古河(ふるかわ)「でも今日(きょう)からは別(べつ)の楽(たの)しみができましたから、そのことを考(かんが)えてきました」
朋也(ともや)「何(なに)をさ」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さんが彼氏(かれし)で…わたしがその彼女(かのじょ)で…」
古河(ふるかわ)「そんな学校生活(がっこうせいかつ)が始(はじ)まることをです」
古河(ふるかわ)「それが楽(たの)しみで、これました」
朋也(ともや)「………」
また、心(こころ)の隅(すみ)が、くすぐったくなる。
朋也(ともや)「そうかよ…」
古河(ふるかわ)「でも、思(おも)っていたのとは少(すこ)し違(ちが)いました」
朋也(ともや)「何(なに)がだよ」
古河(ふるかわ)「楽(たの)しいのとは少(すこ)し違(ちが)いました」
古河(ふるかわ)「不安(ふあん)でした」
古河(ふるかわ)「半分(はんぶん)楽(たの)しくて、半分(はんぶん)不安(ふあん)でした」
古河(ふるかわ)「本当(ほんとう)にわたしなんかでいいのかなって…」
朋也(ともや)「まだそんなこと言(い)ってんのかよ、おまえ…」
古河(ふるかわ)「それは…岡崎(おかざき)さんは背(せい)も高(たか)くて、かっこよくて…素敵(すてき)な人(ひと)です」
古河(ふるかわ)「なのに、わたしは、泣(な)き虫(むし)で、引(ひ)っ込(こ)み思案(しあん)で、可愛(かわい)くもないです」
朋也(ともや)「あのさ、古河(ふるかわ)…」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「おまえの大好(だいす)きなだんご大家族(だいかぞく)が、可愛(かわい)くないってけなされたらどんな気分(きぶん)になる?」
古河(ふるかわ)「それは…悲(かな)しいです」
朋也(ともや)「だろ。今(いま)、俺(おれ)はその気分(きぶん)だよ」
古河(ふるかわ)「はい…?」
朋也(ともや)「俺(おれ)は古河渚(ふるかわなぎさ)という女(おんな)の子(こ)が好(す)きなんだ。その女(おんな)の子(こ)をけなさないでくれないか」
古河(ふるかわ)「あ、はい…すみませんでしたっ」
古河(ふるかわ)「とっても、可愛(かわい)いと思(おも)いますっ」
古河(ふるかわ)「って…え?」
俺(おれ)は大笑(おおわら)いした。
古河(ふるかわ)はまだ自分(じぶん)の言(い)ったことがよくわかっていないようだった。
古河(ふるかわ)「なんだか、今(いま)、ものすごく恥(は)ずかしいことを言(い)った気(き)がしますっ」
朋也(ともや)「気(き)のせいだろ」
古河(ふるかわ)「そうでしょうか…」
朋也(ともや)「ほら、いこうぜ。遅刻(ちこく)する」
坂(さか)を登(のぼ)り始(はじ)める。
朋也(ともや)「後(あと)な、古河(ふるかわ)」
古河(ふるかわ)「はい」
朋也(ともや)「これからは渚(なぎさ)って呼(よ)んでいいか」
古河(ふるかわ)「はい。わたしも、朋也(ともや)さんって呼(よ)んでいいですか」
朋也(ともや)「ああ、もちろん。さん、じゃなくて、くんだっていいぜ」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん、ですか。可愛(かわい)いです」
朋也(ともや)「だな…」
俺(おれ)の足取(あしど)りは軽(かる)かった。
まさか、この坂(さか)をこんな気持(きも)ちで登(のぼ)る日(ひ)が来(く)るなんて思(おも)いもしなかった。
トストス、とボールをつく音(おと)が聞(き)こえてきた。
渚(なぎさ)が音(おと)のするほうを見(み)る。そして…
渚(なぎさ)「あ…」
驚(おどろ)きに声(こえ)をあげた。
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さんです」
朋也(ともや)「え…?」
俺(おれ)も同(おな)じように目(め)を移(うつ)す。
すると、前庭(ぜんてい)の広場(ひろば)に、バスケットボールをつく春原(すのはら)の姿(すがた)があった。
朋也(ともや)「…あいつ…なんのつもりだ?」
渚(なぎさ)「バスケットボールを始(はじ)めようと思(おも)い立(た)ったんです」
朋也(ともや)「三年(さんねん)だぞ。今(いま)から部活(ぶかつ)に入(い)れるわけないし、無意味(むいみ)だ」
渚(なぎさ)「違(ちが)います。ひとりきりで始(はじ)めたんです」
朋也(ともや)「そんなみじめなことを始(はじ)める奴(やつ)かよ、あいつが」
春原(すのはら)は俺(おれ)たちに気(き)づいたようだ。ドリブルをやめて、こっちに向(む)かって歩(ある)いてくる。
春原(すのはら)「よぅ」
渚(なぎさ)「おはようございます。春原(すのはら)さん」
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さん、バスケットボール、始(はじ)めたんですね」
春原(すのはら)「勘違(かんちが)いするなよ。これは手段(しゅだん)だ」
渚(なぎさ)「はい?」
春原(すのはら)「合唱部(がっしょうぶ)の甘(あま)ちゃんどもにわからせてやるんだよ」
春原(すのはら)「ハンデなんて関係(かんけい)ないってことをな」
春原(すのはら)「やってくれるよな、岡崎(おかざき)」
朋也(ともや)「はぁ?」
春原(すのはら)「僕(ぼく)たちでバスケ部(ぶ)のレギュラーどもに3on3を挑(いど)むんだよ」
春原(すのはら)「そして、勝(か)ってやるんだ」
朋也(ともや)「おまえ…よくそんなこと考(かんが)えついたな」
春原(すのはら)「悔(くや)しいじゃないか。あんなハンデを盾(たて)に、我(わ)が物顔(ものがお)されてんだぜ」
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さん」
春原(すのはら)「あん?」
渚(なぎさ)「手(て)は出(だ)さないでください。絶対(ぜったい)に」
春原(すのはら)「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。それこそ僕(ぼく)たちの負(ま)けだ。これは正々堂々(せいせいどうどう)と勝負(しょうぶ)して勝(か)つことに意味(いみ)があるんだからな」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん」
こそばゆい。
朋也(ともや)「うん?」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くんはどうしますか」
春原(すのはら)「やろうぜ、岡崎(おかざき)」
朋也(ともや)「無理(むり)だ。知(し)ってんだろ」
俺(おれ)は右肩(みぎかた)をもう一方(いっぽう)の手(て)で押(お)さえた。
春原(すのはら)「大丈夫(だいじょうぶ)だ。シュートは僕(ぼく)に任(まか)せろ。おまえは司令塔(しれいとう)でいい」
朋也(ともや)「やらねぇよ」
朋也(ともや)「どうして、俺(おれ)がそんな少年漫画(しょうねんまんが)のような展開(てんかい)に巻(ま)き込(こ)まれなくちゃならないんだよっ」
春原(すのはら)「そりゃあ、岡崎(おかざき)、おまえも当事者(とうじしゃ)だからだ。悔(くや)しくないのか?」
朋也(ともや)「知(し)るかっ、ひとりで少年漫画(しょうねんまんが)してろっ」
朋也(ともや)「いくぞ、渚(なぎさ)」
渚(なぎさ)「あ、でもっ」
強引(ごういん)に渚(なぎさ)の腕(うで)を引(ひ)いて、春原(すのはら)から逃(に)げる。
春原(すのはら)「おい、待(ま)てよっ、岡崎(おかざき)ーっ!」
怒声(どせい)が聞(き)こえ続(つづ)けた。
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん、朋也(ともや)くんってば」
朋也(ともや)「うるさい。あんなのに関(かか)わってたら、おまえ…」
渚(なぎさ)「なんですか?」
朋也(ともや)(おまえと、ふたりきりの時間(じかん)が減(へ)るだろ…)
そんなこと、正面(しょうめん)切(き)って言(い)えるわけがない。
朋也(ともや)「シュートの打(う)てない俺(おれ)が出(で)たって、足(あし)を引(ひ)っ張(ぱ)って恥(はず)かくのが見(み)えてるからな…」
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さん、言(い)ってました。シュートは打(う)たなくていいって」
渚(なぎさ)「それなら、朋也(ともや)くんもできます」
朋也(ともや)「できねぇよ…」
渚(なぎさ)「うーん…」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん、春原(すのはら)さんを手伝(てつだ)ってあげましょう」
朋也(ともや)「何度(なんど)頼(たの)まれても、俺(おれ)は頷(うなず)かないぞ」
先(さき)を急(いそ)ぐ。
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん、朋也(ともや)くんってば」
朋也(ともや)(はぁ…なんていうか…)
数週間前(すうしゅうかんまえ)までは想像(そうぞう)もできない光景(こうけい)だった。
渚(なぎさ)と出会(であ)ってから、いろんなことが変(か)わった。
それは俺(おれ)だけじゃない。
今(いま)の春原(すのはら)もだ。
渚(なぎさ)と出会(であ)った人間(にんげん)は、みんな変(か)わっていく。
どんな方向(ほうこう)かはわからなかったが…少(すく)なくとも最低(さいてい)から違(ちが)う場所(ばしょ)へ向(む)けてだ。
いつものように、渚(なぎさ)と購買(こうばい)でパンを買(か)って、中庭(なかにわ)へ行(い)く。
渚(なぎさ)「いつも、すみません」
朋也(ともや)「いや」
ふたり、石段(いしだん)に座(すわ)り込(こ)む。
渚(なぎさ)「いただきます」
朋也(ともや)「ああ」
もぐもぐ…
…もぐもぐ…
………。
…とんでもなく地味(じみ)なふたりだった。
渚(なぎさ)「お弁当(べんとう)、明日(あした)から作(つく)りたいです」
渚(なぎさ)が食(た)べる手(て)を止(と)めて、そう呟(つぶや)いていた。
朋也(ともや)「いいよ。朝(あさ)、大変(たいへん)になるじゃないか」
渚(なぎさ)「作(つく)りたいです、わたし」
朋也(ともや)「いいって。大変(たいへん)だろ」
渚(なぎさ)「本当(ほんとう)に、作(つく)りたいんです」
朋也(ともや)「いいって。一気(いっき)になんでも抱(かか)え込(こ)もうとするな」
渚(なぎさ)「作(つく)りたいです」
朋也(ともや)「くどいぞ」
渚(なぎさ)「…すみません」
渚(なぎさ)「………」
朋也(ともや)「俺(おれ)はこうしてるだけで…一緒(いっしょ)に居(い)られるだけで十分(じゅうぶん)だから」
渚(なぎさ)「そう…なんですか?」
朋也(ともや)「ああ。だから、その代(か)わりに…」
朋也(ともや)「他(ほか)の男(おとこ)に寄(よ)っていくなよ」
渚(なぎさ)「はい、わかりました」
もぐもぐ…
春原(すのはら)「よぅ」
昼食(ちゅうしょく)を終(お)えたと同時(どうじ)、この穏(おだ)やかな時間(じかん)に波風(なみかぜ)を立(た)てようとする者(もの)が現(あらわ)れる。
春原(すのはら)「練習(れんしゅう)だ、こいよ」
朋也(ともや)「おまえ、俺(おれ)の朝(あさ)の話(はなし)聞(き)いてたか?」
春原(すのはら)「なんだっけ」
朋也(ともや)「断(ことわ)ったんだ。ひとりでやれ」
春原(すのはら)「口(くち)ではそう言(い)うが、本心(ほんしん)は違(ちが)うな」
春原(すのはら)「おまえはバスケがやりたい。僕(ぼく)にはわかっている」
春原(すのはら)「さぁ、こい」
朋也(ともや)「いかねぇって」
春原(すのはら)「あまのじゃくな奴(やつ)だな…」
春原(すのはら)「まぁ、いい。古河(ふるかわ)、こいよ」
渚(なぎさ)「わたし…ですか?」
春原(すのはら)「手伝(てつだ)ってほしいんだ」
渚(なぎさ)「わたし、ドリブルしながら走(はし)れないです。下投(したな)げでないと、シュートもできないです」
渚(なぎさ)「それは、運動音痴(うんどうおんち)というんだそうです」
春原(すのはら)「大丈夫(だいじょうぶ)。ゴール前(まえ)に立(た)ってるだけでいいんだよ」
渚(なぎさ)「それだけでいいんですか?」
春原(すのはら)「ああ。どんなに運動音痴(うんどうおんち)でもできる」
渚(なぎさ)「わかりました」
渚(なぎさ)「じゃあ、お手伝(てつだ)いしてきますね」
俺(おれ)にそう断(ことわ)ってから、立(た)ち上(あ)がる。そして、春原(すのはら)の後(あと)についていこうとした。
渚(なぎさ)「あ…」
その途中(とちゅう)で、声(こえ)をあげて立(た)ち止(ど)まった。
春原(すのはら)「うん?
古河(ふるかわ)、どうしたの」
渚(なぎさ)「すみません、やっぱり手伝(てつだ)えないです」
春原(すのはら)「あん?
どうして」
渚(なぎさ)「他(ほか)の男(おとこ)の人(ひと)についていってはダメなんです」
春原(すのはら)「他(ほか)の男(おとこ)?」
…まずい。
いきなり春原(すのはら)なんて質(しつ)の悪(わる)い奴(やつ)に、俺(おれ)と渚(なぎさ)の関係(かんけい)がばれてしまう。
こいつに知(し)られること、それは弱(よわ)みを握(にぎ)られることと同(おな)じだった。
渚(なぎさ)「はい…」
春原(すのはら)「どうして?
岡崎(おかざき)はいいのに?」
渚(なぎさ)「ええと、それはですね…」
渚(なぎさ)「わたしは今日(きょう)から朋也(ともや)くんのですねっ…」
朋也(ともや)「おい、渚(なぎさ)っ!」
渚(なぎさ)「はい?」
朋也(ともや)「おまえ、職員室(しょくいんしつ)に用(よう)があるって言(い)ってたじゃないか。行(い)かなくていいのか」
渚(なぎさ)「職員室(しょくいんしつ)?」
朋也(ともや)「ああ、行(い)ってこい。早(はや)く、今(いま)すぐ」
渚(なぎさ)「…?」
朋也(ともや)「行(い)けってのっ」
渚(なぎさ)「は、はい。わかりました」
とことこと早足(さそく)で歩(ある)いていった。
春原(すのはら)「………」
その背(せ)を見送(みおく)ってから、春原(すのはら)がこっちを向(む)いた。
春原(すのはら)「…朋也(ともや)くん?」
朋也(ともや)「ああ。俺(おれ)の名(な)は朋也(ともや)だぞ、陽平(ようへい)くん」
春原(すのはら)「………」
白(しろ)い目(め)で見(み)られる。
春原(すのはら)「おまえさ、変(か)わった?」
朋也(ともや)「おまえが、人(ひと)のこと言(い)えるかよ」
春原(すのはら)「………」
春原(すのはら)は肩(かた)でふっ、と息(いき)をつく。
春原(すのはら)「そうだね…」
そして、指(ゆび)の上(うえ)にボールを載(の)せ、片手(かたて)でそれを叩(たた)いて、くるくると回(まわ)し始(はじ)めた。
しばらく黙(だま)って、ふたりでそれを見(み)ていた。
………。
そして、放課後(ほうかご)。
それは、渚(なぎさ)と付(つ)き合(あ)って、初(はじ)めて迎(むか)える自由(じゆう)な時間(じかん)だった。
朋也(ともや)(…待(ま)ってたらいいんだろうか)
朋也(ともや)(それとも、俺(おれ)から迎(むか)えにいくべきなんだろうか…)
朋也(ともや)(つーか、その前(まえ)に…)
春原(すのはら)「………」
この難敵(なんてき)をどうにかしないといけなかった。
朋也(ともや)(あからさまに逃(に)げると目立(めだ)つし、自然(しぜん)に、出(で)ていくか…)
が…
春原(すのはら)「おい、朋也(ともや)くん」
机(つくえ)の奥(おく)に教科書(きょうかしょ)を突(つ)っ込(こ)んだところで、話(はな)しかけられた。
春原(すのはら)「練習(れんしゅう)、するよな」
朋也(ともや)「しないよ、陽平(ようへい)くん」
春原(すのはら)「いや、朋也(ともや)、おまえはするね…」
腕(うで)を掴(つか)まれる。
朋也(ともや)「放(はな)してくれよ、陽平(ようへい)」
俺(おれ)も相手(あいて)の腕(うで)を掴(つか)んで、引(ひ)き離(はな)そうと力(ちから)を入(い)れる。
だが、相手(あいて)も頑(かたく)なに放(はな)そうとしない。
お互(たが)い、ぎりぎりと力(ちから)が入(はい)る。
春原(すのはら)「ふふふ…」
朋也(ともや)「ははは…」
声(こえ)「げ、気色(きしょく)わるっ!」
隣(となり)を通(とお)りかかった奴(やつ)が、腕(うで)を握(にぎ)り合(あ)って微笑(ほほえ)み合(あ)う俺(おれ)たちを見(み)て声(こえ)をあげる。
春原(すのはら)「うっらぁーっ!
何(なに)勘違(かんちが)いしてんだよ、てめぇーっ!」
春原(すのはら)がキレた。
男子生徒(だんしせいと)「い、いや…」
俺(おれ)はその隙(すき)をついて、逃(に)げ出(だ)した。
廊下(ろうか)に出(で)ると、俺(おれ)は全速力(ぜんそくりょく)で駆(か)け、そしてB組(ぐみ)のプレートの真下(ました)に滑(すべ)り込(こ)む。
朋也(ともや)(渚(なぎさ)っ…)
開(ひら)かれたドアの向(む)こうにその姿(すがた)を探(さが)す。
窓際(まどぎわ)の前(まえ)の席(せき)、渚(なぎさ)はまだ椅子(いす)に座(すわ)っていて、教科書(きょうかしょ)を鞄(かばん)の中(なか)に詰(つ)めている。
朋也(ともや)(何(なに)を呑気(のんき)に…)
朋也(ともや)(こっち向(む)けっ)
そう祈(いの)ると同時(どうじ)、渚(なぎさ)と目(め)が合(あ)った。
渚(なぎさ)が照(て)れたように笑(わら)う。えへへと。
朋也(ともや)(えへへじゃないっ)
急(いそ)がないと春原(すのはら)に捕(つか)まってしまう。
俺(おれ)は必死(ひっし)に手招(てまね)きして、急(せ)かした。
少(すこ)しの間(あいだ)、小首(こくび)を傾(かし)げていたが、俺(おれ)の真剣(しんけん)な訴(うった)えが通(つう)じたのか、ようやく立(た)ち上(あ)がって、こちらに向(む)かって小走(こばし)りでやってくる。
渚(なぎさ)「どうしましたかっ」
朋也(ともや)「春原(すのはら)がくる、逃(に)げるぞっ」
その手(て)を引(ひ)く。もう誰(だれ)が見(み)てようが、構(かま)わない。
渚(なぎさ)「え、あ…はいっ」
それほどまでに、俺(おれ)は春原(すのはら)から逃(に)げたい一心(いっしん)だった。
俺(おれ)たちは走(はし)って校門(こうもん)をくぐり抜(ぬ)けた。
そのまま坂(さか)を下(くだ)りきる。
朋也(ともや)「はぁ…はぁっ…」
朋也(ともや)「よし、もう追(お)ってこないだろ」
渚(なぎさ)「はぁ…ドキドキしました」
朋也(ともや)「あいつ、しつこいからな…」
渚(なぎさ)「でも、なんだか楽(たの)しかったです、えへへ」
朋也(ともや)「呑気(のんき)な奴(やつ)だな、おまえ」
渚(なぎさ)「そうですか?」
まさか、付(つ)き合(あ)って初(はじ)めての下校(げこう)が、こんな騒々(そうぞう)しく、疲(つか)れるものになるとは。
まったく…俺(おれ)たちらしかった。
朋也(ともや)「さて…」
俺(おれ)は大(おお)きく深呼吸(しんこきゅう)をする。
放課後(ほうかご)は長(なが)い。
渚(なぎさ)を連(つ)れて、どこにだっていける。
朋也(ともや)「なにをしようか…」
渚(なぎさ)「さて、戻(もど)りましょう」
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「…はい?」
渚(なぎさ)「教室(きょうしつ)に戻(もど)りましょう」
朋也(ともや)「どうして」
渚(なぎさ)「わたし、鞄持(かばんも)ってないです。それに掃除当番(そうじとうばん)です」
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「あのさ」
朋也(ともや)「おまえ、アホな子(こ)だろ」
春原(すのはら)「よぅ、岡崎(おかざき)」
朋也(ともや)「よぅ、すのぴー」
春原(すのはら)「誰(だれ)がすのぴーだ、こら」
春原(すのはら)「うまく逃(に)げおおせたつもりか?」
朋也(ともや)「つもりだったんだけどな…」
春原(すのはら)「うん?」
朋也(ともや)「いや、いい運動(うんどう)だったよ、ったく」
春原(すのはら)「運動(うんどう)はこれからだっての」
朋也(ともや)「俺(おれ)たちはもう終(お)わったんだよ。渚(なぎさ)の掃除(そうじ)が終(お)わったら、帰(かえ)るぞ、俺(おれ)は」
春原(すのはら)「あん?
どうして、待(ま)ってんの」
朋也(ともや)「いいだろ、んなこと、どうだって」
春原(すのはら)「ふぅん」
嫌(いや)な笑(え)みを浮(う)かべる。感(かん)づかれているのだろうか…。
いや、端(はし)から見(み)れば、俺(おれ)たちは、昨日(きのう)までと同(おな)じ関係(かんけい)のはずだった。
朋也(ともや)(しかし…あいつは過剰(かじょう)なほど意識(いしき)してるからな…)
朋也(ともや)(バレるのも時間(じかん)の問題(もんだい)か…)
朋也(ともや)(でも、こいつにだけは知(し)られたくねぇ…)
春原(すのはら)「渚(なぎさ)、ねぇ…」
朋也(ともや)「なんだよ…」
やっぱり時間(じかん)の問題(もんだい)だろうか…。
渚(なぎさ)「お待(ま)たせしました」
春原(すのはら)「よぅ」
渚(なぎさ)「あれ、春原(すのはら)さんも待(ま)っていてくれたんですか」
春原(すのはら)「ああ、渚(なぎさ)ちゃんはうちの部(ぶ)のマネージャーだからね」
渚(なぎさ)「うちの部(ぶ)?」
春原(すのはら)「期間限定(きかんげんてい)3on3部(ぶ)」
朋也(ともや)「勝手(かって)に引(ひ)き込(こ)むんじゃない」
渚(なぎさ)「ぜんぜん構(かま)わないです」
ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ…
その渚(なぎさ)の返答(へんとう)に俺(おれ)はがっくり肩(かた)を落(お)とす。
朋也(ともや)(おまえは俺(おれ)と一緒(いっしょ)に放課後(ほうかご)を過(す)ごしたくないのか…)
渚(なぎさ)「楽(たの)しそうです」
朋也(ともや)(俺(おれ)と一緒(いっしょ)に過(す)ごすのは、楽(たの)しくないのか…)
渚(なぎさ)「ですが、ひとつだけ条件(じょうけん)があります」
春原(すのはら)「うん、なに」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くんも、一緒(いっしょ)に居(きょ)させてください」
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さんとふたりきりになるわけにはいきませんので」
春原(すのはら)「あん?
どうして」
渚(なぎさ)「ええと、それは…」
渚(なぎさ)「わたしは朋也(ともや)くんの、かの…」
朋也(ともや)「渚(なぎさ)、おまえっ!」
渚(なぎさ)「はい?」
朋也(ともや)「職員室(しょくいんしつ)に用(よう)があっただろ?」
渚(なぎさ)「ないです」
渚(なぎさ)「昼休(ひるやす)みも行(い)ったんですけど、やっぱり用(よう)なかったです」
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)、おまえ、わざと話切(はなしき)ってない?」
朋也(ともや)「切(き)ってねぇって」
朋也(ともや)「ていうか、そもそも、おまえのほうが渚(なぎさ)を手伝(てつだ)うはずだったろ」
朋也(ともや)「なんでそれが逆(ぎゃく)の立場(たちば)になってんだよ」
春原(すのはら)「もうパンなんかどうでもいいんだよ。合唱部(がっしょうぶ)の奴(やつ)らに目(め)に物見(ものみ)せてやる」
渚(なぎさ)「パン?」
朋也(ともや)「いや、なんでもない」
春原(すのはら)「とにかく、来(こ)いっての」
渚(なぎさ)「いきましょう、朋也(ともや)くん」
渚(なぎさ)「これが…今(いま)しかできない学校生活(がっこうせいかつ)だと思(おも)います」
…わたしたちが送(おく)ってこれなかった。
そう続(つづ)く気(き)がした。
でも渚(なぎさ)は黙(だま)ったままで、俺(おれ)の服(ふく)の裾(すそ)を握(にぎ)った。
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「く…」
陽(よう)が暮(く)れて…
俺(おれ)は水道水(すいどうすい)を頭(あたま)からかぶって、汗(あせ)を流(なが)していた。
渚(なぎさ)「はい、どうぞ」
渚(なぎさ)がタオルを渡(わた)してくれる。
朋也(ともや)「なにやってんだろうな、俺(おれ)…」
頭(あたま)にそれをかけただけで、歩(ある)き始(はじ)める。
渚(なぎさ)「わたしたちの部活動(ぶかつどう)です。楽(たの)しいです」
渚(なぎさ)はこれだけで満足(まんぞく)なのだろうか。
朋也(ともや)「俺(おれ)、やっぱバスケは無理(むり)だよ」
朋也(ともや)「パス回(まわ)すだけで、なんにもできなかった」
渚(なぎさ)「そんなことないです」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くん、すごくかっこ良(よ)かったです」
朋也(ともや)「そうかよ…」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くんのパスってすごく本格的(ほんかくてき)です。テレビで見(み)る外国(がいこく)の選手(せんしゅ)みたいでした」
朋也(ともや)「んなことねぇよ…」
渚(なぎさ)「本当(ほんとう)にすごかったです」
渚(なぎさ)「それで、わたし、ずっと…ドキドキしてました」
朋也(ともや)「どうして」
渚(なぎさ)「ええと、それは…」
渚(なぎさ)「こんなかっこいい人(ひと)がわたしの彼氏(かれし)なんだって思(おも)って…」
朋也(ともや)「おまえさ…」
渚(なぎさ)「はい」
朋也(ともや)「よくそんな恥(は)ずかしいこと言(い)えるよな」
渚(なぎさ)「えっと…恥(は)ずかしかったでしょうか」
朋也(ともや)「ああ…」
朋也(ともや)「でも、嬉(うれ)しいけどな」
渚(なぎさ)「どっちですか」
渚(なぎさ)「言(い)ってもいいんですか?
言(い)わないほうがいいんですか?」
朋也(ともや)「いいよ。言(い)ってくれ。がんがん言(い)ってくれ」
朋也(ともや)「俺(おれ)がさ、恥(は)ずかしさで転(ころ)げ回(まわ)るぐらいにさ」
渚(なぎさ)「はい。がんばってみます」
渚(なぎさ)「えへへ…」
西日(にしび)に照(て)らされるその笑顔(えがお)は…
俺(おれ)がずっと求(もと)めていたものだった。
俺(おれ)を安心(あんしん)させ続(つづ)けてくれるものだった。
0
seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:11:45
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
clannad渚线剧本注音完成(rc版发布)
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seagull
海鸥
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性别:土豆
生日:1988-06-11
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精华:1
学分:0 个
好人卡:35 张
好感度:55
[辽宁省丹东市]
seagull
2009-05-01 13:58
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只看楼主
40
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T
回复: clannad渚线剧本注音计划
幻想世界
VI
この世界(せかい)はやっぱり終(お)わってしまっていた。
もう、命(いのち)は生(う)まれない。
それがよくわかった。
獣(けもの)に命(いのち)はない。あいつらは、生(い)き物(もの)の形(かたち)をした『何(なに)か』だった。
命(いのち)あるものは、彼女(かのじょ)しか存在(そんざい)しない。
なら…僕(ぼく)はなんなんだろう?
僕(ぼく)に意識(いしき)はある。あいつらとは違(ちが)う。
僕(ぼく)は彼女(かのじょ)が好(す)きだ。ずっと一緒(いっしょ)にいたい。
彼女(かのじょ)が歩(ある)けば、どこまでもついていく。
嫌(きら)われたって、ついていく。
それは、意識(いしき)で、感情(かんじょう)だ。
僕(ぼく)が僕(ぼく)である証拠(しょうこ)だ。
なら、僕(ぼく)は、どこからやってきたのだろう?
僕(ぼく)の『意識(いしき)』というものは、どこからやってきたのだろう?
僕(ぼく)は記憶(きおく)を辿(たど)った。
それは、生(う)まれる前(まえ)の記憶(きおく)。
淀(よど)んだ意識(いしき)の底(そこ)にそれはある。
遠(とお)い昔(むかし)か、遠(とお)い未来(みらい)…僕(ぼく)がいた場所(ばしょ)。
胸(むね)が温(あたた)かくなる場所(ばしょ)。
…ここより、もっと素敵(すてき)な場所(ばしょ)だった?
…いろんなものがあって、毎日(まいにち)が楽(たの)しかった?
…こんなにも寂(さび)しくなかった?
そう…。
いろんなものがあって、楽(たの)しくて、寂(さび)しくない場所(ばしょ)。
僕(ぼく)はそこにいた。
もし、僕(ぼく)に体(からだ)がなかったなら…そこに帰(かえ)れただろうか。
けど、今(いま)の僕(ぼく)には、僕(ぼく)の意識(いしき)をつなぎ止(と)める体(からだ)がある。
彼女(かのじょ)の作(つく)ってくれた体(からだ)がある。
僕(ぼく)はこの世界(せかい)の終(お)わりで生(い)きている。
どうしてそうなったのかは、もうわからないけど…
それでも、良(よ)かった。
彼女(かのじょ)がひとりきりでなくなったから。
僕(ぼく)らは、動(うご)かないガラクタ人形(にんぎょう)を土(つち)に埋(う)めた。
埋葬(まいそう)だ。
その間(あいだ)、彼女(かのじょ)はずっと黙(だま)っていた。
作業(さぎょう)が終(お)わると、僕(ぼく)は彼女(かのじょ)の手(て)を引(ひ)っ張(ぱ)った。
…ん?
彼女(かのじょ)が僕(ぼく)を見下(みお)ろす。
僕(ぼく)は自分(じぶん)の手(て)と手(て)を組(く)み合(あ)わせた。
…また、作(つく)るの?
僕(ぼく)は頷(うなず)く。
…でも、動(うご)かないんだよ。
…友達(ともだち)はね…できないんだよ。
寂(さび)しげに言(い)った。
僕(ぼく)は首(くび)を振(ふ)った。
…別(べつ)のものを作(つく)るの?
こくん。
…なにを?
僕(ぼく)はじっと突(つ)っ立(た)ったままでいた。
それは僕(ぼく)にもわからない。
ただ、そうするべきなんじゃないかと思(おも)っただけだ。
彼女(かのじょ)は、ガラクタを組(く)み合(あ)わせて、何(なに)かを作(つく)ることができる。
それは僕(ぼく)にはできない。
彼女(かのじょ)だけができる、特別(とくべつ)なことだった。
ならきっと、意味(いみ)があることなんだと思(おも)う。
僕(ぼく)は振(ふ)り返(かえ)る。
僕(ぼく)らが暮(く)らす、あの小屋(こや)だって、彼女(かのじょ)が作(つく)ったものなんじゃないだろうか。
…あんな大(おお)きいのは無理(むり)だよ。
彼女(かのじょ)がそう言(い)った。
…でも、時間(じかん)をかければできるかもね。
こくん、と僕(ぼく)は頷(うなず)く。
…じゃあ、どうしよう。
僕(ぼく)はぴょんぴょんとその場(ば)で跳(は)ねてみせた。
こんなふうに、心(こころ)躍(おど)るものがいい。
それを彼女(かのじょ)が作(つく)って、僕(ぼく)が手伝(てつだ)う。
それは、とても楽(たの)しいことだと思(おも)えた。
0
seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:12:29
がんばれるなら、がんばるべきなんです。
進めるなら、前に進むべきなんです。
clannad渚线剧本注音完成(rc版发布)
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