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同棲編,0,]
客足(きゃくあし)も途絶(とだ)え始(はじ)めた午後(ごご)、いつものように俺(おれ)は店内(てんない)で暇(ひま)を持(も)てあましていた。
オッサンは最後(さいご)のパンを焼(や)き終(お)えると、宿題(しゅくだい)を終(お)えた子供(こども)のように嬉々(きき)としてどこかに出(で)かけてしまった。
朋也(ともや)(少(すこ)し、外(そと)の空気(くうき)を吸(す)ってこよう…)
俺(おれ)は表(おもて)に出(で)た。
晴(は)れ渡(わた)った空(そら)を見(み)ながら伸(の)びをする。
朋也(ともや)「ふぅ…」
そのまま視線(しせん)を下(お)ろした先(さき)…
公園(こうえん)の高(たか)い位置(いち)に、人(ひと)がいるのを見(み)つけた。
高(たか)い位置(いち)、というのはまさしく空中(くうちゅう)で、一瞬(いっしゅん)驚(おどろ)く。
が、よく見(み)ると、なんてことはなく、梯子(はしご)に登(のぼ)った作業員(さぎょういん)だった。
街灯(がいとう)を取(と)りつけているようだ。
それは見覚(みおぼ)えのある光景(こうけい)だった。
学生(がくせい)の時(とき)に、俺(おれ)もその仕事(しごと)を一日(いちにち)だけ、手伝(てつだ)ったことがあった。
そして、あの日(ひ)、俺(おれ)は思(おも)い知(し)ったはずだった。
いかに自分(じぶん)が、ぬくぬくと暮(く)らしていたかを。
そして、厳(きび)しい社会(しゃかい)が待(ま)っていることを。
なのに俺(おれ)は、未(ま)だなお、古河家(ふるかわけ)というぬるま湯(ゆ)に浸(つ)かっていた。
あの時(とき)の作業員(さぎょういん)だって、自分(じぶん)とさほど歳(とし)の変(か)わらない男(おとこ)で…そのことでもショックを受(う)けたはずだ。
朋也(ともや)(なのに、俺(おれ)はまだ、こんなところで…)
歯(は)がゆさと共(とも)に、いろんなことを思(おも)い出(だ)していた。
そして、その厳(きび)しさに見合(みあ)う対価(たいか)が得(え)られることも。
あの額(がく)ならば、自分(じぶん)の力(ちから)だけで食(く)っていける。オッサンや早苗(さなえ)さんに頼(たよ)らずに。
俺(おれ)は目(め)を凝(こ)らし、作業員(さぎょういん)の顔(かお)を判別(はんべつ)しようとした。
遠(とお)くてよくわからない。けど、背格好(せかっこう)が似(に)ている気(き)がする。
別(べつ)に違(ちが)ったっていい。俺(おれ)は焦燥(しょうそう)に駆(か)られて走(はし)り出(だ)していた。
作業員(さぎょういん)「ふぅ…」
作業員(さぎょういん)は地面(じめん)に降(お)り立(た)ち、煙草(たばこ)をふかしていた。
納得(なっとく)がいく仕事(しごと)ができたのか、街灯(がいとう)を見上(みあ)げて、何度(なんど)か頷(うなず)いている。
朋也(ともや)「芳野(よしの)…さんっ」
その名(な)を呼(よ)んだ。
芳野(よしの)「あん?」
顔(かお)がこちらに向(む)く。芳野祐介(よしのゆうすけ)…いや、芳野(よしの)さんだった。
朋也(ともや)「ちっす」
芳野(よしの)「………」
芳野(よしの)「…ああ。よぅ」
少(すこ)し考(かんが)えた後(あと)、思(おも)い出(だ)したように、挨拶(あいさつ)を返(かえ)してくれた。
芳野(よしの)「ええと…確(たし)か、手伝(てつだ)ってくれた奴(やつ)だったよな…」
朋也(ともや)「岡崎(おかざき)っす」
芳野(よしの)「ああ、そう。岡崎(おかざき)な」
芳野(よしの)「どうした。また暇(ひま)なのか」
朋也(ともや)「俺(おれ)を雇(やと)ってくださいっ」
そう頭(あたま)を下(さ)げていた。
芳野(よしの)「え、マジか…」
朋也(ともや)「ええ。マジっす」
芳野(よしの)「それは助(たす)かるがな…。こっちは、いつだって人手不足(ひとでぶそく)だからな」
芳野(よしの)「けど、おまえも知(し)ってるように、きつい仕事(しごと)だ」
朋也(ともや)「覚悟(かくご)の上(うえ)っす」
芳野(よしの)「一年前(いちねんまえ)のおまえは、一本立(いっぽんだ)てるだけでへたれてたよな」
朋也(ともや)「それは…慣(な)れれば大丈夫(だいじょうぶ)だと思(おも)います」
芳野(よしの)「………」
朋也(ともや)「頑張(がんば)ります」
芳野(よしの)「そうか…」
芳野(よしの)「OK。雇(やと)おう」
芳野(よしの)「いつから働(はたら)ける」
朋也(ともや)「来月頭(らいげつとう)からお願(ねが)いしたいっす」
芳野(よしの)「よし、わかった」
芳野(よしの)「じゃ、改(あらた)めてよろしく」
朋也(ともや)「よろしくお願(ねが)いします」
握手(あくしゅ)をした。
朋也(ともや)「あのな、渚(なぎさ)」
朋也(ともや)「話(はなし)がある」
俺(おれ)たちは、向(む)かい合(あ)って座(すわ)っていた。
渚(なぎさ)「はい、なんでしょう」
朋也(ともや)「俺(おれ)、新(あたら)しい仕事(しごと)見(み)つけたんだ」
渚(なぎさ)「…え?
仕事(しごと)、変(か)えるんですか?」
渚(なぎさ)にとっては寝耳(ねみみ)に水(みず)。それは当然(とうぜん)で、一日(いちにち)でこんな大事(だいじ)なことを決(き)めてしまうなんて、自分(じぶん)でも驚(おどろ)くほどだった。
でも、現実(げんじつ)を突(つ)きつけられてしまえば、もう、誰(だれ)かを頼(たよ)りにする生活(せいかつ)なんて、これ以上(いじょう)続(つづ)けていられなかった。
渚(なぎさ)「パン屋(や)のお仕事(しごと)、合(あ)わなかったですか」
朋也(ともや)「いや、違(ちが)う。そういう問題(もんだい)じゃないんだ」
朋也(ともや)「正直(しょうじき)、オッサンや早苗(さなえ)さんと働(はたら)くのは楽(たの)しい」
朋也(ともや)「仕事(しごと)も楽(らく)だし、ご飯(はん)だって宿(やど)だって付(つ)いてる」
朋也(ともや)「でもそれじゃダメなんだ。甘(あま)すぎるんだよ」
朋也(ともや)「オッサンや早苗(さなえ)さんに頼(たよ)ってばっかで…」
朋也(ともや)「俺(おれ)、腑抜(ふぬ)けになっちまう」
朋也(ともや)「だから、別(べつ)の仕事(しごと)に就(つ)くことにした」
朋也(ともや)「たぶん、きつい仕事(しごと)だけどさ…それでも今(いま)よりもっとたくさん稼(かせ)げる」
朋也(ともや)「それで、近(ちか)くにアパートを見(み)つけて、下宿(げしゅく)する」
朋也(ともや)「そうして誰(だれ)にも頼(たよ)らず、自分(じぶん)の力(ちから)だけでやっていきたいんだ」
渚(なぎさ)「この家(いえ)…出(で)るんですか」
朋也(ともや)「ああ、出(で)る」
渚(なぎさ)「そんな…寂(さび)しいです」
朋也(ともや)「………」
俺(おれ)は正座(せいざ)をして、改(あらた)まって渚(なぎさ)に向(む)き直(なお)った。
朋也(ともや)「一緒(いっしょ)にきてくれないか、渚(なぎさ)」
そう告(つ)げていた。
朋也(ともや)「寂(さび)しくなったら、ここに帰(かえ)ってきたらいい」
朋也(ともや)「いつだって、そうしてくれて構(かま)わない」
朋也(ともや)「でも、俺(おれ)はそうならないように頑張(がんば)りたい」
朋也(ともや)「俺(おれ)の手(て)で、おまえを幸(しあわ)せにしてみたいんだ」
朋也(ともや)「俺(おれ)だけの力(ちから)で」
朋也(ともや)「だから、そう決(き)めたんだ」
朋也(ともや)「な、渚(なぎさ)」
朋也(ともや)「ふたりで暮(く)らしてくれないか」
渚(なぎさ)「………」
渚(なぎさ)「はい、わかりました」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くんがそう言(い)ってくれるなら、わたしはついていきます」
嬉(うれ)しかった。
俺(おれ)は、渚(なぎさ)を自分(じぶん)の力(ちから)だけで、守(まも)っていく。
生(い)きていく理由(りゆう)を見(み)つけた気(き)がした。
渚(なぎさ)「まだ学生(がくせい)ですから…いろんなことできないですけど…」
朋也(ともや)「いいんだよ、何(なに)もしてくれなくても、そばに居(い)てくれれば」
朋也(ともや)「俺(おれ)は、自分(じぶん)ひとりの力(ちから)を試(ため)したいんだから」
歯車(はぐるま)はきしみをあげて、回(まわ)っていく。
いや、それを回(まわ)しているのは、俺(おれ)の思(おも)いだ。
人(ひと)の、思(おも)いだ。
18歳(さい)の今(いま)、俺(おれ)はそのことに気(き)づいた。
休(やす)みの日(ひ)に、ふたりでアパートを訪(おとず)れた。
6畳半(じょうはん)のワンルーム。トイレも風呂(ふろ)もついて、一月3万(いちがつまん)という安(やす)さだった。
だけど、築(ちく)20年(ねん)を越(こ)えていたから、相当(そうとう)に古(ふる)い。
普通(ふつう)の女(おんな)の子(こ)だったら、こんなところに連(つ)れてこられたなら…
そして、それがこの先(さき)の住(す)まいだと言(い)われたならば血相(けっそう)を変(か)えて帰(かえ)ってしまうだろう。
でも、渚(なぎさ)は違(ちが)った。
渚(なぎさ)「素敵(すてき)です」
まだ何(なに)もないシミだらけの部屋(へや)を見渡(みわた)して言(い)った。
そして、小(ちい)さな流(なが)しの前(まえ)に立(た)つ。
渚(なぎさ)「とんとんとんって」
渚(なぎさ)「毎日(まいにち)、朋也(ともや)くんのご飯(はん)作(つく)ります」
朋也(ともや)「いや、学業(がくぎょう)に差(さ)し支(つか)えるから、いいよ」
朋也(ともや)「ただ、渚(なぎさ)はここで暮(く)らしてくれるだけでいいんだ」
朋也(ともや)「そうしたら、俺(おれ)はずっと頑張(がんば)れる」
渚(なぎさ)「そんなの嫌(いや)です」
渚(なぎさ)「朋也(ともや)くんだけ、がんばらないでほしいです」
渚(なぎさ)「わたしも、がんばりたいです」
朋也(ともや)「ああ、そうだったな…」
朋也(ともや)「ふたりで頑張(がんば)ろう」
渚(なぎさ)「はい」
朋也(ともや)「後(あと)は…おまえの両親(りょうしん)の説得(せっとく)か」
いまだ、オッサンと早苗(さなえ)さんには話(はなし)を切(き)り出(だ)せずにいた。
住居(じゅうきょ)と仕事(しごと)、このふたつを自分(じぶん)の手(て)で用意(ようい)してからにしたかったのだ。
俺(おれ)たちの決意(けつい)の固(かた)さを、そうして示(しめ)したかった。
渚(なぎさ)「はい」
渚(なぎさ)「でも、わたしが頼(たの)めば、なんとかなると思(おも)います」
朋也(ともや)「いや、それは卑怯(ひきょう)だろ」
渚(なぎさ)「え?
卑怯(ひきょう)、でしょうか…」
朋也(ともや)「俺(おれ)がおまえを連(つ)れていくんだからな」
朋也(ともや)「俺(おれ)が言(い)わないと、向(む)こうだって、本当(ほんとう)の気持(きも)ちがぶつけられないだろ?」
渚(なぎさ)「それはそうかもしれないです。わたしだと、きっと優(やさ)しいことしか言(い)わないです」
朋也(ともや)「ああ。それに、これだけは男(おとこ)の務(つと)めだ。おまえに助(たす)けられたら、俺(おれ)が鬱(うつ)になるよ」
渚(なぎさ)「そうですか…」
渚(なぎさ)「わかりました。今回(こんかい)は朋也(ともや)くんにお任(まか)せします」
その日(ひ)の夜(よる)、まずは早苗(さなえ)さんに、打(う)ち明(あ)けてみた。
早苗(さなえ)「そうですか」
早苗(さなえ)「わたしは反対(はんたい)しません。どちらかというと賛成(さんせい)です」
朋也(ともや)「でも、俺(おれ)…連(つ)れていくんですよ、渚(なぎさ)を」
早苗(さなえ)「朋也(ともや)さん」
朋也(ともや)「はい」
早苗(さなえ)「あの子(こ)は朋也(ともや)さんと出会(であ)ってから、とても強(つよ)くなりました」
早苗(さなえ)「そして、今(いま)も、強(つよ)くなろうとしてるんです」
早苗(さなえ)「朋也(ともや)さんと、ふたりで」
朋也(ともや)「ええ…」
早苗(さなえ)「そんなふたりが決(き)めたことです。わたしには見送(みおく)ることしかできません」
朋也(ともや)「………」
目頭(まがしら)が熱(あつ)くなるのを感(かん)じた。
今(いま)、俺(おれ)がしようとしてること…
それは、早苗(さなえ)さんが積(つ)み重(かさ)ねてきたものすべてを、奪(うば)うことじゃないのか…。
いつか来(く)る日(ひ)だとしても…
それでも、それが俺(おれ)で良(よ)かったのか。
朋也(ともや)「すみません…俺(おれ)なんかで」
だから、そう謝(あやま)っていた。
早苗(さなえ)「朋也(ともや)さん、自分(じぶん)に自信(じしん)を持(も)ってください」
早苗(さなえ)「きっと、朋也(ともや)さんは、自分(じぶん)で思(おも)っている以上(いじょう)に、素敵(すてき)な男性(だんせい)ですよ」
朋也(ともや)「そんなことないでしょう…」
早苗(さなえ)「いえ…」
早苗(さなえ)「だって、あの子(こ)が、好(す)きになった人(ひと)ですから」
そう…それだけは自信(じしん)が持(も)てる。
あいつは俺(おれ)を好(す)きでいてくれてるから…
だから、連(つ)れていける。
早苗(さなえ)「もちろん、わたしも好(す)きですよ」
朋也(ともや)「はは…ありがとうございます」
早苗(さなえ)「それに、秋生(あきお)さんも」
朋也(ともや)「マジっすか」
早苗(さなえ)「はい」
朋也(ともや)「いや、あの人(ひと)が一番(いちばん)の壁(かべ)なんすけど」
早苗(さなえ)「まだ、言(い)ってないんですよね」
朋也(ともや)「ええ…」
早苗(さなえ)「頑張(がんば)ってください」
早苗(さなえ)さんは、最後(さいご)に励(はげ)ましの言葉(ことば)を俺(おれ)にかけると、それ以上(いじょう)のことは何(なに)も言(い)ってこなかった。
早苗(さなえ)さんの性格(せいかく)から、いらぬ世話(せわ)を焼(や)かれかねないと思(おも)っていたが、それも杞憂(きゆう)だったようだ。
早苗(さなえ)さんもわかっているのだ。これは俺(おれ)から話(はな)さなければならないことなのだと。
ひとりの男(おとこ)として試(ため)されてる気(き)がした。
気(き)を引(ひ)き締(し)める。
とりあえず俺(おれ)は、オッサンの機嫌(きげん)がいい時(とき)を見計(みはか)らうことにした。
しかしオッサンは、ひとつの言動(げんどう)の中(なか)で、喜(よろこ)びの感情(かんじょう)と怒(いか)りの感情(かんじょう)を同居(どうきょ)させることのできる類(たぐい)まれなる才能(さいのう)に恵(めぐ)まれた人(ひと)である。
それは良(よ)く言(い)えばであって、悪(わる)く言(い)えば『超(ちょう)きまぐれな人(ひと)』だった。
午後(ごご)の平和(へいわ)な古河(ふるかわ)パン。
もうすぐ暇(ひま)を持(も)て余(あま)したオッサンが、姿(すがた)を現(あらわ)すはずだった。
朋也(ともや)(パンも焼(や)き終(お)えて、一息(ひといき)つくところだから、リラックスして話(はなし)を聞(き)いてくれるかもな…)
その姿(すがた)が現(あらわ)れるのをじっと待(ま)つ。
朋也(ともや)(緊張(きんちょう)する…)
が…
秋生(あきお)「なんじゃこりゃぁあぁぁぁーーっ!」
いきなり怒声(どせい)があがる。
その声(こえ)の主(あるじ)が肩(かた)を怒(おこ)らせて現(あらわ)れた。
朋也(ともや)「ど、どうした、オッサン」
秋生(あきお)「どうしたもこうしたもねぇぜ、最悪(さいあく)の気分(きぶん)だぜっ!」
秋生(あきお)「見(み)ろ、これ」
言(い)って、カウンターに叩(たた)きつけたものは、雑誌(ざっし)だった。
それを拾(ひろ)い上(あ)げて、俺(おれ)は目(め)を通(とお)す。
朋也(ともや)「…占(うらな)い?」
秋生(あきお)「ああ、蟹座(かにざ)の欄(らん)を見(み)てみろっ」
『今月(こんげつ)のあなたは大切(たいせつ)なものを他人(たにん)に横取(よこど)りされるかも。大(だい)ショックでしばらく寝込(ねこ)みそう』
朋也(ともや)(ぐはー…ずばり当(あ)たってるよ…)
秋生(あきお)「なっ、胸(むね)くそ悪(あく)ぃだろっ。かっ、縁起(えんぎ)でもねぇぜ」
朋也(ともや)「そ、そうだな…」
秋生(あきお)「てめぇはどうなんだ。自分(じぶん)のところ読(よ)んでみろ」
朋也(ともや)「えっと…」
朋也(ともや)「今月(こんげつ)のあなたは軽(かる)い身(み)のこなしで他人(たにん)のものを横取(よこど)りゲット!
相手(あいて)は大激怒(おおげきど)、逃(に)げるが勝(か)ち!」
秋生(あきお)「てめぇかあぁぁーーっっ!」
秋生(あきお)「しかも、逃(に)げるが勝(か)ちだとおぉぉーっ!?」
朋也(ともや)「ち、違(ちが)うって、占(うらな)いだろ、占(うらな)いっ!」
秋生(あきお)「かっ、まぁ、そうだがよっ…」
秋生(あきお)「でもな、このダークプリンセス今日子先生(きょうこせんせい)の占(うらな)いはよく当(あ)たるんだよ…」
案外(あんがい)可愛(かわい)いところのある人(ひと)だった。
秋生(あきお)「ちっ、なんにしても今月(こんげつ)は最悪(さいあく)の滑(すべ)りだしだぜ」
秋生(あきお)「いいか、しばらく俺(おれ)に近(ちか)づくんじゃねぇぞ、この疫病神(やくびょうがみ)がっ」
大股(おおまた)で歩(ある)いていった。
朋也(ともや)「………」
呆然(ぼうぜん)と立(た)ちつくす俺(おれ)。
朋也(ともや)「はぁ…どうすんだよ、俺(おれ)…」
ため息(いき)をつくしかなかった。
早苗(さなえ)「話(はなし)はできましたか」
朋也(ともや)「いえ、まだっす…」
朋也(ともや)「なんか今月(こんげつ)は無理(むり)なような気(き)がしますよ…」
朋也(ともや)「くそ…ダークプリンセス今日子(きょうこ)めっ…」
早苗(さなえ)「はい?
どちらさんですか?」
朋也(ともや)「いえ、なんでもないっす。くだらない占(うらな)い師(し)っす」
早苗(さなえ)「でも、入居(にゅうきょ)は今月(こんげつ)からなんですよね?」
朋也(ともや)「ええ、そうっす」
早苗(さなえ)「だったら、早(はや)く言(い)わないとダメですよ」
朋也(ともや)「え、ええ…」
秋生(あきお)「うわっはっはっはっはっ!」
いきなり笑(わら)い声(ごえ)が聞(き)こえてきた。
秋生(あきお)「よぅ、小僧(こぞう)」
不気味(ぶきみ)なほどに機嫌(きげん)がいい。
秋生(あきお)「これを見(み)ろ、見(み)ねぇと、てめー、しばくぞこら」
その手(て)には、ロボットのプラモデルが載(の)っていた。
秋生(あきお)「このモデルは入手困難(にゅうしゅこんなん)なんだぞ、どうだ参(まい)ったか、参(まい)ったと言(い)えこの野郎(やろう)」
あれからずっとこれを作(つく)っていたのだろうか。かなり子供(こども)っぽい人(ひと)だった。
秋生(あきお)「見(み)ろよ、このツノの部分(ぶぶん)をよぅ。痺(しび)れるぜぇ。痺(しび)れるだろ?」
朋也(ともや)「いや、さほどは」
秋生(あきお)「ちっ、この良(よ)さがわからんのか、今(いま)の若者(わかもの)はっ」
秋生(あきお)「うーむ…カッコイイぜ」
こんな機嫌(きげん)のいいオッサンを見(み)たことはない。今(いま)がチャンスだ。
朋也(ともや)「な、オッサン」
秋生(あきお)「ああん?」
俺(おれ)の声(こえ)に振(ふ)り返(かえ)るオッサン。
秋生(あきお)「あ…」
その拍子(ひょうし)に、手(て)からプラモデルが落(お)ちた。
秋生(あきお)「うお、なんてこったい!」
拾(ひろ)い上(あ)げて、無事(ぶじ)を確(たし)かめる。
秋生(あきお)「な…なんじゃこりゃああああぁぁぁぁーーーーーっ!」
秋生(あきお)「ツノが折(お)れてなくなってるじゃねぇかよぉーっ!」
秋生(あきお)「てめぇ、一緒(いっしょ)に探(さが)せよ、馬鹿(ばか)っ!」
ふたりで必死(ひっし)に床(ゆか)を探(さが)すも、それは見(み)つからなかった。
秋生(あきお)「おめぇ、やっぱ疫病神(やくびょうがみ)だよっ!」
秋生(あきお)「くそぅ、二度(にど)と、遊(あそ)んでやるもんかーっ!」
オッサンは、走(はし)り去(さ)っていった。
朋也(ともや)「………」
呆然(ぼうぜん)と立(た)ちつくす俺(おれ)…。
早苗(さなえ)「話(はなし)はできましたか」
朋也(ともや)「いえ、まだっす」
朋也(ともや)「なんかやっぱ、無理(むり)な気(き)がしてきましたよ…」
朋也(ともや)「くそ…○ンダムめっ…」
早苗(さなえ)「はい?
どちらさんですか?」
朋也(ともや)「いえ、なんでもないっす。くだらない機動戦士(きどうせんし)っす」
早苗(さなえ)「でも、きっと大丈夫(だいじょうぶ)ですよ」
早苗(さなえ)「誠意(せいい)を持(も)って、真剣(しんけん)に話(はな)せばわかってもらえますよ」
朋也(ともや)「そうだといいんですけどね…」
早苗(さなえ)「大丈夫(だいじょうぶ)ですよっ」
朋也(ともや)(ああ、今週(こんしゅう)が終(お)わってしまう…)
翌日(よくじつ)も、話(はなし)を切(き)り出(だ)せないまま、やきもきした時間(じかん)を過(す)ごしていた。
秋生(あきお)「おい、小僧(こぞう)!」
不意打(ふいう)ちのように背後(はいご)から呼(よ)ばれる。
朋也(ともや)(びっくりした…)
朋也(ともや)「なんだよ…」
冷静(れいせい)を装(よそお)って返(かえ)す。
秋生(あきお)「付(つ)き合(あ)え」
朋也(ともや)「なぁ、オッサン。店(みせ)のほうはいいのかよ」
秋生(あきお)「こんな時間(じかん)に客(きゃく)なんてこねぇよ」
秋生(あきお)「それに来(き)たら、ここから見(み)える」
朋也(ともや)「そっかよ…」
秋生(あきお)「おうよ」
秋生(あきお)「こいっ」
オッサンがバットを構(かま)える。
俺(おれ)がピッチャーだった。
朋也(ともや)「いくぞ、オッサン」
秋生(あきお)「思(おも)いきりこいよな。この界隈(かいわい)じゃ、パンを焼(や)くソーサと呼(よ)ばれた男(おとこ)だぜ」
軽(かる)く、一球(いっきゅう)投(な)げてみる。
オッサンはそのスローボールを見逃(みのが)した。
秋生(あきお)「てめぇ、なめてんのか」
朋也(ともや)「わかった、もう少(すこ)し真剣(しんけん)に投(な)げるよ」
ボールを受(う)け取(と)る。
そもそも肩(かた)があがらないから、上投(うえな)げはできない。
サイドスローなら、肘(ひじ)の力(ちから)だけでなんとか投(な)げられる。
振(ふ)りかぶり、二球目(にきゅうめ)を投(な)げた。
秋生(あきお)「ちょこざいわああぁっ!」
カィーーーーーーーーン!
大飛球(だいひきゅう)。
振(ふ)り返(かえ)っても、どこに飛(と)んでいったかわからない。
………。
……。
…ガシャーーン!
朋也(ともや)「なんか聞(き)こえたな…」
秋生(あきお)「気(き)のせいだろ。さ、仕事(しごと)だ」
朋也(ともや)「こらこら、あんたが割(わ)ったんだろっ!」
秋生(あきお)「何(なに)が悲(かな)しくて、こんな歳(とし)にもなって、窓(まど)ガラスを特大(とくだい)ホームランで割(わ)っちゃいました、ごめんなさい…」
秋生(あきお)「なんて謝(あやま)らにゃならないんだよっ!」
朋也(ともや)「事実(じじつ)だろっ!
いけよっ!」
秋生(あきお)「おまえひとりでいけ。おまえの若(わか)さなら、まだ恥(は)ずかしくねぇだろ」
朋也(ともや)「だから、割(わ)ったのはあんただろっ!」
秋生(あきお)「行(い)ってくれたら今(いま)のホームランはなかったことにしてやろう。まだ0-0だ」
朋也(ともや)「試合(しあい)なんかしてねぇよっ」
秋生(あきお)「ちっ…」
秋生(あきお)「いくしかないのか…」
朋也(ともや)「当然(とうぜん)だろ、馬鹿(ばか)」
グローブを手(て)に填(は)めたままの俺(おれ)と、バットを肩(かた)に載(の)せて歩(ある)くオッサン。
朋也(ともや)(いい歳(とし)こいて…アホなふたりだ…)
秋生(あきお)「そうだ、おまえ」
朋也(ともや)「あん?」
秋生(あきお)「今月分(こんげつぶん)の給料(きゅうりょう)…100円(えん)上乗(うわの)せしておいてやろう」
朋也(ともや)「そりゃ、どうも」
100円(えん)では嬉(うれ)しくもないが、一応(いちおう)礼(れい)を言(い)っておく。
秋生(あきお)「だからな、おまえ…」
朋也(ともや)「ああ」
秋生(あきお)「ひとりで行(い)ってくれ!」
だっ!と逃(に)げ出(だ)す。
朋也(ともや)「こらっ!
小学生(しょうがくせい)か、あんたはっ!」
服(ふく)の裾(すそ)を掴(つか)んで、引(ひ)き戻(もど)す。
秋生(あきお)「冗談(じょうだん)だ、馬鹿(ばか)」
朋也(ともや)「マジで逃(に)げようとしたじゃないか、今(いま)」
秋生(あきお)「くそぅ、200円(えん)だったか」
だから、そういう問題(もんだい)じゃない。
前方(ぜんぽう)にまばらだったけど、人(ひと)の集(あつ)まりが見(み)えた。
朋也(ともや)「ああ、あそこだな。近所(きんじょ)の人(ひと)たちが集(あつ)まってるぜ」
秋生(あきお)「マジか…とんでもない醜態晒(しゅうたいさら)すことになるな…」
朋也(ともや)「自業自得(じごうじとく)だろ」
秋生(あきお)「仕方(しかた)ねぇな…」
秋生(あきお)「ちぃーっす」
挨拶(あいさつ)と共(とも)に、その中(なか)に割(わ)って入(はい)る。
主婦(しゅふ)「あら、古河(ふるかわ)さん」
秋生(あきお)「おぅ、悪(わる)い悪(わる)い。それ打(う)ったの、俺(おれ)なんだ」
主婦(しゅふ)「相変(あいか)わらず、やんちゃですね、古河(ふるかわ)さんは」
秋生(あきお)「違(ちが)う、こいつが、あんちゃんの特大(とくだい)ホームラン見(み)たいよぅってせがむんだ」
朋也(ともや)「誘(さそ)ったのは、あんただろっ」
主婦(しゅふ)「ふふふ…」
主婦(しゅふ)「大丈夫(だいじょうぶ)、わかってるわよ」
おばさんは笑(わら)って俺(おれ)に言(い)った。
結局(けっきょく)、みんな知(し)っているのだ。オッサンの人柄(ひとがら)を。
だから、誰(だれ)ひとりとして非難(ひなん)しようとしない。笑(わら)い声(ごえ)だけが、ずっと続(つづ)いていた。
俺(おれ)の前(まえ)では、俺以上(おれいじょう)に子供(こども)で、言動(げんどう)も乱暴(らんぼう)で、なんの取(と)り柄(え)もないような人(ひと)だったけど…
それでも、そんな光景(こうけい)を見(み)せられたら俺(おれ)にだってわかる。
やっぱり、早苗(さなえ)さんが選(えら)んだこの人(ひと)は、いい人(ひと)なのだと。
取(と)り柄(え)はないかもしれないけど、周(まわ)りに笑(わら)いを絶(た)やさずいてくれる人(ひと)。
それは、何(なに)よりもの取(と)り柄(え)なのかもしれない。
笑(わら)っていられれば、そのとき人(ひと)は、幸(しあわ)せなのだと思(おも)うから。
なら、この人(ひと)は…
人(ひと)を幸(しあわ)せにする力(ちから)があるのだ。
西日(にしび)の中(なか)、帰路(きろ)についていた。
朋也(ともや)「俺(おれ)もさ…」
秋生(あきお)「あん?」
朋也(ともや)「人(ひと)を笑(わら)わせてみたい」
秋生(あきお)「おぅ、くすぐってやれ」
朋也(ともや)「いや、そういう意味(いみ)じゃなくて…」
朋也(ともや)「オッサンみたいにだよ」
秋生(あきお)「あん?
俺(おれ)、んなことしてたか?」
朋也(ともや)「オッサンは渚(なぎさ)や早苗(さなえ)さんだけじゃなくて、近所(きんじょ)のひとたち、みんな笑(わら)わせてるじゃないか」
秋生(あきお)「なんだよ、そりゃ…俺(おれ)がアホみたいじゃねぇかよっ」
朋也(ともや)「いや、違(ちが)うよ。きっと、いい意味(いみ)でだよ」
秋生(あきお)「ふん、わかんねぇよ、自分(じぶん)じゃ」
朋也(ともや)「だから、俺(おれ)もそうしてみたいんだ」
朋也(ともや)「自分(じぶん)の力(ちから)だけで、笑(わら)わせてみたい」
朋也(ともや)「大切(たいせつ)な人(ひと)…渚(なぎさ)を」
秋生(あきお)「………」
朋也(ともや)「連(つ)れていっていいか、あいつを」
秋生(あきお)「どこへだよ…」
朋也(ともや)「この近(ちか)くでアパート借(か)りて、俺(おれ)、独(ひと)り暮(く)らし始(はじ)めようと思(おも)ってるんだ」
朋也(ともや)「そこへ」
秋生(あきお)「んな金(かね)、あるのかよ」
朋也(ともや)「新(あたら)しい仕事(しごと)の当(あ)てもあるんだ。そこで、がむしゃらに働(はたら)いて、稼(かせ)ぐ」
朋也(ともや)「そうやって、自分(じぶん)ひとりの力(ちから)で、渚(なぎさ)を笑(わら)わせたい」
秋生(あきお)「渚(なぎさ)は…」
秋生(あきお)「あいつは、なんて言(い)ってんだよ…」
朋也(ともや)「一緒(いっしょ)にいくって、そう言(い)ってくれてる」
秋生(あきお)「そっか…」
秋生(あきお)「………」
しばらく沈黙(ちんもく)が続(つづ)いた。
オッサンは何(なに)を考(かんが)えているのだろうか。
秋生(あきお)「前(まえ)に話(はな)しただろう、俺(おれ)たちがパン屋(や)を始(はじ)めた理由(りゆう)」
朋也(ともや)「ああ…」
秋生(あきお)「あいつは自分(じぶん)の小(ちい)さな体(からだ)で、精一杯(せいいっぱい)、訴(うった)えたんだ」
秋生(あきお)「そばに居(い)てくれって」
秋生(あきお)「だから俺(おれ)たちは、あいつのそばに居(い)ることにしたんだ」
朋也(ともや)「………」
秋生(あきお)「でもな、あの日(ひ)から随分(ずいぶん)と時間(じかん)が経(た)った」
秋生(あきお)「もうあいつは、あの日(ひ)のような子供(こども)じゃねぇ」
秋生(あきお)「自分(じぶん)の意志(いし)を言葉(ことば)にして、ちゃんと伝(つた)えられる」
秋生(あきお)「そのあいつが、今度(こんど)はおまえと一緒(いっしょ)に居(い)たいって言(い)うんなら…」
秋生(あきお)「俺(おれ)には何(なに)も言(い)えねぇよ…」
諦(あきら)めたように、ため息(いき)をついた。
こんなにもあっさりと認(みと)めてもらえるなんて、思(おも)ってもみなかった。
でも、それは…誰(だれ)よりも渚(なぎさ)のことがわかっていたからだと思(おも)う。
自分(じぶん)の娘(むすめ)のために、ずっと生(い)きてきたからだと…そう思(おも)う。
秋生(あきお)「いいか」
秋生(あきお)「週(しゅう)に一度(いちど)はあいつとふたりで家(いえ)に顔(かお)を出(だ)すこと」
秋生(あきお)「そして、またあいつの具合(ぐあい)が悪(わる)くなったら、早苗(さなえ)を呼(よ)ぶこと」
秋生(あきお)「この二点(にてん)を守(まも)れ」
朋也(ともや)「ああ、わかった」
秋生(あきお)「後(あと)は、好(す)きにしろ」
言(い)って、オッサンは俺(おれ)を置(お)いていくようにして先(さき)を急(いそ)いだ。
朋也(ともや)「………」
その大(おお)きな背中(せなか)に向(む)かって…
朋也(ともや)「俺(おれ)、あいつを笑(わら)わせ続(つづ)けるからっ」
そう誓(ちか)った。
あんたがこれまでそうしてきたように。
今度(こんど)は俺(おれ)が。
秋生(あきお)「ああ、そうしてやってくれ」
バットが大(おお)きく揺(ゆ)れた。
店(みせ)の前(まえ)に早苗(さなえ)さんが立(た)っていた。
早苗(さなえ)「おふたりとも、お店(みせ)すっぽかしてどこ行(い)ってたんですか?」
秋生(あきお)「はい。こいつが、野球(やきゅう)しよう、って言(い)い出(だ)しました」
どんな大人(おとな)だ、あんた…。
秋生(あきお)「それで、やっほーぅ!俺(おれ)、バッターね!とかはしゃぎまくってよ…」
秋生(あきお)「おいおい、ガキじゃないんだから、フルスイングすんなよって、たしなめたのに…」
秋生(あきお)「ちょこざいわぁぁぁー!とか叫(さけ)びながら、大振(おおぶ)りしやがってよ…」
秋生(あきお)「それで窓(まど)ガラス割(わ)って、なにやってたんだ俺(おれ)…ってブルーになってたのはどこのどいつだ、あん?」
朋也(ともや)「全部(ぜんぶ)あんただよ」
秋生(あきお)「俺(おれ)がそんな子供(こども)みてぇなことするかよ!」
早苗(さなえ)「ごめんなさいね、朋也(ともや)さん」
朋也(ともや)「すべて見透(みす)かされてるよ」
秋生(あきお)「なんでだよっ、こいつのほうが年下(としした)なのに、どうしていい歳(とし)こいた俺(おれ)だと思(おも)うんだぁぁー!」
早苗(さなえ)「毎日(まいにち)プラモデル作(つく)ったり、三角(さんかく)ベースしてたらわかります」
秋生(あきお)「ぐわーっ!
ガキかよ、俺(おれ)はぁぁーっっ!」
頭(あたま)を抱(かか)えて、転(ころ)げ回(まわ)る。
早苗(さなえ)「それに長(なが)い付(つ)き合(あ)いですからね」
秋生(あきお)「ちっ…明日(あした)から趣味(しゅみ)はチェスだ」
早苗(さなえ)「やり方(かた)知(し)ってるんですか?」
秋生(あきお)「知(し)らねぇが、目(め)の前(まえ)に並(なら)べてうんうん唸(うな)ってれば、様(さま)になるだろ」
早苗(さなえ)「すぐに飽(あ)きそうですね」
秋生(あきお)「俺(おれ)は形(かたち)から入(はい)るんだよぉぉーっ!」
こんな人(ひと)を今(いま)さっきまで尊敬(そんけい)していたのかと思(おも)うと、鬱(うつ)になる。
早苗(さなえ)「もう暗(くら)いですから、お店(みせ)、閉(し)めましょうか」
秋生(あきお)「そうだな、今日(きょう)はゲームセットだ」
秋生(あきお)「ちなみに俺(おれ)のホームランはカウントされてるから、てめぇの負(ま)けだぞ」
秋生(あきお)「泣(な)きながら帰(かえ)れ、負(ま)け犬(いぬ)がっ」
秋生(あきお)「つーわけで、俺(おれ)はシャワーを浴(あ)びるぞ。汗(あせ)だくで気持(きも)ち悪(あく)ぃ」
早苗(さなえ)「はい」
早苗(さなえ)「お湯(ゆ)は張(は)らなくていいですか?」
秋生(あきお)「こんな暑(あつ)い日(ひ)に湯(ゆ)になんて浸(つ)かってられるかっ、溶(と)けるだろっ」
早苗(さなえ)「浸(つ)かったほうが疲(つか)れ、とれますよ?」
秋生(あきお)「いいっつってんだよっ」
オッサンが店(みせ)の中(なか)に入(はい)っていく。
早苗(さなえ)「はいはい。着替(きが)え持(も)っていきますね」
朋也(ともや)「あ、早苗(さなえ)さん」
その後(あと)に続(つづ)こうとした早苗(さなえ)さんを引(ひ)き留(と)める。
早苗(さなえ)「はい?」
朋也(ともや)「言(い)いましたよ、俺(おれ)」
早苗(さなえ)「渚(なぎさ)とのことですか?」
朋也(ともや)「はい」
早苗(さなえ)「どうでしたか」
朋也(ともや)「承諾(しょうだく)、得(う)られました」
早苗(さなえ)「そうですか。良(よ)かったですね」
朋也(ともや)「ええ」
朋也(ともや)「予定通(よていどお)り、今月末(こんげつすえ)には家(いえ)を出(で)ます」
早苗(さなえ)「はい」
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