clannad渚线剧本注音完成（rc版发布）

为了方便广大日语初学者（主要指我自己）阅读clannad，体会原版剧本的魅力，于是决定从头给渚线所有汉字注音。
      采用http://clannad.ffsky.cn/download.htm所用的渚线剧本为母本，依照Full Voice版进行校对并注音。并加上目录和选项。
      限于个人水平，如果有疏漏和错误之处还请指正。
      注音已经完成，二三周目重复的剧情就没有上传，word文档中是完整版（重复剧情没有校对，请参考已注音部分……）。下面的回复里的内容没有完全更新，等正式版发布后在统一更新。
      ps：为了防止多文字杀浏览器，把索引和各楼都wrap了，点开之后可以看到全文。
     


注释：黑色：正文；粗体：显示在画面上的文字（非对话框中）；浅灰色：游戏选项（无注音）；
蓝色：光玉相关文字（只在第一次拿光玉或为风子祈祷时出现）；灰色：不出现蓝色文字的时候应该出现的文字。（与蓝色不共存）

古河渚剧本注音修正rc版：word百度网盘下载地址
超人迪迦提供的分流地址：迅雷快传，百度网盘，华为网盘

此为最后一次校对，完成后会发布1.0.0正式版。

特别感谢一家一台ことみ弐号和hkuczc的关注和支持。

一面(いちめん)、白(しろ)い世界(せかい)…
………
雪(ゆき)…
そう、雪(ゆき)だ。
今(いま)なお、それは降(ふ)り続(つづ)け、僕(ぼく)の体(からだ)を白(しろ)く覆(おお)っていく。
ああ…
僕(ぼく)はこんなところで何(なに)をしているのだろう…。
いつからこんなところに、ひとりぼっちで居(い)るのだろう…。
………。
雪(ゆき)に埋(う)もれた…僕(ぼく)の手(て)。
それが、何(なに)かを掴(つか)んでいた。
引(ひ)き上(あ)げる。
真(ま)っ白(しろ)な手(て)。
女(おんな)の子(こ)の手(て)だった。
ああ、そうだった…。
僕(ぼく)はひとりきりじゃなかった。
彼女(かのじょ)の顔(かお)を覆(おお)う雪(ゆき)を払(はら)う。
穏(おだ)やかに眠(ねむ)る横顔(よこがお)が、現(あらわ)れた。
そう…
この子(こ)とふたりで…ずっと居(い)たのだ。
この世界(せかい)で。
この、誰(だれ)もいない、もの悲(かな)しい世界(せかい)で。


この町(まち)は嫌(きら)いだ。
忘(わす)れたい思(おも)い出(で)が染(し)みついた場所(ばしょ)だから。
毎日(まいにち)学校(がっこう)に通(かよ)い、授業(じゅぎょう)を受(う)け、友達(ともだち)とだべり、そして帰(かえ)りたくもない家(いえ)に帰(かえ)る。
何(なに)も新(あたら)しいことなど始(はじ)まらない。
朋也(ともや)（こうしていて、何(なに)かが変(か)わるんだろうか…）
朋也(ともや)（俺(おれ)の生活(せいかつ)は、いつか変(か)わるんだろうか…）
やたらと自然(しぜん)が多(おお)い町(まち)。
山(やま)を迂回(うかい)しての登校(とうこう)。
すべての山(やま)を切(き)り開(ひら)けば、どれだけ楽(らく)に登校(とうこう)できるだろうか。
直線距離(ちょくせんきょり)を取(と)れば、２０分(ぷん)ぐらいは短縮(たんしゅく)できそうだった。
朋也(ともや)（一日(いちにち)、２０分(ぷん)…）
朋也(ともや)（すると、一年(いちねん)でどれぐらい、俺(おれ)は時間(じかん)を得(とく)することになるんだ…）
計算(けいさん)しながら、歩(ある)く。
朋也(ともや)（ああ、よくわかんねぇ…）
辺(あた)りに同校(どうこう)の生徒(せいと)の姿(すがた)はない。
学校(がっこう)に続(つづ)く大通(おおどお)りだから、本来(ほんらい)、生徒(せいと)で賑(にぎ)わっているはずだった。
今日(きょう)が、休日(きゅうじつ)というわけでもない。
つまりは…生徒(せいと)が登校(とうこう)すべき時間(じかん)ではない、ということ。
けど、そんな閑散(かんさん)とした光景(こうけい)を目(ま)の当(あ)たりにしても俺(おれ)は焦(あせ)ることなく、悠長(ゆうちょう)に歩(ある)き続(つづ)けた。
………。
校門(こうもん)まで残(のこ)り２００メートル。
一度(いちど)立(た)ち尽(つ)くす。
朋也(ともや)「はぁ」
ため息(いき)と共(とも)に空(そら)を仰(あお)ぐ。
その先(さき)に校門(こうもん)はあった。
誰(だれ)が好(この)んで、あんな場所(ばしょ)に校門(こうもん)を据(す)えたのか。
長(なが)い坂道(さかみち)が、悪夢(あくむ)のように延(の)びていた。
声(こえ)「はぁ」
別(べつ)のため息(いき)。俺(おれ)のよりかは小(ちい)さく、短(みじか)かった。
隣(となり)を見(み)てみる。
そこに同(おな)じように立(た)ち尽(つ)くす女生徒(じょせいと)がいた。
校章(こうしょう)の色(いろ)から、同(おな)じ三年生(さんねんせい)だとわかる。
けど、見慣(みな)れない顔(かお)だった。
短(みじか)い髪(かみ)が、肩(かた)のすぐ上(うえ)で風(かぜ)にそよいでいる。
女(おんな)の子(こ)「………」
今(いま)にも泣(な)きだしそうな顔(かお)だった。
俺(おれ)なんかは常習犯(じょうしゅうはん)だったからなんとも思(おも)わないが、真面目(まじめ)な奴(やつ)なのだろう…
この時間(じかん)にひとり教室(きょうしつ)に入(はい)っていくことに抵抗(ていこう)があるのだ。
女(おんな)の子(こ)「うんうん…」
何(なに)かを自分(じぶん)に言(い)い聞(き)かせるように、目(め)を瞑(つぶ)って、こくこくと頷(うなず)いている。
女(おんな)の子(こ)「………」
そして少女(しょうじょ)は目(め)を見開(みひら)く。
じっと、高(たか)みにある校門(こうもん)を見(み)つめた。
女(おんな)の子(こ)「この学校(がっこう)は、好(す)きですか」
朋也(ともや)「え…？」
いや、俺(おれ)に訊(き)いているのではなかった。
妄想(もうそう)の中(なか)の誰(だれ)かに問(と)いかけているのだ。
その彼(かれ)（あるいは彼女(かのじょ)）は、どう答(こた)えたのだろうか。
女(おんな)の子(こ)「わたしはとってもとっても好(す)きです」
女(おんな)の子(こ)「でも、なにもかも…変(か)わらずにはいられないです」
女(おんな)の子(こ)「楽(たの)しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ」
女(おんな)の子(こ)「ぜんぶ、変(か)わらずにはいられないです」
たどたどしく話(はな)し続(つづ)ける。
女(おんな)の子(こ)「それでも、この場所(ばしょ)が好(す)きでいられますか」
………。
女(おんな)の子(こ)「わたしは…」
朋也(ともや)「見(み)つければいいだけだろ」
女(おんな)の子(こ)「えっ…？」
少女(しょうじょ)が驚(おどろ)いて、俺(おれ)の顔(かお)を見(み)る。
まるで、今(いま)まで誰(だれ)もいないと信(しん)じていたかのようにだ。
朋也(ともや)「次(つぎ)の楽(たの)しいこととか、うれしいことを見(み)つければいいだけだろ」
朋也(ともや)「あんたの楽(たの)しいことや、うれしいことはひとつだけなのか？
違(ちが)うだろ」
女(おんな)の子(こ)「………」
そう。
何(なに)も知(し)らなかった無垢(むく)な頃(ころ)。
誰(だれ)にでもある。
朋也(ともや)「ほら、いこうぜ」

俺(おれ)たちは登(のぼ)り始(はじ)める。
長(なが)い、長(なが)い坂道(さかみち)を。

0

教師(きょうし)「春原(すのはら)」
教師(きょうし)があるひとりの生徒(せいと)の名(な)を口(くち)にした。
教師(きょうし)「相変(あいか)わらずいないのか」
隣(となり)を見(み)る。そこが春原(すのはら)の席(せき)だった。
こいつの遅刻率(ちこくりつ)は俺(おれ)より高(たか)い。
ふたり合(あ)わせてクラスの不良(ふりょう)生徒(せいと)として名指(なざ)しされることが多(おお)かった。
だからだろう、よく気(き)が合(あ)う。
そして、クラスの中(なか)で、唯一(ゆいいつ)俺(おれ)が心(こころ)を許(ゆる)して話(はな)すことのできる人間(にんげん)だった。
授業(じゅぎょう)が始(はじ)まる。
俺(おれ)は窓(まど)の外(そと)を見(み)て過(す)ごした。
教師(きょうし)の声(こえ)はすべて聞(き)き流(なが)して。
一日(いちにち)の授業(じゅぎょう)を終(お)え、放課後(ほうかご)に。
春原(すのはら)の奴(やつ)は最後(さいご)までこなかった。
結局(けっきょく)、今日(きょう)俺(おれ)が話(はなし)をしたのは、朝(あさ)に出会(であ)った女生徒(じょせいと)だけだった。
実(じつ)に代(か)わり映(ば)えしない毎日(まいにち)。
部活(ぶかつ)にも入(はい)っていない俺(おれ)は、空(から)っぽの鞄(かばん)を掴(つか)むと、だべる生徒(せいと)の合間(あいま)を抜(ぬ)けて、教室(きょうしつ)を後(あと)にした。
家(いえ)に帰(かえ)っても、この時間(じかん)は誰(だれ)もいない。
もとより母親(ははおや)はいなかった。
俺(おれ)が小(ちい)さい頃(ころ)に、交通事故(こうつうじこ)で亡(な)くなったそうだ。顔(かお)すら覚(おぼ)えていなかった。
母(はは)を亡(な)くしたショックでだろうか…残(のこ)された父(ちち)は堕落(だらく)していった。
アルコールを絶(た)やすことなく飲(の)み続(つづ)け、賭(か)け事(ごと)で暇(ひま)を潰(つぶ)す生活(せいかつ)。
少年時代(しょうねんじだい)の俺(おれ)の暮(く)らしは、そんな父(ちち)との言(い)い争(あらそ)いにより埋(う)め尽(つ)くされた。
けど、ある事件(じけん)をきっかけにその関係(かんけい)も変(か)わってしまった。
俺(おれ)に暴力(ぼうりょく)を振(ふ)るい、怪我(けが)を負(お)わせたのだ。
その日(ひ)以来(いらい)、父親(ちちおや)は感情(かんじょう)を表(おもて)に出(だ)さないようになった。
そして、俺(おれ)の名(な)を昔(むかし)のように呼(よ)び捨(す)てではなく、『朋也(ともや)くん』とくん付(づ)けで呼(よ)び、言動(げんどう)に他人行儀(たにんぎょうぎ)を感(かん)じさせるようになった。
それはまさしく、他人同士(たにんどうし)になっていく過程(かてい)だった。
まるで殻(から)に閉(と)じこもっていくように。
今(いま)と過去(かこ)との接点(せってん)を断(た)ち切(き)るように。
突(つ)き放(はな)すならまだ、よかったのに。
傷(きず)つけてくれるなら、まだ救(すく)われたのに。
なのに父(ちち)は学校(がっこう)から帰(かえ)ってきた俺(おれ)の姿(すがた)を見(み)つけると、まるで旧友(きゅうゆう)が訪(おとず)れたように喜(よろこ)んで…そして世間話(せけんばなし)を始(はじ)めるのだ。
胸(むね)が痛(いた)くなって、居(い)たたまれなくなって…
俺(おれ)は家(いえ)を飛(と)び出(だ)すのだ。
だから顔(かお)を合(あ)わせないよう、親父(おやじ)の寝入(ねい)る深夜(しんや)になるまで家(いえ)には戻(もど)らない生活(せいかつ)をずっと続(つづ)けていた。
明(あ)け方(がた)に寝(ね)るから、目覚(めざ)めるのは昼(ひる)近(ちか)く。
高校(こうこう)に入(はい)ってからの俺(おれ)は、毎日(まいにち)のように遅刻(ちこく)だった。
そんな生活(せいかつ)を続(つづ)けて三年(さんねん)近(ちか)くになる。
今日(きょう)も制服(せいふく)だけ着替(きが)えて、親父(おやじ)が帰(かえ)ってくる前(まえ)に折(お)り返(かえ)し家(いえ)を出(で)る。
それが体(からだ)に染(し)みついた日常(にちじょう)だった。
夜(よる)の町(まち)をうろつく。
最後(さいご)に行(い)き着(つ)く場所(ばしょ)はいつも同(おな)じだ。
行(い)きがけにある弁当屋(べんとうや)で、夕飯(ゆうはん)となる弁当(べんとう)を買(か)い求(もと)めた後(あと)…
それを手(て)に、学校(がっこう)の坂下(さかした)に建(た)つ学生寮(がくせいりょう)へ。
うちの学校(がっこう)は特(とく)に部活動(ぶかつどう)に力(ちから)を入(い)れているため、地方(ちほう)から入学(にゅうがく)してくる生徒(せいと)も多(おお)い。
そんな生徒(せいと)たちは親元(おやもと)を離(はな)れて、ここで三年間(さんねんかん)を過(す)ごすことになるのだ。
俺(おれ)のような学生生活(がくせいせいかつ)に夢(ゆめ)も持(も)たない人間(にんげん)とはまったく違(ちが)う人種(じんしゅ)。
関(かか)わり合(あ)いになることもなかったが、こんな場所(ばしょ)にあいつ…春原(すのはら)は住(す)んでいるのだ。
春原(すのはら)は元(もと)サッカー部(ぶ)で、この学校(がっこう)にも、スポーツ推薦(すいせん)で入学(にゅうがく)してきた人間(にんげん)だ。
しかし一年生(いちねんせい)の時(とき)に他校(たこう)の生徒(せいと)と大喧嘩(おおげんか)をやらかし停学処分(ていがくしょぶん)を受(う)け、レギュラーから外(はず)された。
そして新人戦(しんじんせん)が終(お)わる頃(ころ)には、あいつの居場所(いばしょ)は部(ぶ)にはなかった。
退部(たいぶ)するしかなかったのだ。
その後(あと)も別(べつ)の下宿(げしゅく)に移(うつ)り住(す)む金銭的(きんせんてき)余裕(よゆう)もなく、この体育会系(たいいくかいけい)の学生(がくせい)が集(あつ)まる学生寮(がくせいりょう)に身(み)を置(お)き続(つづ)けているのだ。
声(こえ)「何度(なんど)言(い)えばわかるんだよっ」
春原(すのはら)「でも、すげぇ小(ちい)さい音(おと)だったっての」
春原(すのはら)がいた。
別(べつ)の部屋(へや)の前(まえ)で、やたら図体(ずうたい)のでかい男子生徒(だんしせいと)と話(はなし)をしていた。
男子(だんし)「すげぇ小(ちい)さい音(おと)でも、壁(かべ)が薄(うす)いから響(ひび)くんだよっ！」
男子(だんし)「ヘッドホンで聴(き)けよっ」
春原(すのはら)「んな高級(こうきゅう)なもんねぇって、ははっ」
男子(だんし)「じゃあ、聴(き)くなっ」
春原(すのはら)「いや、でも、あれ聴(き)かないと、調子(ちょうし)出(で)ないんだよね」
春原(すのはら)「それに、結構(けっこう)、イカす音楽(おんがく)だと思(おも)うんだよね」
男子(だんし)「………」
春原(すのはら)「今度(こんど)、歌詞(かし)とかちゃんと聴(き)いてみてよ、イカしてるから」
男子(だんし)「イカしてるも何(なに)もねぇ…」
男子(だんし)「こっちは、むかついてんだよぉっっ！」
男子(だんし)「次(つぎ)聞(き)こえてきたら、叩(たた)き出(だ)すぞっ！」
バタンッ！
春原(すのはら)「ひぃっ！」
春原(すのはら)「………」
閉(と)ざされたドアの前(まえ)で、うなだれる春原(すのはら)。
春原(すのはら)「くそぅ…ラグビー部(ぶ)め…」
そう小(ちい)さく呟(つぶや)いた。
朋也(ともや)「んな声(こえ)じゃ、聞(き)こえないだろ」
朋也(ともや)「くそぅ！
ラグビー部(ぶ)めえぇぇぇーっ！」
その背後(はいご)に立(た)ち、大(おお)きな声(こえ)で言(い)い直(なお)してやる。
春原(すのはら)「ひぃぃっ！」
春原(すのはら)は俺(おれ)の頭(あたま)を抱(かか)えると、自分(じぶん)の部屋(へや)へと引(ひ)きずり込(こ)む。
廊下(ろうか)では、『今(いま)の誰(だれ)だぁっ！』と怒声(どせい)が響(ひび)いていた。
春原(すのはら)「はぁ…はぁ…」
春原(すのはら)「僕(ぼく)を殺(ころ)す気(き)かっ！」
朋也(ともや)「おまえが言(い)ったんじゃないかよ」
春原(すのはら)「あのさ、岡崎(おかざき)…」
春原(すのはら)「ただでさえ、ここのところ、連中(れんちゅう)との関係(かんけい)が穏(おだ)やかじゃなくなってるんだからさ…」
朋也(ともや)「派手(はで)に散(ち)ろうぜ」
春原(すのはら)「後(あと)、一年(いちねん)残(のこ)ってるよっ！」
朋也(ともや)「おまえ、そうやって、ビクビク暮(く)らしてくのな」
春原(すのはら)「あのね…」
春原(すのはら)「僕(ぼく)だって、一対一(いったいいち)なら引(ひ)くことはないさ。たとえ、相手(あいて)がラグビー部(ぶ)だとしてもね」
春原(すのはら)「けど、周(まわ)りは全部(ぜんぶ)ラグビー部(ぶ)の部屋(へや)…」
春原(すのはら)「こんな場所(ばしょ)で事(こと)を起(お)こした日(ひ)にゃ…分(ぶん)が悪(わる)すぎるよ…」
春原(すのはら)「でも、まぁ、卒業間際(そつぎょうまぎわ)になったら、派手(はで)にやるのもいいね」
春原(すのはら)「そん時(とき)は、岡崎(おかざき)、僕(ぼく)の背中(せなか)はおまえに任(まか)せるぜっ」
朋也(ともや)「ラッキー、ザックリいくな」
春原(すのはら)「くるなよっ！
いけよっ！」
朋也(ともや)「だって、俺(おれ)、ラグビー部(ぶ)側(がわ)だぜ？」
春原(すのはら)「いつからだよっ！」
朋也(ともや)「いや、そん時(とき)だけ」
春原(すのはら)「はい！？
なんでよっ！？」
春原(すのはら)「共(とも)に過(す)ごしてきた僕(ぼく)らの二年間(にねんかん)は一体(いったい)何(なに)よっ！
ええっ！？」
どぉんっ！
壁(かべ)が揺(ゆ)れた。
続(つづ)けざま、『静(しず)かにしろぉっ！』と怒鳴(どな)り声(こえ)。
春原(すのはら)「ひぃっ」
朋也(ともや)「蹴(け)り返(かえ)してやろう」
春原(すのはら)「やめてくれぇっ！」
朋也(ともや)「おまえ、超(ちょう)ビビリな」
春原(すのはら)「おまえな…僕(ぼく)の立場(たちば)に立(た)ってみろよ…」
泣(な)いている…。
春原(すのはら)「頼(たの)むから、ここでは大人(おとな)しくしててくれ」
朋也(ともや)「あ、ああ…」
その迫力(はくりょく)ある惨(みじ)めさに気圧(きあつ)されてしまう。
もぐもぐ…
俺(おれ)は壁(かべ)と万年(まんねん)コタツに挟(はさ)まれた狭(せま)い空間(くうかん)に腰(こし)を落(お)ち着(つ)けて、弁当(べんとう)を食(た)べ始(はじ)めていた。
朋也(ともや)「悪(わる)い、お茶(ちゃ)」
春原(すのはら)「出(で)ねーよっ！」
朋也(ともや)「だから悪(わる)いって、言(い)ってるじゃん」
春原(すのはら)「頭(あたま)下(さ)げようが、出(で)ねぇよっ」
春原(すのはら)「おまえ、ここが食堂(しょくどう)かなんかと勘違(かんちが)いしてない？」
朋也(ともや)「おまえの部屋(へや)だろ。わかってるよ」
春原(すのはら)「ああ」
朋也(ともや)「そして、おまえは、小間使(こまづか)いだ」
春原(すのはら)「ぜんぜんわかってないっすね」
朋也(ともや)「頼(たの)むよ、買(か)い忘(わす)れてきたんだよ」
春原(すのはら)「自分(じぶん)で行(い)くという発想(はっそう)は、浮(う)かばないのかよ…」
朋也(ともや)「だって、おまえ、俺(おれ)に命(いのち)を助(たす)けられてからというもの、俺(おれ)の役(やく)に立(た)ちたくて、仕方(しかた)がなかったんだろ？」
春原(すのはら)「そんな裏(うら)設定(せってい)は隠(かく)されていませんっ」
朋也(ともや)「俺(おれ)が助(たす)けた後(あと)、おまえ、言(い)ったじゃん」
朋也(ともや)「春原(すのはら)という男(おとこ)は、あの時(とき)死(し)にました…」
朋也(ともや)「今(いま)ここにいるのは、あなたにお仕(つか)えする、ただのお茶(ちゃ)くみなのです…てさ」
朋也(ともや)「はい、お茶(ちゃ)」
春原(すのはら)「壮大(そうだい)な嘘(うそ)つくなっ」
朋也(ともや)「じゃあ、最後(さいご)のお茶(ちゃ)でいいから」
春原(すのはら)「最初(さいしょ)も最後(さいご)もねぇよっ」
朋也(ともや)「いや、感動的(かんどうてき)だぜ。これ聞(き)いたら、おまえは、絶対(ぜったい)入(い)れたくなるな」
朋也(ともや)「大怪我(おおけが)を負(お)ったおまえは、もう助(たす)かりそうもなかった」
朋也(ともや)「そのおまえに、のどが渇(かわ)いた俺(おれ)は、お茶(ちゃ)くみを命(めい)ずる」
朋也(ともや)「すると、おまえは最後(さいご)の力(ちから)を振(ふ)り絞(しぼ)り、這(は)いつくばりながらも、お茶(ちゃ)を入(い)れにいくんだ」
朋也(ともや)「そして…」
朋也(ともや)「岡崎(おかざき)様(さま)…お茶(ちゃ)でございます…」
朋也(ともや)「そして、これが…最後(さいご)の…お茶(ちゃ)となります…」
朋也(ともや)「死(し)に顔(がお)は、笑顔(えがお)なんだ」
春原(すのはら)「僕(ぼく)、ムチャクチャ本望(ほんもう)そうっすね！」
朋也(ともや)「それが、おまえの望(のぞ)みなんだって」
朋也(ともや)「そして、俺(おれ)は泣(な)きながらに、その最後(さいご)のお茶(ちゃ)を飲(の)む」
朋也(ともや)「な、感動的(かんどうてき)だろ」
朋也(ともや)「はい、お茶(ちゃ)」
春原(すのはら)「出(で)ねぇってのっ」
それからは、雑誌(ざっし)を読(よ)んで、過(す)ごす。
テレビがなかったから、話(はなし)をするか、本(ほん)を読(よ)む以外(いがい)に、時間(じかん)を潰(つぶ)す方法(ほうほう)はなかった。
春原(すのはら)「ふわ…」
春原(すのはら)「そろそろ、寝(ね)ない？」
すでに日付(ひづけ)は変(か)わり、深夜(しんや)となっていた。
朋也(ともや)「ああ…そうだな」
俺(おれ)は春原(すのはら)の部屋(へや)に泊(と)まることだけはしなかった。
こんな奴(やつ)と共(とも)に朝(あさ)を迎(むか)えるなんて、想像(そうぞう)しただけでも憂鬱(ゆううつ)になる。
春原(すのはら)「じゃ、僕(ぼく)、シャワー浴(あ)びてくっから」
朋也(ともや)「ああ」
部屋(へや)の隅(すみ)で山(やま)となっている衣類(いるい)の中(なか)から、下着(したぎ)とタオルを引(ひ)っ張(ぱ)り出(だ)すと、春原(すのはら)は部屋(へや)を出(で)ていく。
朋也(ともや)「………」
シャワーから戻(もど)ってきた春原(すのはら)を迎(むか)える、という状況(じょうきょう)もできたら避(さ)けたい。
今(いま)のうちに帰(かえ)ることにしよう。
雑誌(ざっし)を閉(と)じて、体(からだ)を起(お)こす。
すると、すぐ正面(しょうめん)、一台(いちだい)のラジカセと向(む)き合(あ)わせになる。
中(なか)にはテープが入(はい)ったままになっていた。
再生(さいせい)してみる。
流(なが)れてきたのは、一昔前(ひとむかしまえ)に流行(はや)った、歌謡(かよう)ヒップホップ。
朋也(ともや)（ダッサ…）
朋也(ともや)（こんなの聴(き)かねぇだろ…）
やめておく
かつて、俺(おれ)をひとり部屋(へや)に放置(ほうち)して、何事(なにごと)もなく終(お)わったことはないのだが…
今日(きょう)のところは許(ゆる)しておいてやるか。
春原(すのはら)が戻(もど)ってくる前(まえ)に、退散(たいさん)を決(き)め込(こ)んだ。

0

４月１５日(火)

また、いた。
朋也(ともや)「おまえ、またかよ…」
朋也(ともや)「どうして、ひとりじゃ上(のぼ)れないんだ？」
女(おんな)の子(こ)「えっと…」
女(おんな)の子(こ)「それは…」
女(おんな)の子(こ)「その、なんといいますか…」
朋也(ともや)「いや、別(べつ)に無理(むり)して話(はな)さなくていいけどさ…」
朋也(ともや)「俺(おれ)ら他人(たにん)だし」
女(おんな)の子(こ)「あ、はい…」
朋也(ともや)「でもさ、学校(がっこう)は真面目(まじめ)に出(で)たほうがいいぞ」
女(おんな)の子(こ)「遅刻(ちこく)してます」
ぴっ、と俺(おれ)を指(ゆび)さした。
朋也(ともや)「俺(おれ)はいいんだよ…」
朋也(ともや)「俺(おれ)は…」
目(め)を逸(そ)らす。
そもそも何(なに)を俺(おれ)はこんなに真面目(まじめ)ぶって、他人(たにん)を諭(さと)してるのだろう。
そう、こいつの言(い)う通(とお)りだ。
同(おな)じ不良学生(ふりょうがくせい)だ。
朋也(ともや)「好(す)きにしてくれ」
見捨(みす)てて、ひとり坂(さか)を登(のぼ)り始(はじ)める。
ただ…
そんな不良(ふりょう)に見(み)えなかったから、話(はな)しかけてしまっただけだ。
それだけだ。
女(おんな)の子(こ)「あっ、待(ま)ってください」
声(こえ)…さっきの女(おんな)の。
女(おんな)の子(こ)「あの…ついていっていいですか」
振(ふ)り返(かえ)ると、すぐ後(うし)ろにちょこんと立(た)っていた。
朋也(ともや)「どうして」
女(おんな)の子(こ)「それは…」
女(おんな)の子(こ)「ひとりで行(い)くのは、不安(ふあん)だからです」
女(おんな)の子(こ)「………」
こんな見(み)ず知(し)らずの男(おとこ)を頼(たよ)るこいつ。
友達(ともだち)のひとりやふたり、居(い)るだろうに、なんでまた俺(おれ)なんかを…。
俺(おれ)は逆光(ぎゃっこう)に目(め)を細(ほそ)めながら、坂(さか)を見上(みあ)げる。
どうせ、すぐそこまでだ。
朋也(ともや)「好(す)きにしてくれ」
言(い)って、再(ふたた)び歩(ある)き出(だ)す。
女(おんな)の子(こ)「待(ま)ってください」
朋也(ともや)「今度(こんど)はなんだよ」
彼女(かのじょ)は俺(おれ)を見(み)つめながら…
女(おんな)の子(こ)「あんパンっ…」
そう言(い)った。
朋也(ともや)「………」
俺(おれ)はなんて答(こた)えればいいのだろうか。
朋也(ともや)「フランスパン」
女(おんな)の子(こ)「なんのことだか、よくわからないです」
朋也(ともや)「それはこっちのセリフだ」
朋也(ともや)「なんだ、あんパンが好(す)きなだけか」
女(おんな)の子(こ)「いえ、取(と)り立(た)てては」
女(おんな)の子(こ)「といっても嫌(きら)いなわけではないです」
女(おんな)の子(こ)「どっちかというと好(す)きです」
回(まわ)りくどい奴(やつ)だった。別(べつ)になんでもいい。
朋也(ともや)「いくぞ」
女(おんな)の子(こ)「はいっ」
その返事(へんじ)は、少(すこ)しだけ元気(げんき)になっていた。
謎(なぞ)の言葉(ことば)は、まじないか何(なに)かだったのか。
たとたとたとっ…
後(うし)ろから駆(か)け足(あし)に近(ちか)い足音(あしおと)が聞(き)こえ続(つづ)けた。
………。
チャイムが鳴(な)り授業(じゅぎょう)が終(お)わった。
女生徒(じょせいと)「あの…」
朋也(ともや)「…ん？」
不意(ふい)に声(こえ)をかけられ振(ふ)り向(む)く。
女生徒(じょせいと)「あ…」
藤林椋(ふじばやしりょう)…？
このクラスの委員長(いいんちょう)をしている奴(やつ)だっけな。
もっとも、正(ただ)しくは委員長(いいんちょう)をやらされている奴(やつ)、なんだろうけど…。
確(たし)か杏(きょう)の双子(ふたご)の妹(いもうと)だったな。
頼(たよ)りなさげな目(め)を左右(さゆう)に泳(およ)がしながら、俺(おれ)の机(つくえ)の隣(となり)に立(た)っている。
椋(りょう)「え…えっと…」
朋也(ともや)「…なに？」
椋(りょう)「あ、あの…これ…」
そう言(い)って俺(おれ)に差(さ)し出(だ)してきたのは一枚(いちまい)のプリントだった。
朋也(ともや)「…ラブレター？」
椋(りょう)「え？
ち、ちがいま──…」
朋也(ともや)「見(み)かけによらず大胆(だいたん)だな？」
朋也(ともや)「むき出(だ)しで渡(わた)すなんて、なかなか出来(でき)る事(こと)じゃないぞ」
椋(りょう)「その…ラブ…レターとか…そんなのじゃないで──…」
朋也(ともや)「じゃあ不幸(ふこう)の手紙(てがみ)か？
こんなに堂々(どうどう)と渡(わた)すってのはイジメだと思(おも)うんだが…」
椋(りょう)「ふ、不幸(ふこう)の手紙(てがみ)でもないと思(おも)います…」
朋也(ともや)「………」
椋(りょう)「………」
朋也(ともや)「果(は)たし状(じょう)？」
椋(りょう)「～～～…」
ぐっ…
藤林(ふじばやし)は顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしながら、プリントを俺(おれ)の胸(むね)に押(お)しつけた。
椋(りょう)「あ、朝(あさ)のＨＲの時(とき)に配(くば)られたプリント…です」
朋也(ともや)「なんだ、つまらねぇ」
受(う)け取(と)ったプリントを見(み)ないでそのまま机(つくえ)の中(なか)に押(お)し込(こ)む。
どうせ大(たい)したプリントでもないだろうし。
椋(りょう)「………」
朋也(ともや)「…ん？
まだ何(なに)かあるのか？」
椋(りょう)「ぁ…えっと…あまり遅刻(ちこく)とかしない方(ほう)が良(い)いと思(おも)うんです」
朋也(ともや)「…別(べつ)におまえには関係(かんけい)ないだろ」
椋(りょう)「でも…その…学校(がっこう)には…ちゃんと来(き)た方(ほう)が良(い)いと思(おも)いますから…」
朋也(ともや)「委員長(いいんちょう)ともなると、同(おな)じクラスの奴(やつ)の出席(しゅっせき)にまで口(くち)を出(だ)すのか？」
椋(りょう)「そ…そういうわけじゃ…ないですけど…でも…」
椋(りょう)「…その…」
ジワ…と目(め)が潤(うる)む。
朋也(ともや)「………」
少(すこ)し言(い)い過(す)ぎたかもしれない。
ムシする
生徒(せいと)「おい岡崎(おかざき)、委員長(いいんちょう)泣(な)かすなよ。姉貴(あねき)が飛(と)んで来(く)るぞ」
椋(りょう)「…大丈夫(だいじょうぶ)です…泣(な)いてませんから…」
目(め)を涙(なみだ)でうるうるさせて言(い)うセリフでもないと思(おも)う。
とりあえず、目(め)から零(こぼ)れてはいないから、泣(な)いていないということにしよう。
俺(おれ)は頬杖(ほおづえ)をつき視線(しせん)を窓(まど)の外(そと)に向(む)けた。
もう話(はな)すことはないという意思表示(いしひょうじ)。
それが伝(つた)わったんだろう、藤林(ふじばやし)は肩(かた)をおとして俺(おれ)の机(つくえ)の前(まえ)から去(さ)っていった。
…もしかしたら、まだ何(なに)か言(い)いたかったんだろうか…。
三時間目(さんじかんめ)が終(お)わって、机(つくえ)に突(つ)っ伏(ぷ)していると、隣(となり)の席(せき)でどん！と音(おと)がした。
顔(かお)を上(あ)げると、春原(すのはら)の奴(やつ)が自分(じぶん)の席(せき)でふんぞり返(かえ)っていた。
春原(すのはら)「グッモーニン」
春原(すのはら)「いい、朝(あさ)だねぇ。ボンバヘッ、て感(かん)じ？」
朋也(ともや)「おまえのその平和(へいわ)な朝(あさ)は、俺(おれ)の寛大(かんだい)さのおかげなんだから、感謝(かんしゃ)しろよ」
春原(すのはら)「はぁ？
おまえの寛大(かんだい)さと僕(ぼく)の穏(おだ)やかな朝(あさ)に何(なに)か因果関係(いんがかんけい)が？」
春原(すのはら)「はは、あるわけないでしょ」
春原(すのはら)「目覚(めざ)ましのコーヒーを飲(の)みながら、お気(き)に入(い)りのヒップホップを聴(き)く」
春原(すのはら)「その優雅(ゆうが)な時間(じかん)だけは、誰(だれ)にも邪魔(じゃま)できないのさ」
朋也(ともや)「そりゃ、よかったな」
次(つぎ)は情(なさ)け容赦(ようしゃ)なく、悪戯(いたずら)してやろう。
春原(すのはら)「今度(こんど)、お気(き)に入(い)りのテープ、ダビングさせてやるよ」
朋也(ともや)「ボンバヘッなんていらねぇよ…」
春原(すのはら)「おまえ、ボンバヘッを馬鹿(ばか)にすんなよっ」
朋也(ともや)「つーか、あれ、ヒップホップじゃねぇ、歌謡曲(かようきょく)だろ…」
春原(すのはら)「何(なに)言(い)ってんだよっ、ありゃ間違(まちが)いなくヒップホップの最高(さいこう)傑作(けっさく)だってのっ」
朋也(ともや)「いや、最高(さいこう)傑作(けっさく)かどうかは置(お)いておいてだ…」
春原(すのはら)「ま、今度(こんど)、空(から)のテープ持(も)ってこいよな」
朋也(ともや)「いらねぇっての…」
春原(すのはら)「さて、昼(ひる)まで寝(ね)て過(す)ごすとするか…」
朋也(ともや)「おまえはさっきまで寝(ね)ていたんじゃないのか」
春原(すのはら)「まぁね。でも、起(お)きてても仕方(しかた)ないじゃん」
朋也(ともや)「おまえ、生徒(せいと)の鑑(かがみ)な」
春原(すのはら)「じゃあ、おやすみっ」
机(つくえ)に突(つ)っ伏(ぷ)す。
朋也(ともや)「ふわぁ」
眠気(ねむけ)が移(うつ)ったのだろうか、生(なま)あくびひとつする。
そして、四時間目(よじかんめ)の科目(かもく)を、前(まえ)の机(つくえ)の上(うえ)を見(み)て確(たし)かめる。
あの薄(うす)い教科書(きょうかしょ)は…英語(えいご)のグラマーか。
当(あ)てられまくる授業(じゅぎょう)だった。
朋也(ともや)（たるい…）
受ける
春原(すのはら)は本当(ほんとう)に寝入(ねい)っていた。
………。
朋也(ともや)「おい、春原(すのはら)…」
俺(おれ)はその肩(かた)を掴(つか)んで、揺する。
春原(すのはら)「ん…あん？」
朋也(ともや)「おまえ、当(あ)てられたぞっ…」
春原(すのはら)「えっ？
マジかよっ！？
問題(もんだい)はなにっ？」
朋也(ともや)「タケフジを歌(うた)いなさい」
春原(すのはら)「あ、ああ…ＯＫ！」
春原(すのはら)が勢(いきお)いよく起立(きりつ)する。
春原(すのはら)「レッツゴー！」
春原(すのはら)「ウォーンチュテイクマイヘーン！
なーんとかメーン！
な～んちゃらなんちゃらガットゥドゥー」
そう高(たか)らかに答(こた)えた。
………。
教師(きょうし)が黒板(こくばん)にチョークを当(あ)てたまま、振(ふ)り返(かえ)る。
教師(きょうし)「何(なに)か言(い)いましたか、春原(すのはら)くん」
春原(すのはら)「え…？」
春原(すのはら)「レッツゴー！」
春原(すのはら)「ウォーンチュテイクマイヘーン！
なーんとかメーン！
な～んちゃらなんちゃらガットゥドゥー」
教師(きょうし)「………」
教師(きょうし)「別(べつ)に当(あ)てとらん」
失笑(しっしょう)が所々(ところどころ)で漏(も)れていた。
春原(すのはら)「は…」
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)、てめぇっ！」
春原(すのはら)「ったく、大恥(おおはじ)かいたじゃないかっ」
朋也(ともや)「ボンバヘッて最高(さいこう)傑作(けっさく)だよな」
春原(すのはら)「だよねっ！」
すぐ機嫌(きげん)が直(なお)る。
春原(すのはら)「で、昼(ひる)はどうする？」
春原(すのはら)「金(かね)あるんなら、外(そと)に出(で)ようぜ」
朋也(ともや)「ねぇよ」
春原(すのはら)「じゃ、学食(がくしょく)か」
ふたりで廊下(ろうか)を歩(ある)く。
春原(すのはら)「とぅっ」
いきなり春原(すのはら)がジャンプをして、天井(てんじょう)に手(て)を伸(の)ばしていた。
春原(すのはら)「今(いま)、第一関節(だいいちかんせつ)、かんぺき触(ふ)れたよ」
春原(すのはら)「すごくない？」
朋也(ともや)「すげぇな」
春原(すのはら)「でも、今(いま)、本気(ほんき)出(だ)してないぜ？」
春原(すのはら)「学生服(がくせいふく)で本気(ほんき)出(だ)すと、破(やぶ)けちゃうもんね」
朋也(ともや)「ああ、いい子(ご)だ。よしよし」
春原(すのはら)「くわーっ、相変(あいか)わらず混(こ)んでやがんな…」
春原(すのはら)「ま、一年連中(いちねんれんちゅう)をどければ済(す)むけどね」
春原(すのはら)「はい、ここ、僕(ぼく)たちの席(せき)ねーっ」
座(すわ)って歓談(かんだん)していた一年連中(いちねんれんちゅう)に向(む)かって、にこやかにガンを飛(と)ばす春原(すのはら)。
朋也(ともや)（こんな奴(やつ)と一緒(いっしょ)にされたくない…）
俺(おれ)は自分(じぶん)の分(ぶん)の食券(しょっけん)を買(か)い、それをきつねうどんに替(か)える。
それを持(も)って、隅(すみ)のほうに空(す)いていた席(せき)に腰(こし)を下(お)ろす。
春原(すのはら)「って、おい、岡崎(おかざき)っ」
春原(すのはら)「向(む)こうの席(せき)、空(あ)けてた途中(とちゅう)なのによっ」
定食(ていしょく)の盆(ぼん)を持(も)って春原(すのはら)が追(お)いかけてきた。
春原(すのはら)「はい、ここ、僕(ぼく)の席(せき)だから、どいてねーっ」
今度(こんど)は俺(おれ)の隣(となり)に座(すわ)っていた男子生徒(だんしせいと)をどけようとする。
男子生徒(だんしせいと)「あん？」
だが、そいつは同(おな)じ三年(さんねん)のラグビー部(ぶ)。
ラグビー部員(ぶいん)「なに、俺(おれ)たち食(く)ってる途中(とちゅう)なのに、どけって？」
春原(すのはら)「い、いや…一年(いちねん)かと思(おも)って…」
ラグビー部員(ぶいん)「一年(いちねん)だったら、食(く)ってる途中(とちゅう)でもどけるんだな」
春原(すのはら)「いや、しないしない…」
ラグビー部員(ぶいん)「僕(ぼく)、この前(まえ)、この人(ひと)に食(く)ってる最中(さいちゅう)にどけられたッス！」
同席(どうせき)していたラグビー部(ぶ)の一年(いちねん)がそう高(たか)らかに告(つ)げていた。
春原(すのはら)「あっ、てめぇ、何(なに)チクッてんだよっ！」
ラグビー部員(ぶいん)「よし、よぅく、わかった。ちょっと裏(うら)、行(い)こうか」
春原(すのはら)「ひぃっ、誤解(ごかい)っす！」
首根(くびね)っこを掴(つか)まれ…
春原(すのはら)「う…」
うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー…
ずるずると引(ひ)きずられていった。
学食(がくしょく)で昼食(ちゅうしょく)をとり終(お)えると、早々(そうそう)にその場(ば)を立(た)ち去(さ)る。
朋也(ともや)（ふぅ…騒(さわ)がしかった…）
女生徒(じょせいと)「見(み)て、あの子(こ)」
女生徒(じょせいと)「ほら、あそこ」
窓際(まどぎわ)にいた女生徒(じょせいと)が窓(まど)の外(そと)を指(さ)さして、隣(となり)の連(つ)れに話(はな)しかけていた。
女生徒(じょせいと)「ひとりで、パン食(た)べてる。なんか、一生懸命(いっしょうけんめい)で可愛(かわい)い」
女生徒(じょせいと)「どこのクラスの子(こ)だろ。あんまり見(み)ない子(こ)だね」
それだけで想像(そうぞう)がついた。
同(おな)じように窓(まど)から中庭(なかにわ)を見下(みお)ろすと、石段(いしだん)の縁(えん)に座(すわ)り、ひとりパンを食(た)べている少女(しょうじょ)の姿(すがた)。
あいつだった。
中庭に下りる
朋也(ともや)（春原(すのはら)もしばらく帰(かえ)ってこないだろうし…行(い)ってみるか…）
朋也(ともや)「よぅ」
俺(おれ)は近(ちか)づいていって、声(こえ)をかけた。
朋也(ともや)「どうして、こんなところでひとりでいるんだ」
ぱくぱく。
朋也(ともや)「ん？」
なるほど…確(たし)かにあんパンを食(た)べている。
ぱくぱく。
朋也(ともや)「なぁ、聞(き)いてるか？」
女(おんな)の子(こ)「ごめんなさいです…今(いま)、ご飯中(はんちゅう)ですので」
食(た)べるのを止(や)めて、それだけを答(こた)えた。
朋也(ともや)「そっか…」
隣(となり)に座(すわ)って待(ま)つことにする。
先(さき)ほど見下(みお)ろしていた場所(ばしょ)をここから見上(みあ)げることができる。
今(いま)はもう、誰(だれ)もこっちを見(み)ていなかった。
あんパンを食(た)べ終(お)わると、牛乳(ぎゅうにゅう)パックを口(くち)にしてそれも飲(の)みきる。
女(おんな)の子(こ)「………」
朋也(ともや)「………」
女(おんな)の子(こ)「…あの、なんでしょうか」
朋也(ともや)「ん？
ああ」
朋也(ともや)「どうして、こんなところでひとりで昼飯(ひるめし)食(く)ってるのかなって」
女(おんな)の子(こ)「この学校(がっこう)は好(す)きですか」
聞(き)いたことのあるセリフ。今度(こんど)は俺(おれ)に向(む)けられていた。
朋也(ともや)「いや、取(と)り立(た)てては」
女(おんな)の子(こ)「そうですか…」
女(おんな)の子(こ)「わたしはとってもとっても好(す)きです」
女(おんな)の子(こ)「でも、なにもかも…変(か)わらずにはいられないです」
女(おんな)の子(こ)「楽(たの)しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ」
女(おんな)の子(こ)「ぜんぶ、変(か)わらずにはいられないです…」
すべて、昨日(きのう)の朝(あさ)、聞(き)いたセリフだ。
朋也(ともや)「それで、この場所(ばしょ)が好(す)きでいられなくなったのか」
最後(さいご)の言葉(ことば)は俺(おれ)が言(い)っていた。
女(おんな)の子(こ)「はい、そうです」
朋也(ともや)「具体的(ぐたいてき)に言(い)ってくれよ。なにがなんだかわからない」
女(おんな)の子(こ)「病気(びょうき)でずっと休(やす)んでいたんです」
朋也(ともや)「あんたが？」
女(おんな)の子(こ)「はい」
朋也(ともや)「どれぐらい？」
女(おんな)の子(こ)「長(なが)い間(あいだ)です」
朋也(ともや)「ふぅん…それで？」
女(おんな)の子(こ)「もうこの学校(がっこう)は、わたしが楽(たの)しく過(す)ごせる場所(ばしょ)じゃなくなってたんです」
朋也(ともや)「それでもよくわからないな…」
朋也(ともや)「友達(ともだち)とかいたんだろ？」
女(おんな)の子(こ)「友達(ともだち)と呼(よ)んでいいのかわからないですけど、話(はなし)が出来(でき)る人(ひと)は少(すこ)しだけいました」
朋也(ともや)「別(べつ)に仲(なか)は深(ふか)くなくていいよ。いたんならな」
朋也(ともや)「つまりこういうことだ」
朋也(ともや)「長(なが)い間(あいだ)休(やす)みすぎたから、友達(ともだち)とも話(はな)しづらいと。自分(じぶん)がいない間(あいだ)に、結束(けっそく)が固(かた)まっているようで」
朋也(ともや)「そうだろ？」
女(おんな)の子(こ)「………」
朋也(ともや)「でもあんたの友達(ともだち)ってさ、そんな薄情(はくじょう)な奴(やつ)らなのか？」
朋也(ともや)「普通(ふつう)、どれだけ時間(じかん)が経(た)ってもさ、快(こころよ)く迎(むか)えてくれるもんだけどな」
女(おんな)の子(こ)「迎(むか)えてくれないです」
朋也(ともや)「そら薄情(はくじょう)な奴(やつ)らだな」
女(おんな)の子(こ)「…いえ。悪(わる)いのは、長(なが)いこと休(やす)んでいたわたしのほうなんです」
女(おんな)の子(こ)「だって、彼女(かのじょ)たちと過(す)ごした時間(じかん)はほんの少(すこ)しで…」
女(おんな)の子(こ)「今(いま)はもう、この学校(がっこう)にはいないんですから」
朋也(ともや)「…え？」
朋也(ともや)「どうしてさ」
女(おんな)の子(こ)「みんな卒業(そつぎょう)しました」
女(おんな)の子(こ)「今年(ことし)の春(はる)に」
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「…あんた、どれだけ休(やす)んでたの」
女(おんな)の子(こ)「九(きゅう)ヶ月(げつ)です」
朋也(ともや)「なるほど…」
ひとりきりの転校生(てんこうせい)。
そんな気分(きぶん)なのだろう、彼女(かのじょ)にしてみれば。
女(おんな)の子(こ)「浦島太郎(うらしまたろう)の気分(きぶん)を味(あじ)わいました」
そういう表現(ひょうげん)もできるか…。
女(おんな)の子(こ)「だからひとりで昼(ひる)ご飯(はん)を食(た)べていました」
朋也(ともや)「了解(りょうかい)。もういいよ。よくわかった」
女(おんな)の子(こ)「はい」
………。
どうしたものだろうか…。
遠慮(えんりょ)なく、話(はなし)を聞(き)きすぎたような気(き)がする。
まだ話しを続ける
ここまで聞(き)いておいて、じゃあ、がんばれよ、と言(い)って立(た)ち去(さ)るのも気(き)が引(ひ)けた。
──ぜんぶ、変(か)わらずにはいられないです…
俺(おれ)は、その言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)していた。
朋也(ともや)「…当然(とうぜん)だ。時間(じかん)は進(すす)んでいくんだから」
女(おんな)の子(こ)「はい？」
朋也(ともや)「昨日(きのう)も言(い)ったよな、俺(おれ)」
朋也(ともや)「変(か)わらないものはないんだから、また別(べつ)の形(かたち)で楽(たの)しみを作(つく)ればいいんだよ」
朋也(ともや)「友達(ともだち)、作(つく)ればいいじゃないか、また新(あたら)しく」
女(おんな)の子(こ)「時期(じき)が時期(じき)ですから、みんなそういう雰囲気(ふんいき)じゃないです」
朋也(ともや)「三年生(さんねんせい)だったか…」
確(たし)かに…。
この受験(じゅけん)を目前(もくぜん)に控(ひか)えた時期(じき)に、好(この)んで友達(ともだち)を増(ふ)やしたいと思(おも)う奴(やつ)はいない。
朋也(ともや)「あ、部活(ぶかつ)は。部活(ぶかつ)は入(はい)ってなかったのか」
思(おも)い出(だ)したように訊(き)く。
女(おんな)の子(こ)「入(はい)ってないです」
朋也(ともや)「そっか…」
女(おんな)の子(こ)「でも、入(はい)りたいクラブはあります」
朋也(ともや)「よし。それは、なんだ？」
女(おんな)の子(こ)「演劇部(えんげきぶ)です」
朋也(ともや)「演劇(えんげき)ね…あったかな、うちの学校(がっこう)に…」
女(おんな)の子(こ)「ありました。一年前(いちねんまえ)には」
朋也(ともや)「そっか…」
朋也(ともや)「よし、じゃ、放課後(ほうかご)、見(み)に行(い)ってこいよ。部室(ぶしつ)」
女(おんな)の子(こ)「………」
朋也(ともや)「そうしたいだろ？」
女(おんな)の子(こ)「はい、そうしたいです」
朋也(ともや)「じゃ、頑張(がんば)らないとな」
女(おんな)の子(こ)「はい。がんばりますっ」
俺(おれ)の後押(あとお)しがきいたのか、ぐっ、と手(て)を握(にぎ)って意(い)を決(けっ)した。
春原(すのはら)「ただいま…」
朋也(ともや)「おまえ、泣(な)いてる？」
春原(すのはら)「泣(な)いてなんかないやいっ」
朋也(ともや)「あ、そ」
窓(まど)の外(そと)を見(み)る。
朋也(ともや)「ふぅ…」
俺(おれ)は昼休(ひるやす)みに会(あ)った女(おんな)の子(こ)のことを思(おも)い出(だ)していた。
朋也(ともや)（しかし不憫(ふびん)な奴(やつ)だよな…）
本人(ほんにん)は浦島太郎(うらしまたろう)だとか言(い)ってたけど…実際(じっさい)そんな気分(きぶん)なんだろう。
考(かんが)えてみればいい。部活(ぶかつ)にも入(はい)っていなければ、後輩(こうはい)との関(かか)わり合(あ)いなんてない。
この学校(がっこう)で彼女(かのじょ)が知(し)っている人間(にんげん)と言(い)えば、教師(きょうし)以外(いがい)にはいないのだ。
朋也(ともや)（放課後(ほうかご)か…）
演劇部(えんげきぶ)の連中(れんちゅう)は、あいつを快(こころよ)く迎(むか)え入(い)れてくれるのだろうか…。
三年(さんねん)といったら、もうクラブも引退(いんたい)寸前(すんぜん)なのに…
それをこれから頑張(がんば)ろうなんて…他人(たにん)の目(め)にはどう映(うつ)ってしまうんだろうか…。
朋也(ともや)「ん…」
みんなが一斉(いっせい)にかりかりとシャーペンの音(おと)を立(た)て始(はじ)めたことに気(き)づく。
──時期(じき)が時期(じき)ですから、みんなそういう雰囲気(ふんいき)じゃないです。
朋也(ともや)（俺(おれ)とて、そうなんだけどな…）
何(なに)をやっているんだか。
俺(おれ)は授業(じゅぎょう)も聞(き)かずに、ずっと外(そと)の風景(ふうけい)を見(み)ていた。
五時間目(ごじかんめ)の授業(じゅぎょう)が終(お)わる。
退屈(たいくつ)な授業(じゅぎょう)も、残(のこ)すは一時間(いちじかん)。
春原(すのはら)は椅子(いす)の背(せ)もたれに後頭部(こうとうぶ)を載(の)せて、豪快(ごうかい)な格好(かっこう)で寝(ね)ていた。
朋也(ともや)（よく、滑(すべ)り落(お)ちないもんだな…）
話(はな)し相手(あいて)もいないので、また窓(まど)の外(そと)に目(め)を向(む)ける。
朋也(ともや)「…ん？」
先(さき)ほどまではなかった光景(こうけい)が、そこにはあった。
今(いま)、坂(さか)を登(のぼ)ってきたのか、バイクが２台(だい)、校門(こうもん)の近(ちか)くに止(と)まっていた。
ライダーは二人(ふたり)ともノーヘルで、若(わか)い男(おとこ)だということがここからでもわかる。
そのうちのひとりが、手(て)を振(ふ)って合図(あいず)する。
２台(だい)のバイクは、爆音(ばくおん)をあげながら校内(こうない)の敷地内(しきちない)を暴走(ぼうそう)し始(はじ)めた。
確(たし)か、去年(きょねん)の暮(く)れにも似(に)たようなことがあった。
その時(とき)の犯人(はんにん)は、近(ちか)くの工業学校(こうぎょうがっこう)の生徒(せいと)だった。
町(まち)一番(いちばん)の進学校(しんがくこう)というのが、そんなに気(き)に入(い)らないものなのだろうか。
春原(すのはら)「お、なになにっ」
春原(すのはら)の体(からだ)がいきなり目(め)の前(まえ)に現(あらわ)れる。
朋也(ともや)「てめぇ、人(ひと)の机(つくえ)の上(うえ)に乗(の)るな」
春原(すのはら)「いいじゃん。お、すげぇ、爆走(ばくそう)」
その騒音(そうおん)を聞(き)いて、他(ほか)の男子(だんし)も、何事(なにごと)かと窓際(まどぎわ)に集(あつ)まり始(はじ)めていた。
…鬱陶(うっとう)しいこと、この上(うえ)ない。
避難する
俺(おれ)は席(せき)を立(た)つ。
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)、おまえ、行(い)くのかっ？」
朋也(ともや)「まさか。暑苦(あつくる)しいから、廊下(ろうか)に出(で)るだけだよ」
春原(すのはら)「なんだよ、これからがいいところなのに」
廊下(ろうか)で、ほとぼりが冷(さ)めるのを待(ま)つ。
教室(きょうしつ)では野次馬(やじうま)たちが、わっと湧(わ)いていた。
続(つづ)けて黄色(きいろ)い声(こえ)が飛(と)び交(か)っていた。
あの中(なか)にいたら、むかついて誰(だれ)か（主(おも)に春原(すのはら)）を殴(なぐ)っていただろう…。
ＨＲが終(お)わり、放課後(ほうかご)となる。
春原(すのはら)「ふわ…よく寝(ね)た…」
春原(すのはら)「さてと…どっか行(い)くか、岡崎(おかざき)っ」
朋也(ともや)「おまえ、すげぇ脳天気(のうてんき)な」
春原(すのはら)「ま、放課後(ほうかご)ぐらいは楽(たの)しまないとねっ」
春原(すのはら)「どこ行(い)く、岡崎(おかざき)っ」
朋也(ともや)「だから、俺(おれ)、金(かね)ねぇっての」
春原(すのはら)「そっか。僕(ぼく)も、すっからかんなんだよねっ」
春原(すのはら)「とりあえず学食(がくしょく)いったら、誰(だれ)かいるだろうからさ、ジュースでもおごらせようぜ」
朋也(ともや)「そんなのばっかだな、おまえは…」
春原(すのはら)「よし、じゃ、いこう」
やることもなかったから、ついていくことにする。
春原(すのはら)「ねぇねぇ、ジュースおごってよ」
春原(すのはら)が後輩(こうはい)を捕(つか)まえて、そうせびっていた。
春原(すのはら)「百円(ひゃくえん)じゃなくて、二百円(にひゃくえん)」
春原(すのはら)「ふたりぶんだから。あっちの人(ひと)も」
春原(すのはら)「うん、君(きみ)、いい奴(やつ)だねぇ。なんかあったら、僕(ぼく)たちに言(い)っておいでよね」
春原(すのはら)「僕(ぼく)たち、学校(がっこう)の外(そと)ではぶいぶい言(い)わせてるからさっ」
春原(すのはら)「この前(まえ)も、喧嘩売(けんかう)ってきた奴(やつ)の眉間(みけん)にさ、人差(ひとさし)し指(ゆび)一本(いっぽん)当(あ)ててやったの」
春原(すのはら)「そしたら、そいつの顔面(がんめん)、こっぱみじん！」
…嘘(うそ)をつけ。
何気(なにげ)なく俺(おれ)は壁(かべ)の時計(とけい)を見(み)た。
六時間目(ろくじかんめ)が終(お)わってから、二十分(にじゅうぷん)が過(す)ぎていた。
朋也(ともや)（あいつ、勇気(ゆうき)出(だ)して行(い)ってんのかな…）
俺(おれ)は、昼(ひる)に会(あ)った女生徒(じょせいと)のことを思(おも)い出(だ)していた。
気になる
気(き)になって仕方(しかた)がなかった。
俺(おれ)は踵（きびす）を返(かえ)し、その場(ば)を離(はな)れる。
春原(すのはら)「ありゃ、岡崎(おかざき)、どこにいくんだよっ」
春原(すのはら)の声(こえ)が聞(き)こえたが、無視(むし)して、そのまま学食(がくしょく)を後(あと)にした。
階段(かいだん)を駆(か)け上(のぼ)り、旧校舎(きゅうこうしゃ)の三階(さんがい)までやってくる。
確(たし)か、この階(かい)の教室(きょうしつ)が文化系(ぶんかけい)の部室(ぶしつ)に宛(あて)われていたはずだ。
朋也(ともや)（結局(けっきょく)、来(き)ちまった…）
廊下(ろうか)の一番先(いちばんさき)に、あいつは立(た)っていた。
朋也(ともや)「はぁ…なにやってんだよ…」
俺(おれ)はしばらく遠(とお)くから見(み)ていた。
朋也(ともや)「………」
それはまるで、朝(あさ)の再現(さいげん)のようだった。
またもそこで足踏(あしぶ)み状態(じょうたい)なのだろう。
目(め)の前(まえ)にある部室(ぶしつ)。
その中(なか)では、演劇部(えんげきぶ)の連中(れんちゅう)が賑(にぎ)やかに練習(れんしゅう)しているかもしれないのだ。
それは、彼女(かのじょ)が今朝(けさ)に味(あじ)わったであろう、自分(じぶん)のクラスに対(たい)する違和感(いわかん)と同(おな)じだ。
今更(いまさら)中(なか)に入(はい)っていけない、気(き)まずさ。
彼女(かのじょ)は何(なに)を期待(きたい)して、そのドアを開(あ)けることができるだろう。
新入部員(しんにゅうぶいん)だと言(い)っても、三年生(さんねんせい)だと知(し)れば、部員(ぶいん)たちの反応(はんのう)は当惑(とうわく)に変(か)わるだろう。
ひとりでも知(し)り合(あ)いがいれば良(よ)かったのだろうけど…。
女(おんな)の子(こ)「………」
同(おな)じネガティブなイメージが彼女(かのじょ)の脳裏(のうり)にもよぎっているのだろう。
彼女(かのじょ)の口(くち)が小(ちい)さく動(うご)いたような気(き)がする。声(こえ)は聞(き)こえなかった。
朋也(ともや)（ハンバーグ…？）
いきなり夕飯(ゆうはん)の算段(さんだん)だろうか。
なんか、口(くち)の動(うご)きは合(あ)っていた気(き)がする。
でも、それでようやく決意(けつい)が固(かた)まったようだ。
ドアの取(と)っ手(て)に手(て)をやり、そして引(ひ)く。
がらり。
女(おんな)の子(こ)「あのっ…」
声(こえ)が出(で)た。
でも、そこから言葉(ことば)は続(つづ)かなかった。
目(め)はまっすぐ部室(ぶしつ)の中(なか)を見据(みす)えたまま。そこにどんな辛辣(しんらつ)な光景(こうけい)が待(ま)っていたのか。
朋也(ともや)（くそっ…）
俺(おれ)は走(はし)って、彼女(かのじょ)の元(もと)に駆(か)けつける。
そして、後(うし)ろから教室(きょうしつ)の中(なか)を見(み)た。
………。
乱雑(らんざつ)に積(つ)まれたダンボール。
部室(ぶしつ)であるはずの、教室(きょうしつ)は物置(ものおき)になっていた。
誰(だれ)かと交(か)わした他愛(たあい)もない無駄話(むだばなし)の中(なか)で、一度(いちど)だけ話題(わだい)にのぼったことがあった。
…演劇部(えんげきぶ)は廃部(はいぶ)になったらしい、と。
女(おんな)の子(こ)「………」
ぽむ、と彼女(かのじょ)の小(ちい)さな頭(あたま)に手(て)を置(お)く。
女(おんな)の子(こ)「あ…いらっしゃったんですか」
朋也(ともや)「ああ、悪(わる)いな。見(み)てた」
女(おんな)の子(こ)「頭(あたま)の手(て)は…なんですか？」
朋也(ともや)「いや、別(べつ)に」
女(おんな)の子(こ)「そうですか…」
朋也(ともや)「ああ」
しばらく彼女(かのじょ)は呆然(ぼうぜん)と、俺(おれ)はその後(うし)ろで彼女(かのじょ)の頭(あたま)に手(て)を置(お)いて、ふたり立(た)ち尽(つ)くしていた。
端(はし)から見(み)れば、おかしなふたりだっただろう。
朋也(ともや)「俺(おれ)はＤ組(ぐみ)の岡崎朋也(おかざきともや)」
朋也(ともや)「あんたは？」
女(おんな)の子(こ)「…Ｂ組(ぐみ)の古河渚(ふるかわなぎさ)です」
朋也(ともや)「よろしく」
古河(ふるかわ)「はい、よろしくお願(ねが)いします」
遅(おそ)すぎる自己紹介(じこしょうかい)。
ふたりだけは、出会(であ)いの日(ひ)の中(なか)にあった。
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「それで…」
古河(ふるかわ)「演劇部(えんげきぶ)はどこにいったんでしょうか」
朋也(ともや)「よろしく」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「はい、よろしくお願(ねが)いします」
古河(ふるかわ)「………」
古河(ふるかわ)「で、演劇部(えんげきぶ)は…」
朋也(ともや)「よろしく」
古河(ふるかわ)「はい、よろしくお願(ねが)いします」
古河(ふるかわ)「で、演劇部(えんげきぶ)は…」
朋也(ともや)「よろしく」
朋也(ともや)「ひとりで帰(かえ)れるか？」
古河(ふるかわ)「はい、もちろんです」
朋也(ともや)「ハンバーグでも食(く)って、元気(げんき)つけろよ」
古河(ふるかわ)「え？」
古河(ふるかわ)「岡崎(おかざき)さん、すごいです。今晩(こんばん)、ハンバーグにしようと思(おも)ってました」
朋也(ともや)「だろうな…」
楽(たの)しいことひとつ見(み)つけられなくなってしまった学校(がっこう)。
そんな場所(ばしょ)で、こいつは…
三食(さんしょく)の献立(こんだて)すら、頑張(がんば)った自分(じぶん)へのご褒美(ほうび)に変(か)えて、前(まえ)に進(すす)んでいこうとしていた。
朋也(ともや)（あんパンなんて、んな質素(しっそ)なもんじゃなくてもいいだろうに…）
朋也(ともや)「明日(あした)は遅刻(ちこく)すんなよ」
古河(ふるかわ)「がんばってみます」
朋也(ともや)「ああ。じゃあな」
古河(ふるかわ)「はい。さようなら、岡崎(おかざき)さん」
日(ひ)が暮(く)れる前(まえ)に、俺(おれ)は帰宅(きたく)する。
そして、いつものように着替(きが)えだけを済(す)ませて、再(ふたた)び家(いえ)を出(で)た。
学生寮(がくせいりょう)の玄関(げんかん)を抜(ぬ)けて廊下(ろうか)を歩(ある)いてると、前方(ぜんぽう)から、巨体(きょたい)がいくつもこっちに向(む)かって転(ころ)がる勢(いきお)いで迫(せま)ってくる。
どどどどどどどーーっ…
朋也(ともや)「うぉっ…」
寸(すん)でのところでよけて、それらを見送(みおく)る。
ラグビー部(ぶ)の連中(れんちゅう)だった。
そのままそれぞれの部屋(へや)へと駆(か)け込(こ)んでいった。ばたんばたん、とドアが閉(と)じられる。
女性(じょせい)「こらぁーーーーっ！」
それを追(お)いかけてくる、ひとりの女性(じょせい)。
女性(じょせい)「はぁ…ったく、あいつらは…」
俺(おれ)の隣(となり)で足(あし)を止(と)めた。
ここの寮母(りょうぼ)だ。名(な)は相楽美佐枝(さがらみさえ)。
寮生(りょうせい)ではない俺(おれ)も、これだけ通(かよ)い詰(つ)めていれば、嫌(いや)でも顔見知(かおみし)りになる。
美佐枝(みさえ)「こぞって、女子寮(じょしりょう)を覗(のぞ)いたりして…」
美佐枝(みさえ)「あいつらは小学生(しょうがくせい)か…」
放っておく
美佐枝(みさえ)「はぁ…」
深(ふか)いため息(いき)をついて、来(き)た道(みち)を引(ひ)き返(かえ)していった。
春原(すのはら)の部屋(へや)で、寝(ね)そべって雑誌(ざっし)を読(よ)み始(はじ)める。
春原(すのはら)「おまえさ…」
春原(すのはら)「雑誌(ざっし)、読(よ)むだけなら、持(も)って帰(かえ)っていいから、家(いえ)で読(よ)めよ…」
朋也(ともや)「そう寂(さび)しいこと言(い)うなよ、俺(おれ)はおまえの隣(となり)で読(よ)みたいんだよ」
春原(すのはら)「どうしてだよ…」
朋也(ともや)「なんていうんだろ…おまえと居(い)るだけで、落(お)ち着(つ)くっていうかさ…」
春原(すのはら)「マジかよ…」
春原(すのはら)「はは…そりゃ、そんなふうに言(い)われると、追(お)い出(だ)せなくなるけどさ…」
朋也(ともや)「あ、お茶(ちゃ)まだ？」
春原(すのはら)「出(で)てってください」
朋也(ともや)「おまえの入(い)れるお茶(ちゃ)、うまいしさ」
春原(すのはら)「一度(いちど)も入(い)れたことねぇよっ」
朋也(ともや)「そうだっけ？」
春原(すのはら)「そもそもなんで、僕(ぼく)がおまえにこき使(つか)われにゃならないんだよっ」
春原(すのはら)「後輩(こうはい)でもないし、腕(うで)っぷしだって、僕(ぼく)のほうが強(つよ)いはずだ」
春原(すのはら)「それとも、なんだ？
今(いま)、ここで上下関係(じょうげかんけい)、白黒(しろくろ)はっきりつけるか？」
朋也(ともや)「………」
ぺら…。
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「…え？」
春原(すのはら)「むちゃくちゃ読書(どくしょ)に没頭(ぼっとう)してますねぇ！」
春原(すのはら)「それ、返(かえ)せよっ、僕(ぼく)だってまだ読(よ)んでないんだぞっ」
朋也(ともや)「昔(むかし)の読(よ)み返(かえ)してろよ」
朋也(ともや)「ほら、ここ、クロスワード埋(う)まってないじゃん。頑張(がんば)って埋(う)めろ」
春原(すのはら)「おまえの持(も)ってる次(つぎ)の号(ごう)に、答(こた)え載(の)ってるんですけどっ」
朋也(ともや)「ちょうどいいじゃん。後(あと)で答(こた)え合(あ)わせしようぜ。当(あ)たってたら、ほめてやる。頑張(がんば)れ」
春原(すのはら)「あんた、何様(なにさま)だよっ！」
朋也(ともや)「おまえの師匠(ししょう)」
春原(すのはら)「なんのだよっ！」
朋也(ともや)「うるせぇなぁ！
気(き)が散(ち)って、読(よ)めないだろっ！」
春原(すのはら)「うおおぉーっ！
なんで、逆(ぎゃく)ギレされにゃならんっ！」
どぉんっ！
声(こえ)『静(しず)かにしろやぁっ！』
春原(すのはら)「ひぃっ」
隣部屋(となりへや)からの怒声(どせい)に春原(すのはら)が体(からだ)を縮(ちぢ)こませる。
朋也(ともや)「ほら、静(しず)かにしてねぇと、また、袋(ふくろ)にされるぜ？」
春原(すのはら)「あんた、鬼(おに)っすね！」
春原(すのはら)「くそぅ…マジでクロスワード解(と)いてやるっ」
春原(すのはら)「てめぇ、当(あ)たってたら、参(まい)りましたって言(い)えよなっ」
朋也(ともや)「ああ、言(い)ってやるよ…」
春原(すのはら)「ええと、縦(たて)の１…元日(がんじつ)から三日(みっか)までをなんと呼(よ)ぶか…」
春原(すのはら)「ははは、馬鹿(ばか)かっての」
春原(すのはら)「三連休(さんれんきゅう)…と」
先生(せんせい)、ここにアホな子(こ)がいます。
春原(すのはら)「ダメだ、おかしい…」
朋也(ともや)「何(なに)がだよ」
春原(すのはら)「答(こた)えとマスの数(かず)が合(あ)わないんだよ、絶対(ぜったい)、間違(まちが)ってるって」
間違(まちが)ってるのは、おまえの答(こた)えだ。
春原(すのはら)「やめだ、やめっ」
春原(すのはら)「くそつまんね…」
雑誌(ざっし)を部屋(へや)の隅(すみ)に投(な)げ捨(す)てる。
春原(すのはら)「なんか、おもしろいことないかねぇ」
朋也(ともや)「そういや…」
朋也(ともや)「今日(きょう)の学校(がっこう)の騒(さわ)ぎ、あれ、なんだったんだ？」
春原(すのはら)「ああ、あれね」
春原(すのはら)「とんだ茶番劇(ちゃばんげき)だったよ」
朋也(ともや)「なんだよ、それ」
春原(すのはら)「この春(はる)からの編入生(へんにゅうせい)らしいんだけどさ、そいつがなんか、人気取(にんきと)りしてんの」
春原(すのはら)「前(まえ)の学校(がっこう)じゃ、よっぽど、男(おとこ)に縁(えん)がなかったんだろうねぇ」
春原(すのはら)「あんな汚(きたな)い真似(まね)までして、もてようなんてさ」
春原(すのはら)「男(おとこ)だったら、焼(や)き入(い)れてるっての」
状況(じょうきょう)がさっぱり掴(つか)めない。
春原(すのはら)「まぁ、女(おんな)の子(こ)だからさ、見逃(みのが)しておいてやるよ」
春原(すのはら)「それでも、あんまり目(め)に付(つ)くようだったら、放(ほう)っておかないけどねっ」
こいつに説明(せつめい)を求(もと)めた俺(おれ)が馬鹿(ばか)だったのだろう。
春原(すのはら)「ふわ…」
春原(すのはら)「僕(ぼく)、そろそろ寝(ね)たいんだけど」
時間(じかん)はすでに午前(ごぜん)３時(じ)。
朋也(ともや)「ふーん…」
ぺら…。
春原(すのはら)「泊(と)まってくの？」
春原(すのはら)「じゃ、電気(でんき)消(け)すよ」
朋也(ともや)「うわ、やめろっ」
春原(すのはら)「え？」
朋也(ともや)「泊(と)まらねぇよ…」
春原(すのはら)「あ、そ」
春原(すのはら)「じゃ、もう寝(ね)るから、でてってくれる？」
朋也(ともや)「言(い)われなくてもそうするよ…」
雑誌(ざっし)を投(な)げ捨(す)てて、立(た)ち上(あ)がる。
ドアノブを引(ひ)いたところで、俺(おれ)は動(うご)きを止(と)める。
朋也(ともや)「そういや最近(さいきん)この寮(りょう)って、真夜中(まよなか)になるとさ…」
春原(すのはら)「なんだよ」
朋也(ともや)「………」
朋也(ともや)「やっぱいいや」
春原(すのはら)「最後(さいご)まで言(い)えよっ！」
朋也(ともや)「じゃあ、おやすみ」
俺(おれ)はドアを閉(し)めた。
中(なか)から悶絶(もんぜつ)する声(こえ)が聞(き)こえ続(つづ)けたが、無視(むし)して、俺(おれ)は寮(りょう)を後(あと)にした。

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