回复: clannad渚线剧本注音计划
渚(なぎさ)「それでは、いってきます」
朋也(ともや)「いってきます」
早苗(さなえ)「はい、仲良(なかよ)くいってらっしゃい」
秋生(あきお)「気(き)ぃ付(つ)けていけよ」
ふたりに見送(みおく)られ、家(いえ)を出(で)る。
なんだか、小学生(しょうがくせい)の兄妹(あにいもうと)のような見送(みおく)られ方(かた)だった。
いや、兄妹(あにいもうと)じゃなくて…姉弟(してい)なのか…。
違和感(いわかん)バリバリだが。
渚(なぎさ)「ああ、もう一週間(いっしゅうかん)もないです。次(つぎ)の日曜(にちよう)には、発表会(はっぴょうかい)です」
朋也(ともや)「あんまり焦(あせ)るな。台本(だいほん)もできたじゃないか」
渚(なぎさ)「はい。でも、ちゃんとセリフを覚(おぼ)えなくてはダメです」
朋也(ともや)「でも、覚(おぼ)えるだけじゃ駄目(だめ)だぞ」
渚(なぎさ)「はい、わかってます。演(えん)じなくてはなりません」
渚(なぎさ)「演(えん)じること、それは、役(やく)になりきることです」
渚(なぎさ)「とても大変(たいへん)なことですが、その人物(じんぶつ)になりきって演(えん)じてみたいと思(おも)います」
見(み)ろ。そこらへんにいる素人(しろうと)を連(つ)れてきたほうがマシだと思(おも)えたあの渚(なぎさ)が、こんなにも演劇部員(えんげきぶいん)らしくなっている。
今(いま)はもう、やる気(き)のある素人(しろうと)並(な)みだ。胸(むね)を張(は)ってそう言(い)える。
昼休(ひるやす)みは、部室(ぶしつ)で演劇部(えんげきぶ)のミーティング。
朋也(ともや)「それで…俺(おれ)たちは何(なに)をすればいい」
朋也(ともや)「そろそろ役割分担(やくわりぶんたん)してもらわなくちゃ、準備(じゅんび)もできないぞ」
渚(なぎさ)「はい、そうですね」
渚(なぎさ)「でも…後(あと)、何(なに)が必要(ひつよう)なのでしょうか」
朋也(ともや)「おまえな…」
朋也(ともや)「音楽(おんがく)とか、効果音(こうかおん)とか、照明(しょうめい)とか、たっくさんあるだろう?」
朋也(ともや)「それぐらい俺(おれ)でもわかるぞ」
渚(なぎさ)「すみません。わたし、本当(ほんとう)全然知(ぜんぜんし)らなくて…」
春原(すのはら)「音楽(おんがく)って?
僕(ぼく)、ピアノなんて弾(ひ)けないけど」
朋也(ともや)「いや、生(なま)でなくていいだろ」
春原(すのはら)「効果音(こうかおん)は?
爆竹(ばくちく)とかでいいの?」
朋也(ともや)「そんなアクションシーンはないだろ」
春原(すのはら)「照明(しょうめい)って?
体育館(たいいくかん)の照明(しょうめい)のスイッチをパチパチ切(き)り替(か)えるだけでいいの?」
朋也(ともや)「簡単(かんたん)な照明(しょうめい)だな、おい」
春原(すのはら)「おまえねっ、さっきから文句(もんく)ばっかり言(い)いやがって、どうしろって言(い)うんだよ!」
朋也(ともや)「知(し)るか、俺(おれ)だって素人(しろうと)だ」
春原(すのはら)「僕(ぼく)だって、素人(しろうと)だっ」
渚(なぎさ)「あの、わたしも素人(しろうと)です」
こんな奴(やつ)らが演劇部(えんげきぶ)。
渚(なぎさ)「どうしましょう…」
朋也(ともや)「ちっ…いくぞ」
渚(なぎさ)「どこへですか?」
朋也(ともや)「職員室(しょくいんしつ)だ。こんな時(とき)のための顧問(こもん)だろ」
渚(なぎさ)「あ、そうですっ」
渚(なぎさ)「幸村先生(こうむらせんせい)がいました」
幸村(こうむら)「うむ…」
幸村(こうむら)「そうだの…いろいろといる」
春原(すのはら)「相変(あいか)わらず、とろいしゃべり方(かた)だな、この人(ひと)は」
渚(なぎさ)「ゆっくり聞(き)きましょう、春原(すのはら)さん」
幸村(こうむら)「大切(たいせつ)なのはみっつ…」
幸村(こうむら)「美術(びじゅつ)、音響(おんきょう)と、照明(しょうめい)…だの」
幸村(こうむら)「美術(びじゅつ)は、衣装(いしょう)や、舞台道具(ぶたいどうぐ)を用意(ようい)する」
幸村(こうむら)「音響(おんきょう)は…あらかじめテープに編集(へんしゅう)しておいた背景音楽(はいけいおんがく)や効果音(こうかおん)を流(なが)す」
幸村(こうむら)「照明(しょうめい)は…数種類(すうしゅるい)のライトを使(つか)い分(わ)け、舞台(ぶたい)を効果的(こうかてき)に照(て)らし出(だ)す」
幸村(こうむら)「もし、三人(さんにん)しかいないというのであれば…」
幸村(こうむら)「美術(びじゅつ)は先(さき)に用意(ようい)し…」
幸村(こうむら)「残(のこ)りを役者(やくしゃ)と音響(おんきょう)と照明(しょうめい)に振(ふ)り分(わ)けるのがよかろう…」
渚(なぎさ)「わかりました。では、そうします」
渚(なぎさ)「ありがとうございました」
幸村(こうむら)「そうそう…」
幸村(こうむら)「…今週(こんしゅう)は演劇部(えんげきぶ)、合唱部(がっしょうぶ)…どちらの番(ばん)だったかの」
渚(なぎさ)「今週(こんしゅう)は演劇部(えんげきぶ)です」
渚(なぎさ)「そして今日(きょう)は演劇部(えんげきぶ)の活動(かつどう)、初日(しょにち)です」
嬉(うれ)しそうに胸(むね)を張(は)って言(い)った。
幸村(こうむら)「うむ…では、放課後(ほうかご)」
渚(なぎさ)「はい。よろしくお願(ねが)いします」
朋也(ともや)「やっぱり、音響(おんきょう)と照明(しょうめい)なんだな、必要(ひつよう)なのは」
春原(すのはら)「どっちが、どっちをする」
朋也(ともや)「おまえ、照明(しょうめい)っぽいよな」
春原(すのはら)「どういう意味(いみ)だよっ」
朋也(ともや)「こう、オンオフ、オンオフを繰(く)り返(かえ)すだけって単純(たんじゅん)さが合(あ)ってると思(おも)って」
春原(すのはら)「じゃ、おまえも照明(しょうめい)じゃないかよっ」
朋也(ともや)「俺(おれ)は繊細(せんさい)だからな。音響向(おんきょうむ)きだ」
朋也(ともや)「それでいいよな、渚(なぎさ)」
渚(なぎさ)「はい、構(かま)いません。それでお願(ねが)いします」
放課後(ほうかご)もまた、部室(ぶしつ)に集(あつ)まっていた。
そこには、顧問(こもん)である幸村(こうむら)の姿(すがた)もあった。
春原(すのはら)「こんなに種類(しゅるい)、あるのかよ…」
目(め)の前(まえ)には、蓋(ふた)を開(あ)けたダンボールの数々(かずかず)。中(なか)には、照明器具(しょうめいきぐ)が詰(つ)まっていた。
春原(すのはら)「こりゃオンオフだけの単純(たんじゅん)な問題(もんだい)じゃないぞ…」
幸村(こうむら)「どれだけ大変(たいへん)かは劇(げき)による…」
幸村(こうむら)「そんな展開(てんかい)の早(はや)い劇(げき)をやるつもりかな…」
渚(なぎさ)「いえ、ゆっくりと進(すす)むお話(はなし)です。とてもなだらかです」
朋也(ともや)「ああ、なんの起伏(きふく)もない。クライマックスすらない」
幸村(こうむら)「ふむ…なら、簡単(かんたん)だろうて」
春原(すのはら)「なんかつまんねぇな…。ピカピカ光(ひか)らせてさ、ディスコみたくフィーバーしようぜ」
朋也(ともや)「おまえ、すげぇダサいからな」
朋也(ともや)「で、音響(おんきょう)なんだが、ジィさん。どうすりゃいいんだ」
幸村(こうむら)「効果音(こうかおん)は、その鍵盤(けんばん)で鳴(な)らすがよい」
春原(すのはら)「おっ、シンセサイザーじゃんっ。んなのがあんのかよっ」
それをダンボールの中(なか)から引(ひ)っ張(ぱ)り出(だ)してきて、コンセントを繋(つな)いで電源(でんげん)を入(い)れてみる。
春原(すのはら)「鍵盤(けんばん)ごとにテープが貼(は)ってあるじゃん。『戦慄(せんりつ)』…ってなんだ?」
春原(すのはら)「押(お)してみよ」
春原(すのはら)が勝手(かって)に鍵盤(けんばん)を叩(たた)く。すると、効果音(こうかおん)が鳴(な)った。
春原(すのはら)「うお…びっくりした…いい音(おと)出(だ)すじゃんっ」
春原(すのはら)「へへ、おもしろそっ」
朋也(ともや)「おまえ、照明(しょうめい)だからな」
春原(すのはら)「いいじゃん、いいじゃん、ちょっと触(さわ)らせてよっ」
春原(すのはら)「お、おい、岡崎(おかざき)っ」
朋也(ともや)「なんだよ」
春原(すのはら)「おまえの後(うし)ろに…」
春原(すのはら)「藤林杏(ふじばやしきょう)があぁぁぁぁぁーーーーっ!」
朋也(ともや)「絶対(ぜったい)殴(なぐ)られるからな…」
春原(すのはら)「他(ほか)には…そうだな」
春原(すのはら)「み、美佐枝(みさえ)さんが…」
春原(すのはら)「おっぱい丸出(まるだ)しで歩(ある)いてるうぅぅーーーーーっ!?」
朋也(ともや)「それも絶対(ぜったい)蹴(け)られるからな」
春原(すのはら)「後(あと)は…そうだなぁ…」
春原(すのはら)「え?
渚(なぎさ)ちゃん、なに?」
春原(すのはら)「えぇっ!?」
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)より、僕(ぼく)のほうが好(す)きになっちゃったってぇーーっ!?」
朋也(ともや)「ありえないからな…」
春原(すのはら)「そ、そうか…わかったよ…」
春原(すのはら)「岡崎(おかざき)には内緒(ないしょ)で駆(か)け落(お)ちして…ふたりで暮(く)らそう…」
春原(すのはら)「手(て)を取(と)り合(あ)って、暗(くら)い森(もり)の中(なか)を進(すす)むふたり…」
春原(すのはら)「はぁ…はぁ…」
春原(すのはら)「背後(はいご)から、迫(せま)り来(く)る何(なに)か…」
春原(すのはら)「振(ふ)り返(かえ)ると、そこには…」
春原(すのはら)「怒(いか)り狂(くる)った岡崎(おかざき)がああぁぁーーーっ!」
ゲシッ!
朋也(ともや)「俺(おれ)は化(ば)け物(もの)かっ!」
蹴飛(けと)ばしておく。
朋也(ともや)「ていうか、おまえの劇(げき)、こんな効果音(こうかおん)、使(つか)わないだろ…」
渚(なぎさ)「あ、はい。音楽(おんがく)だけでいいかもしれないです」
朋也(ともや)「じゃ、そうしようぜ」
春原(すのはら)「ええぇぇーーーーーーっ!」
朋也(ともや)「うるさいからな…」
春原(すのはら)「うおおぉぉぉぉーーーーっ!」
ゲシッ!
朋也(ともや)「で、曲(きょく)のほうだが、どうすりゃいい」
幸村(こうむら)「ふむ…」
幸村(こうむら)「音楽(おんがく)はたくさん聴(き)くかの」
朋也(ともや)「いや、悪(わる)いが、ほとんど聴(き)かない」
幸村(こうむら)「ふむ…だとしたら…」
幸村(こうむら)「音楽室(おんがくしつ)にある教材(きょうざい)のレコードから、場面(ばめん)に合(あ)った音楽(おんがく)を探(さが)すのがよかろう…」
春原(すのはら)「それってクラシックや音楽(おんがく)の教科書(きょうかしょ)に載(の)ってる音楽(おんがく)じゃないの?」
春原(すのはら)が口(くち)を挟(はさ)む。
幸村(こうむら)「ふむ…それ以外(いがい)はなかろうな」
春原(すのはら)「だっせーの。もっとこう、ボンバヘッ!てな感(かん)じの音楽(おんがく)がノリノリでいいのにさ」
朋也(ともや)「そのほうが、ダサいからな」
春原(すのはら)「おまえ、ボンバヘッ!を馬鹿(ばか)にすんのかよっ!」
朋也(ともや)「いいから、おまえ、この照明(しょうめい)、体育館(たいいくかん)まで移動(いどう)させておけよ」
春原(すのはら)「あん?
おまえは」
朋也(ともや)「俺(おれ)と渚(なぎさ)は音楽室(おんがくしつ)へいく」
渚(なぎさ)「春原(すのはら)さん、ひとりで大丈夫(だいじょうぶ)でしょうか」
朋也(ともや)「バスケん時(とき)に見(み)たろ。あいつ、体(からだ)だけは丈夫(じょうぶ)なんだ。力仕事(ちからしごと)は任(まか)せておけ」
俺(おれ)たちは階段(かいだん)を上(のぼ)り、廊下(ろうか)の突(つ)き当(あ)たりにある音楽室(おんがくしつ)に入(はい)る。
朋也(ともや)「そもそも、イメージに合(あ)う音楽(おんがく)って、どんなのなんだよ」
朋也(ともや)「俺(おれ)にはそれすらわからないぞ」
渚(なぎさ)「わたしにもわからないです。聴(き)いてみないと」
朋也(ともや)「聴(き)くって、ここにあるレコード全部(ぜんぶ)聴(き)いて探(さが)すのか?」
音楽室(おんがくしつ)の奥(おく)にはさらに小部屋(こべや)があって、そこを覗(のぞ)くと、気(き)が遠(とお)くなるような数(かず)のレコード盤(ばん)を確認(かくにん)することができた。
朋也(ともや)「何日(なんにち)かかるんだよ、一体(いったい)…」
声(こえ)「こんにちは、おふたりさん」
入(い)り口(ぐち)のほうから声(こえ)が聞(き)こえてきた。
振(ふ)り返(かえ)ると、そこに仁科(にしな)と杉坂(すぎさか)が立(た)っていた。
朋也(ともや)「よぅ」
渚(なぎさ)「こんにちは、仁科(にしな)さん、杉坂(すぎさか)さん」
杉坂(すぎさか)「今(いま)、幸村先生(こうむらせんせい)に言(い)われて、駆(か)けつけたんです」
杉坂(すぎさか)「劇(げき)に使(つか)う曲(きょく)をお探(さが)しとか」
渚(なぎさ)「はい。そうなんです」
渚(なぎさ)「けど…レコードが多(おお)すぎて、どうしていいかわからないんです」
杉坂(すぎさか)「それなら、お手伝(てつだ)いできそうです」
杉坂(すぎさか)「りえちゃん、ほとんどのクラシックは知(し)っていますから」
杉坂(すぎさか)「ねぇ、りえちゃん」
仁科(にしな)「はい。任(まか)せておいて下(くだ)さい」
仁科(にしな)「どんな曲調(きょくちょう)のをお探(さが)しですか?」
朋也(ともや)「おまえ、ストーリーを教(おし)えたほうが早(はや)いんじゃないのか」
渚(なぎさ)「そうですね。お話(はな)ししたいです。聞(き)いていただけますか」
仁科(にしな)「はい、もちろんです」
渚(なぎさ)「というわけで、女(おんな)の子(こ)は寂(さび)しくなくなりました」
渚(なぎさ)「おしまいです」
仁科(にしな)「………」
仁科(にしな)「えっと…」
渚(なぎさ)は、本当(ほんとう)にストーリーを聞(き)かせただけだった。
仁科(にしな)「その…どんな世界(せかい)なんでしょう、そこは」
だから、仁科(にしな)は困(こま)った様子(ようす)でそう訊(き)いた。
渚(なぎさ)「世界(せかい)、と言(い)いますと、どんな木(き)が生(は)えて、どんな果物(くだもの)がなる、とかそういうことでしょうか?」
朋也(ともや)「おまえな、地理(ちり)の授業(じゅぎょう)じゃねぇんだから、もっとわかりやすく表現(ひょうげん)する何(なに)かがあるだろ?」
渚(なぎさ)「何(なに)かって…その世界(せかい)には女(おんな)の子(こ)しかいないんです」
朋也(ともや)「いや、そういう意味(いみ)じゃなくて、その世界(せかい)は洋風(ようふう)なのか、和風(わふう)なのか、とかさ」
朋也(ともや)「要(よう)は世界観(せかいかん)だよ」
渚(なぎさ)「小屋(こや)がひとつ、ぽつんとあって、外(そと)はずっと何(なに)もない大地(だいち)が続(つづ)いてます」
仁科(にしな)「うーん…」
仁科(にしな)は考(かんが)え込(こ)む。あまりに特徴(とくちょう)に乏(とぼ)しい世界(せかい)で、曲(きょく)のイメージが湧(わ)かないのだ。
朋也(ともや)「小屋(こや)はどんなだ。中(なか)には何(なに)がある」
渚(なぎさ)「小屋(こや)の中(なか)には、机(つくえ)があります」
朋也(ともや)「そりゃ、あるだろうな。どんなだよ」
渚(なぎさ)「普通(ふつう)の机(つくえ)です。そこでお茶(ちゃ)を飲(の)むと落(お)ち着(つ)きそうです」
その場(ば)にいた渚(なぎさ)以外(いがい)全員(ぜんいん)が、顔(かお)をしかめた。
朋也(ともや)「他(ほか)には」
渚(なぎさ)「他(ほか)には何(なに)もないです」
朋也(ともや)「おまえ、それでどうして、その話(はなし)を幻想物語(げんそうものがたり)なんて呼(よ)べたんだよ。ぜんぜん幻想的(げんそうてき)じゃないじゃないか」
渚(なぎさ)「でも、幻想的(げんそうてき)な世界(せかい)なんです…」
朋也(ともや)「だから、どこが」
渚(なぎさ)「雰囲気(ふんいき)です」
朋也(ともや)「伝(つた)わらねぇよ、それじゃ…」
朋也(ともや)「ストーリーも、子供向(こどもむ)けの童話(どうわ)みたいで、ぜんぜん悲(かな)しくないし…」
渚(なぎさ)「とっても悲(かな)しいんです」
朋也(ともや)「どこが」
渚(なぎさ)「それは…」
仁科(にしな)「世界(せかい)にたったひとり残(のこ)された女(おんな)の子(こ)のお話(はなし)だから」
仁科(にしな)が答(こた)えていた。
渚(なぎさ)「はい、そうです」
仁科(にしな)「なんとなくわかってきました」
仁科(にしな)「その子(こ)の気持(きも)ちになってみればいいんです」
仁科(にしな)「家(いえ)や学校(がっこう)で、ひとりじゃないんです」
仁科(にしな)「世界(せかい)でひとりきりなんです」
仁科(にしな)「それはとても、悲(かな)しいことですよね」
渚(なぎさ)「はい、とても悲(かな)しいことです」
杉坂(すぎさか)「どんな曲(ま)が合(あ)いそう?」
仁科(にしな)「音楽(おんがく)も、もの悲(かな)しくあるべきです」
仁科(にしな)「使(つか)う曲(きょく)は一曲(いっきょく)だけでいいと思(おも)います」
仁科(にしな)「とても悲(かな)しいピアノ曲(きょく)を一曲(いっきょく)だけ」
仁科(にしな)「それをテーマとして、要所(ようしょ)で流(なが)して、後(あと)は無音(ぶおん)です」
朋也(ともや)「こいつ、俺(おれ)より音響係然(おんきょうかかりぜん)としてるんだけど」
杉坂(すぎさか)「曲(きょく)はどうするの?」
仁科(にしな)「うん…ラヴェルの作品(さくひん)の中(なか)から、いかがでしょう」
さっぱりわからない。
朋也(ともや)「まぁ、おまえのセンスを信(しん)じるよ」
仁科(にしな)「わかりました。それでは少(すこ)し時間(じかん)を下(くだ)さい。合(あ)ったものを探(さが)してみますので」
朋也(ともや)「渚(なぎさ)、それでいいか?」
渚(なぎさ)「はい。よろしくお願(ねが)いします」
深々(ふかぶか)と頭(あたま)を下(さ)げた。
渚(なぎさ)「後(あと)は、衣装(いしょう)が必要(ひつよう)です」
朋也(ともや)「ああ、そうだったな」
それも幸村(こうむら)に言(い)われるまで気(き)づかなかったことだった。
朋也(ともや)「どうするんだ?」
渚(なぎさ)「はい、それは、自分(じぶん)の手(て)で作(つく)ります」
朋也(ともや)「そんなことできるのか?」
渚(なぎさ)「家庭(かてい)の授業(じゅぎょう)で教(おそ)わっただけですけど…」
渚(なぎさ)「それでもがんばれば、できるんじゃないかと…そう思(おも)います」
朋也(ともや)「前向(まえむ)きなのはいいけどさ…」
朋也(ともや)「あんまり自分(じぶん)ひとりで抱(かか)え込(こ)みすぎるなよ」
朋也(ともや)「家(いえ)だったら、俺(おれ)だって暇(ひま)なんだしさ」
渚(なぎさ)「ありがとうございます」
渚(なぎさ)「でも、こんなこと男(おとこ)の子(こ)に頼(たの)めないです」
朋也(ともや)「そりゃ、そうだろうけどさ…」
早苗(さなえ)「任(まか)しておいてくださいっ」
早苗(さなえ)さんなら、間違(まちが)いなくそう答(こた)えてくれると思(おも)っていた。
帰宅後(きたくご)、早苗(さなえ)さんに相談(そうだん)してみることを、俺(おれ)は渚(なぎさ)に薦(すす)めてみたのだ。
渚(なぎさ)「え…お母(かあ)さん、忙(いそが)しいです」
早苗(さなえ)「大丈夫(だいじょうぶ)です。仕事(しごと)の合間(あいま)を見(み)て、ちょっとずつやりますから」
渚(なぎさ)「でも、時間(じかん)もそんなにないです」
朋也(ともや)「それは、おまえも同(おな)じだろ」
朋也(ともや)「それにおまえは、演劇(えんげき)の練習(れんしゅう)のほうが大事(だいじ)だ。衣装作(いしょうつく)りに時間(じかん)をとられてたら、元(もと)も子(こ)もないじゃないか」
朋也(ともや)「違(ちが)うか?」
早苗(さなえ)「そうですよ、渚(なぎさ)」
早苗(さなえ)「協力(きょうりょく)させてください」
渚(なぎさ)「それでは…お言葉(ことば)に甘(あま)えさせていただきます」
渚(なぎさ)「お母(かあ)さん、よろしくお願(ねが)いします」
渚(なぎさ)はまた頭(あたま)を下(さ)げた。
早苗(さなえ)「はいっ」
こうして、いろんな人(ひと)が動(うご)き始(はじ)めた。
ささやかな夢(ゆめ)を叶(かな)えようと頑張(がんば)ってきた渚(なぎさ)のために。
秋生(あきお)「おぅ、おかえり。俺様(おれさま)の素晴(すば)らしい遺伝子(いでんし)を受(う)け継(つ)ぎし娘(むすめ)と、どっかの馬(うま)の骨(ほね)」
渚(なぎさ)「ただいまです」
朋也(ともや)「ただいま…」
秋生(あきお)「いいものを借(か)りてきてやったぞ。ほら、受(う)け取(と)れ」
オッサンが差(さ)し出(だ)すのは一本(いっぽん)のビデオテープだった。
渚(なぎさ)「なんでしょうか」
秋生(あきお)「演劇(えんげき)を録(と)ったビデオだ。参考(さんこう)になるだろ」
渚(なぎさ)「はい。わたし、演劇(えんげき)見(み)たことないですから、助(たす)かります」
演劇部(えんげきぶ)、部長(ぶちょう)の爆弾発言(ばくだんはつげん)Part2。
秋生(あきお)「そうか、そりゃあ、いいタイミングだったなぁ」
2、3年(ねん)は遅(おそ)かったと思(おも)う。
渚(なぎさ)「ありがとうございます。早速(さっそく)見(み)ます」
秋生(あきお)「よしよし」
秋生(あきお)「おい、小僧(こぞう)、てめぇには何(なに)もない。物欲(ものほ)しそうなツラで立(た)ってんじゃねぇ」
渚(なぎさ)「一緒(いっしょ)に見(み)ましょう、朋也(ともや)くん」
朋也(ともや)「いいのか、ひとりで見(み)なくても」
渚(なぎさ)「ふたりで見(み)たほうがきっと楽(たの)しいです」
渚(なぎさ)「それに朋也(ともや)くんにも研究(けんきゅう)してほしいです。それで、わたしの演技(えんぎ)のダメなところ、指摘(してき)してほしいです」
秋生(あきお)「誉(ほ)めまくれよ、てめぇ」
朋也(ともや)「聞(き)こえてるぞ、本人(ほんにん)に」
渚(なぎさ)「そうですっ、お世辞(せじ)なんて言(い)ってほしくないです。厳(きび)しくお願(ねが)いします」
朋也(ともや)「大丈夫(だいじょうぶ)だ。俺(おれ)はお世辞(せじ)なんて言(い)わねぇよ」
渚(なぎさ)「そうです。朋也(ともや)くん、ハッキリ言(い)ってくれます。すごく勉強(べんきょう)になります」
秋生(あきお)「てめぇ、何様(なにさま)だよ。人(ひと)に意見(いけん)するほど偉(えら)ぇのかよ」
秋生(あきお)「まだ満足(まんぞく)にアレも生(は)えそろってねぇ、ガキのくせによ」
この人(ひと)のアレは何本(なんほん)生(は)えてるのだろう。
渚(なぎさ)「いきましょう、朋也(ともや)くん」
秋生(あきお)「おう、勉強(べんきょう)してきやがれ」
ブラウン管(かん)に映(うつ)し出(だ)された映像(えいぞう)。
それは、まさしく人(ひと)の心(こころ)を揺(ゆ)さぶる劇(げき)だった。
ドラマや、映画以上(えいがいじょう)に、オーバーアクションで、体当(たいあ)たりな演技(えんぎ)。
それが言葉(ことば)では表(あらわ)しきれない思(おも)いを伝(つた)えていた。
もし、生(なま)で見(み)ていたなら、その圧倒的(あっとうてき)な思(おも)いに打(う)ちのめされていただろう。
俺(おれ)も、しっかりと演劇(えんげき)を見(み)たことはなかったから、それは衝撃的(しょうげきてき)な体験(たいけん)だった。
そんなふうに夢中(むちゅう)になっていたため、一緒(いっしょ)に見(み)ていた渚(なぎさ)の存在(そんざい)を忘(わす)れていた。
隣(となり)を見(み)てみる。
渚(なぎさ)「ぐすっ…」
…大泣(だいな)きしていた。
朋也(ともや)「おい、泣(な)いてたら研究(けんきゅう)にならねぇぞ」
渚(なぎさ)「は、はい」
俺(おれ)が渡(わた)したティッシュで涙(なみだ)を拭(ふ)く。
渚(なぎさ)「でも、ものすごく感動(かんどう)してしまったんです」
渚(なぎさ)「なんだか、すごく懐(なつ)かしくて」
朋也(ともや)「おまえ、初(はじ)めて見(み)たんだろ」
渚(なぎさ)「そのはずですけど…」
渚(なぎさ)「………」
渚(なぎさ)「でも、演劇(えんげき)って、こんなにすごいものだったんですね…」
渚(なぎさ)「わたしのなんか、これに比(くら)べたら…ままごとみたいなものです」
朋也(ともや)「ああ、俺(おれ)もそう思(おも)った」
渚(なぎさ)「そ、そうですよね…」
朋也(ともや)「でも、いいんじゃねぇの」
朋也(ともや)「ままごとだってさ、真剣(しんけん)にやれば、それは演劇(えんげき)だろ。観客(かんきゃく)がいるかいないかの違(ちが)いだけだ」
渚(なぎさ)「あ…」
渚(なぎさ)「そうですね…そうかもしれないです」
朋也(ともや)「ああ、だから頑張(がんば)っていこうぜ」
俺(おれ)はリモコンの巻(ま)き戻(もど)しボタンを押(お)した。
晩御飯(ばんごはん)を食(た)べてからも、繰(く)り返(かえ)し、何度(なんど)も見(み)た。
朋也(ともや)「ふわ…俺(おれ)、眠(ねむ)いよ…」
そういえば、昨晩(さくばん)はほとんど寝(ね)ていなかったことを思(おも)い出(だ)す。
渚(なぎさ)「はい、おやすみなさいです」
朋也(ともや)「まだ、見(み)てるのか、おまえ」
渚(なぎさ)「はい。もう少(すこ)しで何(なに)か、ヒントが掴(つか)めそうな気(き)がするんです」
朋也(ともや)「そうか。でも、ほどほどにしとけよ」
渚(なぎさ)「はい。寝不足(ねぶそく)にはならないよう、ほどほどにします」
朋也(ともや)「ああ。じゃあな、おやすみ」
俺(おれ)は退散(たいさん)を決(き)め込(こ)む。
部屋(へや)を出(で)ると、オッサンも自分(じぶん)の部屋(べや)から出(で)てきたところだった。
秋生(あきお)「ちっ、なんだ、こんな夜遅(よるおそ)くまで渚(なぎさ)とラブラブか」
秋生(あきお)「あいつは俺(おれ)のあそこのあれがああなって、生(う)まれてきたんだぞ」
秋生(あきお)「そう考(かんが)えると、どうだ、気色悪(きしょくわる)いだろう」
相変(あいか)わらず何(なに)を言(い)いたいのか、さっぱりわからない。
朋也(ともや)「そういや、オッサン」
秋生(あきお)「なんだ、小僧(こぞう)」
朋也(ともや)「もしかしたら、演劇(えんげき)かもしれない」
秋生(あきお)「何(なに)が」
朋也(ともや)「渚(なぎさ)がわずかに憶(おも)えていた話(はなし)だよ」
秋生(あきお)「どうして、そう思(おも)う」
朋也(ともや)「ビデオを見(み)て、懐(なつ)かしいと言(い)っていた」
秋生(あきお)「そうか…もう一度(いちど)、話(はなし)の内容(ないよう)を言(い)ってみろ」
俺(おれ)は今(いま)から渚(なぎさ)が演(えん)じようとしている劇(げき)の内容(ないよう)を話(はな)した。
秋生(あきお)「ふん…」
秋生(あきお)「ずばり言(い)おう、小僧(こぞう)」
朋也(ともや)「ああ」
秋生(あきお)「それはきっと、演劇(えんげき)じゃねぇよ」
朋也(ともや)「どうして、わかる」
秋生(あきお)「もし、あいつが昔(むかし)にそういった類(たぐい)の劇(げき)を見(み)ているとしてもだ」
秋生(あきお)「それは、俺(おれ)がすべて把握(はあく)している」
秋生(あきお)「俺(おれ)の記憶(きおく)になければ、それは違(ちが)うってこった」
一緒(いっしょ)にあれだけの時間(じかん)をかけて、物置(ものおき)を探(さが)してくれた人間(にんげん)の言葉(ことば)だ。今更(いまさら)疑(うたが)う気(き)も起(お)こらない。
朋也(ともや)「そうか…」
秋生(あきお)「しかし、なんだ、今(いま)の話(はなし)をあいつは演劇(えんげき)にしようとしてるのか」
朋也(ともや)「そうだが」
秋生(あきお)「おもしろいのか、それ」
朋也(ともや)「………」
何(なに)も答(こた)えられない。
秋生(あきお)「ちっ、まぁ、いい。内容(ないよう)を追究(ついきゅう)する歳(とし)でもねぇな」
朋也(ともや)「ああ、俺(おれ)もそう思(おも)うよ」
秋生(あきお)「せいぜいサポートしてやってくれ」
俺(おれ)の脇(わき)を抜(ぬ)けて、洗面所(せんめんじょ)のほうへ向(む)かっていった。
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seagull 最后编辑于 2009-08-03 14:26:54